あの笑顔を私だけのものにするために

始まりの日

帆花ほのか先輩、クッキー作ったので食べてください!」

「私達はマフィン作りました!」

「おー、どれも美味しそう。いつもありがとう」


 後輩に囲まれて、順番に手にキスをしているのは残念なことに私の親友。チャラいし、女の子が大好きな奴だけど本命には素直になれない可愛いところもある。


彩葉いろは先輩、クッキー貰ってくれますか?」

「良ければ、マフィンも受け取ってください」

「いいの? 美味しそうだね。ありがとう」


 私も沢山貰ったけれど、どれが誰からかなんて分からない。と言うより、くれた子の名前も知らなかったりする。


「彩葉さん、大量ですねぇ」

「芽依じゃん。それ、帆花に?」


 帆花を置いて先に教室に戻ろうかな、と思っていたら芽依に声をかけられた。芽依は帆花の幼なじみで、1つ下の2年生。隣には綺麗な顔をした初めて見る子が居て、興味深そうに私とのやり取りを見守っている。


「そのつもりだったんですけど……彩葉さん、いります?」

「美味しそうだけど、帆花に恨まれるからやめておくわ」

「恨まれるなんて、ないと思いますけど……あーあ、彩葉さんはこんなにも優しいのに」


 芽依は知らないだろうけど、私の事を優しいとかかっこいい、とか言う度に帆花から睨まれる。ほら、今だって……


「芽依。来てたなら声掛けなよ。それ、私に?」

「うん。沢山貰ってるから、もう要らない?」

「貰ってあげてもいいけど? 他にあげる人なんて居ないだろうし?」


 あーあ。嬉しいくせに、なんでそんな言い方しか出来ないのかねぇ……


「またそういうこと言う!! 帆花ちゃん、本当は嬉しいんでしょ?」

「はぁ? 嬉しくなんてないし。誰も貰ってくれないんじゃ可哀想だから貰ってあげるって言ってんの」

「はぁ……もういい。自分で食べる」

「えっ……ちょっと待ってって」


 ため息をついて芽依が帆花の横を通り過ぎると、少し遅れて、帆花が追いかけて行った。

 そして残された、初対面の女の子と私。


「あー、置いてかれちゃったね」

「そうですね……えっと、私も教室戻ります」

「あっ、ちょっと待って。私、石田 彩葉って言うんだ。名前聞いてもいい?」

「遠野 琴葉です」

「ことはちゃん……ことはの”は”って葉っぱの葉?」

「そうです。先輩もですよね?」

「うん。一緒だね。なんか親近感」

「はい。私も勝手に親近感湧いてます」


 え、笑った顔が可愛いんですけど。


「芽依と同じクラス?」

「いえ、選択授業が一緒で」

「そうなんだね。琴葉ちゃんは何作ったの?」

「私の班はクレープでした」

「いいなー、クレープ! 今日の練習前にでも食べに行こうかな」

「それだけ貰ってて、まだ食べるんですね」

「うん。甘いものはいくらでも」


 ミュージックスクールの近くに美味しいクレープ屋さんがあるから、つい寄っちゃうんだよね。

 貰ったお菓子を見れば、確かに食べ過ぎだけど、夜ご飯を減らせば問題ない。……ないはず。


「先輩ってかっこいいイメージが強かったんですけど……」

「あれ、私のこと知ってた?」


 そういえば名前を聞いた時、先輩も、って言ってたっけ。


「芽依から色々聞いてて。あとは、帆花先輩と共に、有名ですからね」

「帆花と共にってのが嫌な予感しかしないわ……」


 帆花はチャラいけど、私はそんなことないんだよ? 帆花と一緒にいるからそう見られてるのは知ってるけど。


「噂とは違いますね。思ったより小柄ですし」

「まだ成長期は終わってないと思うんだ」

「……あー、まあ、そうかもしれないですね。でも、ステージに立ってると、大きく見えるから大丈夫です」


 なんか慰められてる……?


「ステージ……この前のライブ?」

「はい。芽依に連れられて見に行ったんですが、かっこよかったです」

「来てくれたんだ? ありがとう」


 芽依が楽屋に来た時には1人だったから、てっきり1人で見に来たんだと思ってたけど、違ったみたい。

 あぁ、ライブ楽しかったな。歓声を思い出して、緩む頬を慌てて引きしめた。


「先輩可愛いですね」

「え、突然何? 口説かれてる?」

「口説かれてくれるんですか?」

「え……?」


 この子、もしかして結構遊んでる……? 


「あ、もしかして遊んでる、って思ってます?」

「まぁ、ちょっとは」

「こんな事誰にも言ったことないですよ。芽依に聞いてもらってもいいです」

「いや、そこまではいいけど……」

「あ、もうそろそろ昼休み終わるので戻りますね」

「あ、うん」


 今のやり取りはなんだったんだろうか? 抱いていたイメージとは違ったみたいだけれど、ガッカリする訳ではなくて、嬉しそうに笑っていたのが印象的だった。



「あれ、彩葉まだここにいたんだ?」

「帆花。無事に貰えたみたいだね?」

「まあね。本当に芽依は素直じゃない」

「……帆花に言われたくないと思う」


 芽依は頑張ってると思うよ? 帆花が素直になればすぐにでも恋人になれるのに、何をのんびりしているのか……


「この前さ、芽依告白されたらしいよ」

「……は?」

「すぐに断らないでチャンスが欲しい、って言われてるみたいだし、試しに付き合ってみてもいいんじゃないかなって思ってるけど」

「はぁ? 聞いてないんだけど」

「今言った」

「ちっ……今日の練習休むから」

「りょーかい」


 私ができるのはここまで。後は芽依、頑張って。



「彩葉さん」


 今日は帆花以外のメンバーも休みが多くて、練習は無しになった。家に帰ろうと駅へ向かっていれば、後ろから呼び止められて、振り向けば帆花と芽依がいた。


「彩葉さん、ありがとうございました! 帆花ちゃんが告白してくれました!」

「ちょっ……声でかい!」

「おー、良かったじゃん。帆花、芽依の事大事にしなよ?」

「は? 別に今までと変わらないし」

「うわー、付き合ったのにそんな感じ?? 芽依、本当に帆花でいいの? 熱心に告白してくれてた子の方がいいんじゃない?」

「おい」

「はい。帆花ちゃんがいいです」

「だって。良かったね?」

「……先いく」


 どうやら照れたらしい。芽依と顔を見合わせて笑ってしまった。


「彩葉さん、明日って予定ありますか?」

「明日? 午前中は空いてるけど」

「良かったら、買い物付き合ってくれませんか?」

「買い物? 帆花とデートでしょ? 2人で行ってきなよ」

「あ、明日は帆花ちゃんじゃなくて、琴葉とで」

「琴葉ちゃん? それで、なんで私?」

「琴葉って、めちゃくちゃ綺麗な顔してるじゃないですか。モテるのに、誰にも興味を示さなくて。そんな琴葉が、彩葉さんには興味を示してるんです。こんな面白……ごほんっ、ぜひ2人に仲良くなって欲しいなって」


 なんか今、面白そうって言いかけなかった?


「……まぁ、琴葉ちゃんが良いなら構わないけど」

「やった!! よろしくお願いします! 帆花ちゃん、明日の夜遊びに行ってもいい?」

「……それ、そういう意味でいいの?」

「芽依、大胆だねー」

「えっ? いや、帆花ちゃん、そういう意味じゃないから!! 今までだって、夜遊びに行ってたし、それと一緒!」

「はぁ……遅くなるようなら、迎えいく」

「ええ、近いからいいよ」

「いいから、連絡して」

「……うん」


 甘っ! 変わらない、なんて言いつつ甘いやり取りにニヤニヤしちゃうね。


「彩葉、顔がうるさい」

「はぁ!? 顔がうるさいって何!?」

「ニヤニヤすんな」

「帆花ちゃん、なんだかんだ芽依に優しいんだからー」

「ちゃん、とかキモイ」

「うん。私も自分で言って鳥肌たったわ」


 私たちのやり取りを芽依が楽しそうに見ていて、想いが届いて良かったな、とホッとした。焚き付けたのは私だし、これで仲違いしてたら責任を感じるしね。




「彩葉さん、おはようございます!」

「芽依、琴葉ちゃん。おはよ」

「先輩、おはようございます。今日は髪巻いてるんですね。可愛い」

「あ、うん。ありがとう」


 次の日、待ち合わせ場所にやってきた2人と合流して、最初の挨拶からめちゃくちゃ褒めてくれる琴葉ちゃん。隣の芽依は、面白いものを見た、と言うようにニヤニヤしている。


「今日は何買うの?」

「帆花ちゃんの誕生日プレゼントを見たいな、って」

「あー、そっか。もうすぐ誕生日か」

「ベースに関連した物にしようと思ったんですけど、分からなくて……琴葉が、彩葉先輩に聞いたら? って」

「そういう事なら、任せて」


 昨日の理由も本心だと思うけど、これを言わなかったのは帆花には内緒にしたかったからか。



「先輩、この辺って何が違うんですか?」


 よく来る楽器屋さんに着いて、この辺がいいと思う、と芽依に教えて、自分の興味のあるコーナーに移動すれば、ついてきた琴葉ちゃんが不思議そうに聞いてくる。


「ん? ああ、こっちがアコギで、こっちがエレキ」

「先輩はどっち使ってるんですか?」

「私が使ってるのはアコギなんだけど……って、ごめん。ちょっと話しすぎたね」


 私が説明をするのを興味深そうに聞いてくれて、ちょっと話しすぎてしまった。


「先輩の好きなものを知れるのは嬉しいので、大歓迎です」

「……っ、そっか」


 あまりにも優しい表情でそんな事を言うから思わず視線を逸らしてしまった。

 そして、視線の先に芽依が居て、ニヤニヤしながらこっちを見ていたことに気づいて更に恥ずかしくなった。


「先輩って、ギターを弾いてるとカッコイイのに、可愛いですよね」

「あー、そうやってからかうのやめてくれる? 昨日から、可愛い、って言い過ぎだし」

「本当のこと言ってるだけなんですけど……嫌でしたか? ……先輩が嫌ならもう言わないです」

「えっ!? そんなに落ち込む!? 嫌って訳じゃなくて、でもあんまり言われるのは恥ずかしい、かなぁ」


 明らかにシュンっとしてしまった琴葉ちゃんに、自分でも驚くくらい慌てた。


「良かったぁ」

「……っ、それは、ずるい」

「ずるい?」


 心底嬉しそうに笑う琴葉ちゃんは直視できないくらい純粋で。芽依曰く、誰にも興味を示さない、と言っていたからそれを信じるなら私にだけ、って事で……

 この笑顔をずっと私にだけ向けて欲しいし、守りたいな、と思ってしまった。まだ昨日会ったばっかりなのにね。



「彩葉さん、ありがとうございました!」

「いいえ。帆花、喜んでくれるといいね」

「はい!」

「午後は予定があるから、帰るね。またね」

「彩葉先輩、待って」

「ん?」


 歩き出せば、琴葉ちゃんが追いかけてきて呼び止められた。


「あの、これ、貰ってください」

「私に? いいの?」

「はい」

「開けていい?」

「はい」


 緊張しているのか、硬い表情の琴葉ちゃんから袋を受け取って、中を見れば、目が覚めるような青のピックが入っていた。


「綺麗」

「使ってくれたら嬉しいです」

「うん。大切にする」

「それで、あの、良ければ、その……」

「琴葉ちゃん、連絡先聞いてもいい? 今度お礼させて」


 スマホを手に、視線をさまよわせる琴葉ちゃんが言いたいことはきっとこれかな、と口に出せば、ぱあっと笑顔になった。


「お礼はいいですけど、連絡先は是非! コード出しますね!」

「焦らなくていいよ」

「これです!」

「よし、登録OK。琴葉ちゃんの方も大丈夫そう?」

「はい。登録されました。ありがとうございます」

「こちらこそ。芽依待ってるし、戻りな?」

「あ、そうでした! 気をつけて帰ってくださいね!」

「うん。またね」

「はい!!」


 ぶんぶん手を振って芽依の元に走っていく琴葉ちゃんを見送って、再び歩き出す。


 さて、最初のメッセージは何を送ろうか……

 ふと空を見上げれば、手の中にあるピックと同じような青が広がっていて、琴葉ちゃんの笑った顔を思い出す。


 さっき別れたばかりなのに、会いたいって思うなんて、こんなに惚れっぽかったかなって自分に呆れるけれど、あの笑顔は反則だ、と開き直る。

 あの笑顔を私だけのものにするために、明日から頑張ろうと決意した。

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