episode.2 見えざるもの
「邪魔が入ったか……折角供与してやったソトニクだと言うのに……」
依然として官庁街及び国会議事堂周辺は封鎖されており、軍部、連邦警察によって現場検証と処理が行われていた。
「8.62ミリのライフルで一発か……貫通力が弄られた特注もんだろうよ」
橋を渡りきった地点に散乱するバラバラの死体とソトニク。
それを検分しているのは、黒矢印に鷲の記章の入った戦闘服を着込んだ集団だ。
それにKdS同様にパワードスーツを装備していた。
記章が示す彼らの所属は、連邦陸軍指導部所属の特殊部隊KSKだ。
「リキッドアーマーも相手がアサルトライフルでなければ意味が無いな」
腹部を撃ち抜かれたソトニクからは、オペレーターの傷口を塞ごうと液体が硬化したあとが見られるが、傷口が大きく十全には機能していない。
「だが、おかげで邪魔立てした連中の特定が出来た。ソトニクの一機も無駄じゃないさ。それにソトニクは、追加の発注も終わっているし在庫も無いわけじゃない」
「そうだな……。このことは、ヴァンゼー会議の場で報告しておけば問題いいだろう。南十字星が現れたとな」
「どうであれ分隊程度の奴らが、ジプシー計画に影響を及ぼせるとは思わないがな」
南十字星は、北半球からは見ることが出来ない星だ。
それ故に、彼らは南十字星と名付けられた。
作戦遂行後に目撃者を残さないほどに鮮やかに任務をこなす部隊として。
「だがな、星にも寿命がある。そのうち墜ちるさ、我々の手によってな」
既に特殊部隊を擁する公的機関や軍部のうちでは、極右的な思想の人員を固めて部隊を編成する動きが出始めている。
国防省及び連邦警察の上層部もこれを警戒して強制捜査等を行ってはいるものの、組織内部に極右主義者を内包している状態で、捜査が上手く行くはずもなかった。
証拠は巧妙に隠蔽され、いつまでも確証を掴めずにいるのだ。
公的機関内の極右主義者、またはそれに協力する人員は、既に1万人を越しているとさえ言われている。
そしてそれらは、ある一人の人間の指示によるものだということも明らかになっていた。
名前も顔も分からない誰も見たことも無いネオナチの首謀者『Unsichtbar』――――と名付けられた人間。
かつてのドイツ帝国の独裁者になぞらえて『ヒトラーの亡霊』『ヒトラーの意を継ぐもの』などとも呼ばれている。
ちなみに、『Unsichtbar』とは、目に見えないという意味だ。
「ヴェルナー少佐、車が到着しました。アモン陸軍准将閣下がお呼びです」
橋に黒いSUVが滑り込んできた。
「今行く。カルステン、後は任せた。ヴァンゼー会議の時間だそうだ」
「わかりました。全ては強国ドイツを取り戻すために」
そう言うとカルステンと呼ばれた男は、簡略化したナチ式敬礼でヴェルナーを見送った。
◆◇◆◇
「通信傍受の可能性は?」
「ダミー通信を走らせてあるのに加えて、ランダムな素数で暗号化した回線だ。心配は、いらないよ。ヴェルナー君」
アモン陸軍准将は、笑って言ってみせた。
「それに君、あれを見たまえ」
アモンが顎でしゃくった先には、デスクに齧り付いてキーボードを叩く兵士達の姿がある。
「我々の同胞は、CIRにもいるのだ。電子戦が職務の彼らにこの仕事は、うってつけじゃないか」
CIRというのは、サイバー・アンド・インフォメーション・スペース・コマンドと呼ばれるいわゆるサイバー攻撃部隊のことで近年、ドイツ連邦が悩まされ続けてきたロシアからのサイバー攻撃に対応するために設立された部隊だ。
「それは、心強い」
「我々の邪魔を南十字星の連中がしたかもしれないがそれ以上に、我々は見えない組織と形態を有しているのだ。ラインハルト作戦の遂行の日も近かろう」
彼らネオナチに与する極右主義者は、武力行使による難民排斥をラインハルト作戦と呼んだ。
それはかつてのユダヤ人排斥における処刑場へのユダヤ人の集団輸送に使われた作戦名だった。
「だが、我々のラインハルト作戦の完遂はそこで終わりでは無い。根本的で且つ絶対的な解決が必要なのだ。それには、まだ時間がかかる。邪魔者は、どんな手を使ってでも排除しろ」
「はっ!」
ヴェルナーは、軍靴を鳴らしてナチ式の敬礼をした。
それを見てアモンは満足気に頷いた。
「アモン准将閣下、出席するメンバー全ての回線の準備が完了しました。『ヒトラーの意をつぐもの』も参加されています」
CIRの兵士が端末をアモンに差し出す。
「よろしい。ヴェルナー、席につけ。『ヒトラーの意を継ぐもの』から、君に次の指示が出されることだろう」
死のリスト―機動特務KdS― ふぃるめる @aterie3
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