第44話 ……私たちに、そんな知恵があると思う?

 繁華街の裏通り。

 昼間から酒の匂いと頽廃的な空気が漂う掃き溜めのような場所だ。



「……こっち」


 シズクが立ち止まり、一軒の古びた酒場を指差した。



「ここにいるの?」


「……ん。確信がある」



 ミナは頷き、臆することなく酒場の扉を押し開けた。



 カランコロン。

 気の抜けたベルの音が鳴る。

 店内は薄暗く、数組の客が気だるげにグラスを傾けている。



 その奥のテーブル席に――彼女たちはいた。



「あーあ、マジで最悪。もっといい稼ぎ口ないわけ?」

「あんな装備見せつけられちゃったらさあ、やる気なくすよねえ」



 エリサたち三人組だ。

 昼間から安いエールをあおり、くだを巻いている。



 ミナはツカツカと歩み寄り、彼女たちのテーブルをドン! と叩いた。



「ちょっと。話があるんだけど」


「……はあ?」


 エリサが気だるげに顔を上げる。

 ミナとシズクの姿を認めると、露骨に顔をしかめた。



「なによ、あんたたち。

 あの新しい飼い主の取り巻きじゃない。何の用?」


「とぼけないで」


 ミナの声が低くなる。

 普段の明るい看板娘としての顔ではない。

 タチカワの荒くれ者たちを相手に商売をしてきた、肝の据わった商人の顔だ。



「あんたたち、ギルドで何をした?」


「は? 何のこと?」


「ライセンスよ。

 あんたたち、メディナちゃんにぶつかった時、ライセンスに細工をしたでしょう?

 読み取り機のレーザーを乱反射させるような、特殊な薬品を塗ったはずよ」



「……はあ?」



 エリサは、心底わけがわからないという顔でポカンと口を開けた。



「薬品? 細工?

 何よそれ、錬金術師の話?」


「しらばっくれないで!

 あんたたちが触った直後にエラーが出たのよ!

 そんな嫌がらせをするのは、あんたたちしかいないでしょう!」


「ハッ! バカじゃないの?」



 エリサは鼻で笑い、空のグラスをテーブルに置いた。



「ねえ、アタシらを見てよ。

 E級で、借金まみれで、その日暮らしのアタシらに……。

 そんな高度な薬品を買う金や、使いこなす知恵があると思う?」


「……っ」



 ミナが言葉に詰まる。



 確かに、彼女たちの様子は荒んでいる。

 高価な錬金薬や魔道具を扱えるような技術者にはとても見えない。



「アタシたちはね、ただムカついたから嫌がらせしただけよ。

 手脂でベタベタにしてやろうと思っただけ」



 エリサは自分の手を見つめ、眉をひそめた。



「ていうか、アタシのほうこそ文句言いたいくらいよ。

 あいつの持ってたカード、なんかヌルヌルしてて気持ち悪かったし。

 ……あれ、普通にスライムの粘液じゃないの?」


「……え?」



 ミナとシズクの動きが止まる。



「スライム……?」


「そうよ。あの子、昔からスライム使いだし。

 ポーチの中にスライムごと突っ込んでたんでしょ?

 その体液がついただけじゃないの?」


「で、でも……ギルドの職員は『絶縁体のコーティング』だって……」


「ふーん。じゃあ、あの子のスライムがそういう性質なんじゃない?

 詳しくは知らないけど」



 エリサは面倒くさそうに手を振った。



「あの子、昔からそうなのよね」



「……どういうこと?」


 シズクが、鋭く問いかける。



「あの子、一見弱気でイイ子ぶってるけどさ。

 自分の居心地が悪くなると、すぐ被害者ぶって同情を買おうとするのよ。

『私は悪くない』『周りが悪い』って泣いて、周りを足止めして……そうやって、現状維持しようとするの」



 エリサの目が、昏い光を帯びる。



「今回だってそうでしょ?

 あんたたちが昇格しちゃったら、自分が置いていかれる。

 だから……無意識か、わざとか知らないけど、自分でやったんじゃないの?」


「なっ……! 適当なこと言わないで!」


 ミナが激昂する。



「メディナちゃんはそんな子じゃないわ!

 あの子は、マサキのために必死で……!」


「ふーん。まあ、信じるなら勝手にすれば?

 あたしたちは関係ないから。行くわよ」



 エリサたちは席を立ち、金を投げ置いて店を出て行った。


 残されたミナは、怒りと戸惑いで肩を震わせている。



「……信じられない。あんな言い草……!

 やっぱりあいつらが犯人に決まってるわ!

 しらばっくれてるだけよ!」


「……待って」



 シズクが、ミナの袖を引いた。

 その顔色は、紙のように白い。



「どうしたの、シズクちゃん?」


「……あいつらの言ってること、嘘じゃないかも」


「え?」



 シズクの脳裏に、パズルのピースが組み合わさっていく。



 犯行の手口は「特殊な絶縁体コーティング」。

 エリサはそれを「スライムの粘液」だと指摘した。

 そして、その動機は「昇格(変化)を止めること」。


 そして何より。

 ""。

 スフィンクスの最終試練で見せられた悪夢。

 


 



「エリサたちには、技術がない。

 マサキには、動機がない。

 私にも、ない」



 なら。

 残る一人は――。



「……マサキが、危ない」



 シズクの声が震えた。



「ダンジョンの中で……マサキは今、武装を解除している」


「えっ? どういうこと?」


「『蜃気楼の衣』の効果を上げるために、荷物を全部……メディナのスライムに預けているはず」



 ミナが息を呑む。



「まさか……そんな……。

 じゃあ、マサキは今、丸腰で……」


「……メディナは、追い詰められてる。

 マサキを行かせないために、手段を選ばないかもしれない」



 シズクは拳を握りしめた。

 メディナが悪人だとは思わない。

 だが、恐怖に駆られた人間は、時に敵よりも危険な行動をとる。



「……急ごう。

 止めないと、取り返しがつかなくなる」



 シズクは店を飛び出した。

 ミナも慌てて後を追う。



「マサキ!!」



 シズクは走りながら、祈るように通信機(魔導具)を取り出した。

 ダンジョン内では繋がらないことは分かっている。

 それでも、呼びかけずにはいられなかった。



(気づいて、マサキ)


(その子は今――壊れそうなんだよ)



 街の喧騒が、遠のいていく。

 二人は全速力で、ダンジョンへの道を駆け抜けた。



 だが、距離はあまりにも遠い。

 マサキたちが「終点」に辿り着くまでに、果たして間に合うのか。



 それは誰にも、分からなかった。

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