第28話 現実は日常系ゆるふわ4コマのようにはいかないものだ。

「おはようございまー……何やってんスか二人とも」



 翌朝。

 リビングにて。



「フッ……フッ……」


 自重トレーニングに取り組む俺とシズクを見て、メディナがドン引きしてるのを感じた。



「おはようメディナちゃん。昨日はよく眠れたかしら」


「お、おはようございますミナさん。朝から何やってんスかこの二人」


「トレーニングみたいね。これもミッションだかなんだからしいんだけど。

 もうほっといてご飯食べちゃいましょ」



 インクライン——椅子に手をかけての斜め方向のプッシュアップは、体幹の維持の難度が壁相手とは段違いだな。

 少しでもバランスが崩れるとコンソールの回数判定は認めてくれないので、スピード感よりも一回一回を丁寧にすることが求められる。



「ほら、シズク。もっとしっかり腹圧かけていこう」


「ク……フゥー、フゥー……」


「そうそう、吐く息意識して」



 ズズズ……。

 俺たちに構うことなくコーヒーを啜るメディナと、朝食の準備をするミナ。



「メディナ、お前もやるか?冒険者なら鍛えといて損はないだろ」


「い、いや。遠慮しとくっス……。朝から疲れて、日中の冒険者に差し支えても困るんで」


「そうか。まあ無理強いはしないが、筋肉は人を裏切らないぞ?筋肉を裏切るのは、いつだって人の方だ」


「マサキ先輩、そんなこと言うキャラでしたっけ?」


「ほら、メディナちゃん。ご飯できたわよ。一緒に食べましょう。

 マサキ、シズクちゃん。一旦切り上げてご飯にしましょう」


「うわぁー美味しそう。いただきま……ミナさん、何スかこの馬鹿でかい別皿」


「大量の蒸した鳥ササミ、蒸しブロッコリー、茹で卵よ。

 ……異様でしょう?でも、この二人が絶対に必要って言うから。

 ——マサキ!瞑想始めないの!こっち来てご飯食べなさい!

 ほら、瞑想やめて!メディナちゃんのお話を聞くんでしょ!瞑想を、やめなさい!」



 チっ。

 折角いい流れで瞑想に入れそうだったのに。

 こういうの習慣の問題だから、スッと流れでやれる時にやっときたいんだよな。


 俺が叱られてるすぐ横で、マジでどこ吹く風って感じで瞑想してるシズクをテーブルに引っ張って、ともあれ4人揃って朝食を食べた。



「今更だけど、昨日は悪かったなメディナ。

 ゆっくり休めたか?」


「はい。おかげさまで。

 こっちこそすいませんっス、急に甘えちゃって」


「それで、なんでまた部屋を追い出されるなんてことになったんだよ。

 メディナはE級の駆け出しとはいえ、年次の割には活躍してた方だろ。サポーター業務も結構人気あるみたいだし、裕福とは言わないまでも生活に困るようなレベルじゃないと思ってたけど」


「いやあ、それが……。ちょっと言いづらい話ではあるんですけど」



 きまりが悪そうに、「一応今のところは他言は無用でお願いします!」と添えつつ、メディナは話し始めた。



「要は、同居人とのトラブルで追い出されちゃったんスよね。

 昨日も話したっスけど、同じ農村出身の女の子達と4人で暮らしてたんですけど、そのうち一人が村長の家の3女で、その子が家主的な存在なんで、対立すると立場弱いんですよね」


「へぇ。しかしあれだな。

 4人で同居ったら、この家ほどじゃないだろうけど、そこそこのスペースの物件が必要だろ。

 こう言うのもなんだが、これといった保証人もいない農村戸籍者がそんな物件よく借りられたな」



 冒険者登録をした仮戸籍者が不動産の賃貸契約を結ぶこと自体は法的に問題ない。

 だが一方で、不動産の貸し手が不安定な戸籍の持ち主に部屋を貸し渋ることが多いのもまた事実だ。


 家賃の取りっぱぐれリスク等を考慮し、かなり足元を見た条件の契約になることもあるという。家賃が高すぎて6畳の部屋に6人住んでる奴もいるなんて話も聞く。


 ま、都市戸籍者なのに家賃滞納して追い出された俺が言えることじゃないが!(爆笑)(なにわろとんねん)



「元々その子のツテで借りた部屋だったんですよね。だから、揉めちゃうと私が追い出される側になっちゃたんス」


「……よくわからない。具体的にどんなトラブルがあったの?」


「ん……いや、トラブル自体は面白くもないことで。

 同居シェアハウスあるあるというか。家事の分担や部屋の片付け、物やお金の貸し借り。

 あとまあ、ああいうのは物の管理が杜撰になりがちなんで、あれがなくなった、石鹸や化粧品を勝手に使ったのは誰だ、嫌がらせで隠したんじゃないか、お前が盗んだのか、みたいな揉め事もしょっちゅうで」


「いや、どうなんだ?メディナがそんな、家事サボったり部屋汚すタイプには見えないけど。

 盗むなんてもってのほかだろ」


閉鎖空間クローズドコミュニティだと、事実よりも人間関係のヒエラルキーがものを言うんス。

 女子同士だと特に、故郷での家柄なんかで理不尽な上下関係がつきがちで。私の家は貧乏だったんで、結構いいようにサンドバッグにされちゃってたっスね、ハハ……。

 特に家主のその子が女王様タイプで、その子が頑と譲らないとなると、他の二人も逆らえなくて。

 色々蓄積したものもあったんスけど、今回とうとう「流石にこれはおかしい!」と抗弁したらもう大喧嘩で、一方的に追い出されちゃったっスね」



 嫌な話聞いちゃったなあ。

 これから同居生活を始める身としては夢を打ち砕かれた気分だ。


 まあ、ミナやシズクとの間でそういうトラブルはないと思いたいが、メディナによるとその子達とも故郷にいた頃は仲の良い友達だったという。

 仲良し女子4人組がサクセス、ドリーム、ビッグマネーを求めて上京し、共同生活した結果がこれか。現実は日常系ゆるふわ4コマのようにはいかないものだ。



 シズクはまだ首を傾げている。

 まあ、今の話だけだと具体的によくわからないことはあるよな。

 実際どうやって部屋を借りてたのかとか、残された子達の冒険者活動はどうなってるのかとか、まあ色々。


 でもなあ、あんまりアレコレと問い詰めるのもなんだな。



「だいたいわかった。色々大変だったな。

 まあ過去のことより、これからのことなんだけどさ。

 メディナ、お前この先どうするのか、何かプランとかアテがあるのか?」


「この先ですか、ええっと、その」


「ああ、悪い。先に俺から言わせてくれ。

 メディナ、お前さえ良ければ、しばらく俺たちとこの家で暮らさないか?

 でさ、冒険者としても、仮でいいから、当分俺たちとパーティ組むってのはどうだ?」


『……ええっ?』



 メディナ、シズク、ミナ。

 3人が同時に驚きの声をあげる。



「い、いいんスか?私としては願ったりっスけど、折角お三方で同居生活始めるってとこで、いきなり乱入しちゃって」


「マサキ——驚いたわ!実は、私も昨晩メディナちゃんの話を聞いて、同じ提案をしようかと思っていたの。

 でも、同居ってのも簡単な話じゃないし、何よりあなた達の冒険者活動について軽はずみに口出しなんてできないから、どうやって提案しようかと悩んでいたところなのよ!」


「……マサキ、納得いかない。

 メディナのことを悪く言う気はないけど、斥候職選びには慎重になるというのが二人で決めた方針だったはず。

 ……C級に上がってからC級をスカウトするか、あるいは才能のあるD級をスカウトするかと言っていたのに、E級のメディナを勧誘するのは話が違う」


「ま、まあ落ち着いて聞いてくれよみんな。

 ええと、ミナは異論ないみたいだからいいとして、まずはメディナか。

 俺たち3人の同居生活ってのもまあ、勢いで急遽決まったようなモンだからな。このタイミングで1人増えても問題ないさ。

 むしろ、3人で済むには持て余すような家だからな。メディナ1人増えるくらい余裕だし、家賃の頭割りや掃除なんかの分担を考えればむしろありがたいくらいだ。

 もちろん、メディナが嫌じゃなくて、ミナとシズクが同意すれば、だけど。


 ま、同居トラブルがあったのにまた別のコミュニティと同居ってのも思うところあるかもしれないが、どの道一旦どこかに住所登録して、ちょっと落ち着いてからじゃないと次の住居も探せないだろ。

 直近1ヶ月は家賃もかからないみたいだし、お試しで住んでみるのもいいんじゃないか?」



 俺の説明に、メディナが恐縮しながらも同意を見せる。



「……マサキ、私は納得いっていない」


「ああ、斥候職のチョイスの件か。

 確かに昇格済の連中から選んだ方が即戦力なんだが、俺の”ミッション・コンソール”の特性を考えれば、むしろ将来性を重視した方がいいだろう。

 メディナは2年目の新人とはいえ、かなりの期待を寄せられてるホープだからな。むしろ、頭を下げて勧誘しても取り合いに勝てるか微妙な人材なんだよ。


 もっと言えば、機密情報を共有するための信頼性の方が重要だ。

 初対面のシズクにはピンとこないかもしれないけど、その点はメディナは大丈夫だと思う。

 現時点でそう思える相手ってかなり貴重だからな。それだけでも選ぶ価値がある」


「……それはわかる。若手で有望な人がいるって噂は私も聞いたことがある。

 それでも、今の私たちならば速攻でC級昇格も夢ではない。

 勧誘するにしても、こちらが昇格して交渉力を高めてからでも遅くはない。そうすれば、選べるターゲットも広がり、交渉も優位に立てる。


 それをせずに今勧誘するというのは、メディナへの同情としか思えない。

 ……勘違いしないでほしい。決して、メディナを悪く言いたいわけでも追い出したいわけでもない。

 ただ、マサキがS級冒険者になるためには一刻も早く昇格して……」


「ンンンっ!ゲホンゲホンっ!」



 思い切り咳払いしてシズクの言葉を遮る。

 やべーやべー。

 S級冒険者を目指してるとか、まだミナやメディナには言ってないんだよな。


 ちょっとなー、恥ずかしくてまだ知られたくない。

 いや同居とかしてると隠せるもんでもないんだろうけど。



 幸い二人ともよく聞こえてなかったみたいだ。

 メディナに至っては”ミッション・コンソール”の部分にキョトンとしている。

 コンソールについては、まあメディナに話してもいいか。


「ええと、シズク。

 先のこと考えてくれてるのは嬉しいんだけど、まず、俺たちはすぐにはC級には上がらないぞ。

 ミッションの都合だ。ほら、これ見てみろ……って、俺にしか見えないんだっけか」



 俺とシズクのコンソールには、以下のようなメインミッションが設定されている。


 ・ミイラ男を100匹倒そう!

 ・レッサーヴァンパイアを100匹倒そう!

 ・ポイズン・スコーピオンを100匹倒そう!

 ・キャット・バットを100匹倒そう!

 みたいなモンスター虐殺系ミッション。これは経験上300匹、500匹まで派生で増える。


 また一方で、

 ・槍を使ってモンスターを100匹倒そう!

 ・斧を使ってモンスターを100匹倒そう!

 ・ナイフを使ってモンスターを100匹倒そう!

 みたいな戦闘スタイル系のミッションも多数あるんだよな。

 俺の場合は武器による打倒数のミッションが多いが、シズクの場合は弓矢や杖での同様のミッションのほか、回復魔術での自己回復、仲間回復、補助魔術の使用なんかの回数系ミッションが豊富に用意されている。



「こういうの、E級ダンジョン(1-5階層)のモンスター虐殺も含めて全部クリアしてからC級昇格試験に臨まないか?

 刀以外での戦闘術とか、戦力に余裕がある今のうちに終わらせておきたいんだよな。C級でオーガとか相手に得意武器以外で挑むのはちょっと怖いぜ。

 そうすると、D級ダンジョン(6-10階層)での活動も多分1ヶ月くらいは必要になる。

 その間、斥候職なしで活動するのも取りこぼしが多すぎるだろ。

 それなら、仮でもいいからメディナに加入してもらって、宝箱開錠とか罠解除溶かしてもらいつつお互いを見定めるのもいいんじゃないか?


 メディナ的にはどうだ?ギルドで「パーティ登録」をすればモンスターを倒した時の経験値も等分される。ちょっと飛び級気味にD級ダンジョンで俺達と活動すれば、レベリング的にもいいんじゃないか?普段のサポーター活動でもそう言う感じだろ?」



 あえて言わなかったが、今朝俺の期間限定ミッションにこういうのが出現したのもこの打診の理由の一つだ。



【期間限定ミッション】

 ・斥候職をパーティに加入しよう!

 ・パーティメンバー全員と同居しよう!



 ギルドでの「パーティ登録」とミッションが求める「パーティに加入する」が同じものかはわからない。シズクの経緯を思うと、違う気もする。

 とはいえ、「パーティ」が精神的な結びつきを意味するものだとしたら、メディナは割と楽に加入できるんじゃないかな。

 雑な表現になるが、仮に親密度が100必要だとしたら、既に70か80くらいの信頼関係はあるように思うし。


 何より、斥候職を加入させたとしても同居までするのはなかなかハードル高いからな。

 そういう意味でもメディナはおあつらえむきの存在だ。



「……わかった。マサキがそう言うなら」


「自分も異存はないっス。こんなありがたい話はないっス。

 今日から是非、一緒に冒険させてくださいっス」



 話はいい感じに纏まった。おかげで家賃も安くなりそうだ。



 ——

 二章が始まってから説明回しかやってないですね……。

 でもやっと舞台設定セットアップが終わりました!次から本番です!よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る