episode.1 蔓延るナチズム


 「超高分子軽量ポリエチレン繊維とアーマープレーティング技術か……我が国でも開発には着手しているが、遅れをとっているのは否定できそうにないな」


 テオドールが、頭を抑えながら言った。


 「しかし部長さんよ、あいつをなぜネオナチ連中が持ってるんだ?」


 イグナーツの質問に確証が持てる答えが見つかった時、事態は解決に動くだろう。

 だが、確証を持って出せる答えなど、現状あるはずもない。


 「あぁ、あれか……あれの機種名はソトニクと言って現在、ロシア参謀本部情報総局内の超極秘機関29155部隊を中心に特殊部隊等に配備が始まっているらしい。アフガニスタンでもその存在が確認されている」


 テオドールがカーネルサンダースを思わせるほどに立派な顎髭をしごきながら言った。


 「それじゃあそのうちに通常部隊にも配備が始まるということですか?NATO軍には、勝ち目が無さそうですね……」


 フロレンツの心配は、もっともでNATO陣営の特殊部隊にも米国製の戦術的攻撃オペレータースーツ『Tactical Assault Light Operator Suit』通称タロスの装備がされているが、流石に9ミリ弾を近距離で弾くことは不可能だ。


 「だとすれば最初に攻撃を受けるのは、ウクライナになるだろうな」


 俺の見立てでは次の戦場は、ウクライナだ。

 2025年にウクライナは、ロシアの攻撃を受けて国土の西側をロシアに占領されている状態だ。

 その後開かれた国連総会決議ではウクライナ領であると保証されてはいるが、そんなものは実効支配の前には、なんの意味をなさない。

 現在、ドイツ連邦軍を含むNATO軍がロシアに対しての牽制としてウクライナに展開しているが果たしてどこまでロシア勢力との均衡が取れているかは不明だ。

 衛星画像によれば、ロシアもまた国境に部隊を駐留させているとの話もある。

 民族主義に揺れるバルカン半島よりも危ない世界の火薬庫だ。


 「変な憶測で話すのは、感心しないな。話を戻すぞ」


 滅多なことを言うな、とテオドールが俺に目線で訴えかけた。


 「で、ソトニクだが、耐弾性能実験ではブローニング重機関銃の中近距離発射まで耐えたらしい。流石に至近距離だと穴が空いたらしいがな……」


 ブローニング重機関銃だと口径12ミリということになるから鉄板1インチ以上の厚みを抜くつもりでなければソトニクの装甲は、破れない計算になる。


 「随分硬いんだなぁ……俺も対物ライフルを使った方がいいのかもしれん」


 もしかしたらイグナーツのヘーネルRS9では、貫通が困難になることもあるかもしれない。


 「その方がいいかもしれんな、ただネオナチ共は基本的に通常の歩兵が主戦力だ。それも忘れるんじゃないぞ?角を矯めて牛を殺す、だ。そのこと頭に留めておけよ。連絡は以上だ。アルフォンス、お前は残れ。話がある」


 解散、とでも言うようにテオドールは手を叩いた。

 そして部下の三人が出ていくのを確認してから重々しく口を開いた。


 「現場の指揮官の君には、これを見せておこうと思ってな」


 テオドールが机の上に封筒から取り出した写真を並べた。

 写真に映っているのは、ネオナチの隊員と公的機関の部隊が接触している姿。


 「これは……?」

 「昨晩の連邦警察事務統制本部付近でBFVのドローンが捉えた画像だ」


 連邦警察事務統制本部は、俺達の管轄では無かったが昨晩ネオナチ連中の襲撃を受けた場所だ。


 「装備から察するに、政府組織では無く軍部ですか?」

 「あぁ、俺が何を言いたいかと言うとだ、KSKもアテにならんということだ。しかもKSKが、今回の襲撃事件の捜査に強く介入したがっているらしい」


 KSKというのは、『Kommando Spezialkräfte』の略称で特殊作戦群 (フランス)、グリーン・ベレー(米国)、SAS(英国)のようなNATO諸国の類似部隊と同じように創設された陸軍指導部所属の特殊部隊だ。

 しかしこの部隊は、ただの特殊部隊では無い。

 極右主義者が部隊内に多いことでも有名な部隊だ。

 対テロや対過激組織の任務に従事することが専らだが、過去には2020年に当時の国防相アンネグレート・クランプ=カレンバウアーによって、特に極右的な思想が蔓延したKSK一個中隊が解体を命じられている。


 「お前なら言わなくてもわかるだろう」


 今回の襲撃テロ及び活発化する武装したネオナチによる治安悪化には、軍部が関わっているということか……。


 「なるべくこちらでも目を光らせておくが、背後にも十分気をつけて行動してくれ」


 仮にも国内中で武装組織が難民支援政策を続ける現体制へ対しての蜂起を行うという最悪のシナリオが現実になったとき、軍部は軍部として機能しないということか……。

       

        episode.1 蔓延るナチズム


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この作品を最初に書いたのは一年前でした。

一年たってウクライナが実際に侵攻を受けていたのは予想外です。一日も早く終戦を迎えますよう心からお祈り申し上げます。

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