始まりの日 前編(琴葉)

「琴葉、聞いてる!?」

「聞いてる、聞いてる」

「帆花ちゃんがさ、また女の子に囲まれてて」

「そんなのいつもじゃん」

「彩葉さんが気づいてくれて帆花ちゃんに言ってくれたんだけど、なんか余計に見せつけられたし……あーあ、彩葉さんの優しさを見習って欲しい」


 彩葉さんというのは、芽依の想い人である、帆花先輩の親友。

 帆花先輩と共に、この学校では知らない人はいないのではないかと思うくらいの有名人。

 ウルフカットで、制服を着崩していてかっこいい感じの3年生。噂では、先輩2人に遊ばれて捨てられた女の子が沢山いるとか。


 芽依の話では、そんな感じはしないんだけど。まぁ、所詮は噂。振られた女の子が腹いせに広めているかもしれないし、こういうのは大体当てにならない。

 まぁ、話したこともないし、私には関係ない話だけれど。


「そうだ。彩葉さんにライブ誘ってもらったんだけど、今週末一緒に来てくれない? 誰か誘って見においでってチケット多めに貰って……聞きつけた子達に欲しいって言われたけど、何とか2枚死守した」

「帆花先輩にじゃなくて、彩葉先輩に誘ってもらったの?」

「帆花ちゃんが誘ってくれるわけないじゃん。来るなら好きにすれば? だって。もー、ムカつくー!」

「じゃあ、他の人にしたら? それこそ彩葉先輩とか」

「無理! だって帆花ちゃんたまに、ホントにたまーに、すっごく優しい目するんだもん。あんな目で見られたら、好かれてるって思っちゃうじゃん。もう本当にズルい。チャラいし、優しくないし、鞭が多めだけど」


 帆花先輩ってものすごく素直じゃない人なんだろうな……この前告白されてたし、油断してると危ないですよ? 話したことも無い帆花先輩に伝える機会なんて来ないけれど。



 週末、ライブハウスにやってきた。バーカウンターでは色とりどりのお酒が作られていて、なんか大人って感じ。私と芽依はオレンジジュースだけど。


「今日って他のバンドも出るんだよね?」

「うん。彩葉さんの話だと、トップバッターらしい」

「へー」


 正直、高校生だし前座なんだろうな、なんて申し訳ないけれど思ってた。


「あ、出てきた! 帆花ちゃんかっこいいー!」

「……っ」


 横でキャーキャー言いながら芽依が帆花先輩の名前を叫んでいたけれど、私はギターをかき鳴らす彩葉先輩から目が離せなかった。

 客席を見て、眩しそうに目を細める顔も、知り合いを見つけたのかニヤリと笑う顔も、目に焼き付いていた。



「もう、最っ高だった! 帆花ちゃんと目が合ったと思うんだけど、気づいてくれたのかなー」

「うん」

「……琴葉? なんかボーっとしてるけど大丈夫?」

「あぁ、ごめん、平気」

「この後帆花ちゃんに会いに行くけど、一緒に来ない?」

「ごめん、先に帰るわ」

「そっかー。気をつけてね!」


 今は違うバンドの演奏がされているけれど、さっきの彩葉先輩の姿が頭から離れない。

 帆花先輩の傍にはきっと彩葉先輩も居るだろうし、会って感想を伝えたい気持ちはあるけれど、この状態で彩葉先輩に会ってしまったら何を口走るか分からなかった。



 ライブの日から、彩葉先輩を見かけると目で追ってしまうようになった自分に気づいていた。

 自他ともに認める他人に興味が無い自分が、誰かを目で追う日が来るなんて思わなかった。

 クラスは違うけれど、何かと一緒にいることが多い芽依には当然気づかれていて、口には出さないけれど、彩葉先輩の名前を出す時にニヤニヤしているのがちょっとウザイ。


「琴葉見てー! 上手に出来たと思わない?」

「帆花先輩に?」

「そう。まぁ、沢山貰うんだろうけど……」


 芽依とは選択授業が同じで、今日は調理実習だった。周りでも、帆花先輩にあげる、と張り切ってラッピングをしていたからすごい数になるんだろうなと他人事のように思っていた。


「彩葉さんにあげないの?」

「……え?」

「彩葉さんもきっと沢山貰うと思うよ」


 そっか。当然彩葉先輩も沢山貰うよね。


「うちの班、クレープだったし、ちょっと渡すには向かないかな。まぁ、もう食べちゃってないけど」

「そうだよね。琴葉が渡すことを想定してるわけないか……これは何かしらのキッカケが必要かな……」


 何やら芽依が呟いていたけれど、声が小さくて聞き取れなかった。



「やって参りました、3年生の教室!」

「……ねぇ、なんで私も?」

「付き添い付き添い!」

「はぁぁー」


 芽依に手を引かれて、3年生の教室がある階に連れてこられた。3年生の教室なんて、初めて来るんだけど……


 帆花先輩を呼び出している間は離れていようと思っていれば、人だかりで、呼び出す必要はなさそうだった。


「もー! また!!」


 芽依の視線の先には、女の子を落としていっている帆花先輩が居た。受け取る時にキスする必要ってあるの……? 噂通り、チャラい。


 少し離れたところに彩葉先輩もいて、にこやかに対応しているようだった。キスはしていなくてちょっと安心した……



「彩葉さん、大量ですねぇ」

「芽依じゃん。それ、帆花に?」


 女の子たちが教室に戻ったタイミングで、芽依が彩葉先輩に声をかけた。ちなみに、帆花先輩はまだ囲まれている。

 彩葉先輩が芽依を見る目は穏やかで、なんだか胸がざわついた。


「そのつもりだったんですけど……彩葉さん、いります?」

「美味しそうだけど、帆花に恨まれるからやめておくわ」

「恨まれるなんて、ないと思いますけど……あーあ、彩葉さんはこんなにも優しいのに」


 芽依は気づいていないだろうけど、帆花先輩はこっちをチラチラ見ていて、何か言ったのか、みんな教室に戻って行った。


「芽依。来てたなら声掛けなよ。それ、私に?」

「うん。沢山貰ってるから、もう要らない?」

「貰ってあげてもいいけど? 他にあげる人なんて居ないだろうし?」


 あー、これはダメだ。素直じゃなさすぎる。


「またそういうこと言う!! 帆花ちゃん、本当は嬉しいんでしょ?」

「はぁ? 嬉しくなんてないし。誰も貰ってくれないんじゃ可哀想だから貰ってあげるって言ってんの」

「はぁ……もういい。自分で食べる」

「えっ……ちょっと待ってって」


 ため息をついて芽依が帆花先輩の横を通り過ぎると、少し遅れて、帆花先輩が追いかけて行った。

 え、待って? 置いていかれたんですけど……


「あー、置いてかれちゃったね」


 彩葉先輩に話しかけられて、心臓が跳ねた。


「そうですね……えっと、私も教室戻ります」

「あっ、ちょっと待って」


 慌てて戻ろうとすれば、手を掴まれて引き寄せられた。え、ちょっと、近い!! パッと離されたけれど、こういう所からチャラいって噂になるのか、と納得してしまった。


「私、石田 彩葉って言うんだ。名前聞いてもいい?」

「遠野 琴葉です」

「ことはちゃん……ことはの”は”って葉っぱの葉?」

「そうです。先輩もですよね?」

「うん。一緒だね。なんか親近感」

「はい。私も勝手に親近感湧いてます」


 漢字が同じって知って、妙に嬉しかったんだよね。


「芽依と同じクラス?」

「いえ、選択授業が一緒で」

「そうなんだね。琴葉ちゃんは何作ったの?」

「私の班はクレープでした」

「いいなー、クレープ! 今日の練習前にでも食べに行こうかな」

「それだけ貰ってて、まだ食べるんですね」

「うん。甘いものはいくらでも」


 そう言って笑う先輩は可愛くて、これが先輩の素なのかな、なんて……初対面だけれど何となく思った。


「先輩ってかっこいいイメージが強かったんですけど……」

「あれ、私のこと知ってた?」

「芽依から色々聞いてて。あとは、帆花先輩と共に、有名ですからね」

「帆花と共にってのが嫌な予感しかしないわ……」


 先輩も噂は知ってるようで、苦笑している。


「噂とは違いますね。思ったより小柄ですし」

「まだ成長期は終わってないと思うんだ」


 むぅ、と口をとがらせて話す先輩は、やっぱり可愛らしい。話す度に、どんどんイメージが塗り替えられていく。


「……あー、まあ、そうかもしれないですね。でも、ステージに立ってると、大きく見えるから大丈夫です」

「ステージ……この前のライブ?」

「はい。芽依に連れられて見に行ったんですが、かっこよかったです」

「来てくれたんだ? ありがとう」

「先輩可愛いですね」


 ライブを思い出したのか、嬉しそうに笑う先輩が可愛くて、思わず可愛い、と口に出していた。


「え、突然何? 口説かれてる?」

「口説かれてくれるんですか?」

「え……?」


 やばい。私は何を口走っているのか……これじゃあ私がこんな事をよく言っているみたいじゃん。初対面だよ??


「あ、もしかして遊んでる、って思ってます?」

「まぁ、ちょっとは」

「こんな事誰にも言ったことないですよ。芽依に聞いてもらってもいいです」


 ちょっと必死で弁解してしまったからか、先輩が引いてる気がする……あぁ、完全に失敗した……


「いや、そこまではいいけど……」

「あ、もうそろそろ昼休み終わるので戻りますね」

「あ、うん」


 絶対、変なやつって思われた……慣れないことなんてするものじゃないな……


 初めて話した先輩は、思っていたより小さくて、チャラいなんて噂とは程遠い程、反応が可愛らしい人だった。

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