第14話 S級冒険者はきっとここで逃げたりしない
C級まで上がって初めて冒険者は人間になれる、なんて言葉がある。
シズクのような戸籍を持たない人間でも、C級になればタチカワ市民として完全な人権を付与されるし、ギルドの発行する”クエスト”——主にダンジョン外での活動を要する業務も受注できるようになる。
俺がやってきたような指導・サポート業務もギルドや行政に請われて受注するので補助も含めて単価が跳ね上がるし、商会とスポンサード契約を交わして者は資金援助等を受けるのも基本的にC級以上が条件となる。
各種社会保障の存在や、一定以上の活動内容、年数に応じて引退後の年金まで設定されていることもあり、その時の単純な収入などよりも「人間として扱われる事」のスタートラインがC級昇格というのが冒険者達の共通認識だ。
だからこそ、それまで現場で、腕一本の命懸けで戦ってきた冒険者がC級に昇格する瞬間は無上の喜びだという。
そんな夢と希望にあふれた新人C級冒険者を地獄に叩き落す存在がいる。
オーガ。
食人鬼として名高い、異形の怪物。
12階層から出現するその怪物の実力は、数多くの腕自慢達を葬ってきた。
特別な異能を持っているわけではない。
稀に口から火炎放射をするというが、中層以上のモンスターにとってそれはさほど珍しい特性ではない。
恐ろしいのは純粋な身体能力。
ただただ強く、速く、重く、硬い。
D級では十分な余裕を持って戦ってきた冒険者でも、攻撃が全く通じず、動きにも全くついて行けず、重く硬い棍棒でなすすべもなくひき肉にされる事例が後を絶たない。
多くの有望な冒険者たちが行く道を変えざるを得ない、ダンジョンが与える試練。
生き残った冒険者でさえ、ある者はダンジョン外のクエストを中心にし、ある者は僅かな貯蓄を手に田舎に帰り、ある者は心を壊して部屋に引きこもる生活に追い込まれる。
人間未満が人間になるための、最大にして最後の壁。
それがオーガだ。
そんな怪物に、今日D級に上がるばかりの俺達が挑むなどーーー。
「駄目だ。ムリだ。あれには勝てない」
考えるまでもない。
こんなところで命を張る理由はない。
俺達は、今ここで帰れば次に進めるんだ。
「……勝てない、の?」
「ああ、レベルが違う。エクストラボスはオーガだ。
C級に上がったばかりの連中が毎年何人も殺される、危険な相手だ。
とても俺達の太刀打ちできる相手じゃない」
俺の言葉に、シズクはしばし考えるような仕草を見せ。
「……マサキ。毎年何人も殺されているというけど、それはどのくらいなの?」
「ん?いや、うーん。正確な数値はわからないけど……えっと……」
「……たしか、年間のC級昇格の人数は、大体……」
「よく覚えてるなそんな数字」
「……いつも丁寧に調べていた。
死活問題だったから。私にとって、C級に上がれるかどうかは」
それぞれの数字を比較すると、大体C級新人が1年以内にオーガに殺される確率は6%強というところだった。
「……この数字が低いとは言わない。でも、冒険者の仕事にリスクはつきものだと思う」
「お、おい。何考えてるんだよ、お前。
まさか、やる気じゃないだろうな」
「……1年以内に死亡ということは、それまでにオーガと戦った回数は1度や2度ではないはず。そう考えると、1度の戦闘で殺される確率はもっと低い。
ダンジョンの中では消耗した状態で急襲を受けることも多い。今の私たちのほうが条件的には有利。
……それに、D級くらいだとまだまだソロ活動をしている冒険者も多い。
C級昇格直後でも仲間を見つけられない人も一定数いる。
その6%にはそういう人達が多く含まれていると考えられる。まして、回復術師を抱えているパーティはC級でもレアな存在。
私たちはその人たちとは違う」
「だ、だから!それはC級に上がった連中の話だろうが!
俺達は今日やっとD級に上がるんだ!ゴブリンキング相手に死にかけたのを忘れたのかよ!」
「……ならば、具体的にどのくらい強くなればオーガに挑めると思う?」
シズクの質問に、俺は返答に窮した。
「……E級からD級に昇格するのは、平均で4年程度と言われている。
D級からC級は約3年。途中で脱落する人もいるけど、合計で7年。
……マサキは既に7年の経験を積んでいる。
経験不足は挑戦しない理由にならない。
……レベルやスキルについても、マサキのステータス・コンソールを使えば不足を補うことができる。
C級昇格は一般的に、レベル15から20程度、スキルならばレベル3や2がいくつかあるというところ。
マサキは既に、ジュエルを使えば条件を満たすことができる」
「い、いや!ギリギリでだろ!?
どうしちまったんだよ!ムリするような場面じゃないだろ!
なんで急に、こんな命懸けのギャンブルに挑もうとしているんだよ!」
「……生きることはいつだって命懸け。マサキは違うの?」
「……!」
「……それに、ミッション・コンソールは不可能なことは要求しない。
これまでだって、そうだったんでしょう?」
……。
そうかも、しれないが。
「……もちろん、今すぐ突入しようと言ってるわけじゃない。
準備をして、作戦を立てて、ギリギリまで検討したうえで判断するべき。
……マサキが今温存しているジュエルも使って、戦力の向上も図れる。
なんなら、何日かこの通路でミッションをこなして2人のジュエルを稼いでもいい。
……経験値が不足するなら、5部屋目に戻ってゴブリンキングを狩るのもいいかもしれない。
レアドロップが出れば装備品も向上する。
そのために、私のポイントを幸運に使ってもいい」
反論が、思いつかない。
たしかに、ミッションが大きければ大きいほどリターンも大きい。
持参した食料で粘りつつポイントを稼いで成長すれば……C級並の戦力も、得られるのか?
「お前の話はわかった。説得力もあると思う。
でも、理由を聞かせてくれよ。
どうして、そこまでしてミッション達成にこだわるんだ?
シズクにとって、ミッションなんてついさっき存在を知ったようなモノでしかないのに」
シズクは顎に手を当てて答える。
「……私にとって、生きることは戦うことだから。
誰かに与えられたものは、いつ誰かに奪われるかわからない。
生きるためには、自分で勝ち取らなくてはならない。
……それに、S級冒険者はきっとここで逃げたりしない」
「!」
S級冒険者。
それは、俺が話した夢だ。
「……マサキは私の夢を叶えてくれた。
だから、私もマサキの夢を叶えたい。
……与えるだけでも、与えられるだけでもダメ。
私にはマサキがついている。
マサキには私がついている。
そんなコンビでなければ、きっと一緒に戦ってはいけないから」
「シズク……!」
いかん、ちょっと泣きそうだ。
いいだろう。俺も覚悟を決めるぜ。
ドカっ!
大型の容器を2つ床に置く。
今まで特に触れてなかったが、長期戦に備えてかなりの量の食料を持ち込んである。
1つはタンパク質の大量の蒸し鶏。もう1つは大量の蒸し野菜。
それぞれ腐敗防止にオリーブ油に漬け込んである。
ミッションの指定する栄養から言って、2人でギリギリ3日持つかってトコか。
強化できるところまで強化して、その上で挑戦するかどうか判断しよう。
「そういえばシズク。お前は自前の食料はあるのか?
分け合えば強化の時間をのばせるけれど」
ややバツの悪そうな顔をしながら、シズクが懐から取りい出したるは。
ソイジョイ3本。ザッツオールである。
「お前は本当に舐めてるよな!」
どのツラ下げて勇ましい事言ってやがったんだこいつは。
——
あれから3日。
ミッションの達成とゴブリンキングの乱獲に明け暮れた。
流石、シズクはミッションに取り組み始めたばかりということもあって、ポンポンレベルが上がったな。
強化前にシズクの幸運を2に上げたおかげで、
こいつはもう、開幕から出し惜しみなしでぶっ放すのが正解だろう。
「いくか、シズク」
「……うん」
相棒に合図して、俺は鈍色の扉に手をかける。
やってやる。俺達はもう、初めて会った時の俺達とは違う。
オーガだろうがなんだろうが、ぶっ飛ばしてやるぜ。
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