死のリスト―機動特務KdS―
ふぃるめる
プロローグ 法と秩序の分岐点
『目標、ラインハルト通りに入りました』
『あぁ、こちらの目視範囲に入った。直ちに離脱しろ!』
ラインハルト通りに入れば、橋を渡って国会議事堂は真正面だ。
『所属不明ヘリ3機を確認!我、直ちに離脱する!』
機種は、UH-1Yヴェノムか…… GSG-9の亡霊で間違い無さそうだ。
GSG-9というのは、連邦警察の対テロ特殊部隊のことだ。
いや……だった、と言うべきか……。
同部隊は昨年6月、忌むべき『死のリスト』に名前の掲載されたヘッセン州のヴァルター・ルブケ州議の護衛任務の際に隊員十数名が行方不明となっているのだ。結局、ルブケ氏は殺害され同部隊の隊員も相当数が護衛任務で殉職を遂げた。
国家は、特殊部隊隊員の行方不明と殉職の事実を公表することなく、事件は葬られた。
『マズい! 連中、攻撃ヘリまで出しやがった!』
攻撃ヘリだと!?
攻撃ヘリを運用できる機関は、あくまでも軍部だけになっているはずだ。
軍部が、背後にいるのか……!?
『振り切れない!』
我々の空の目であるヘリに向かって曳光弾が放たれる。
守りきれなかったか……。
ヘリは、煙をあげながら官庁街のビルへと突っ込んで消えた。
鈍い爆音が大気を
『地対空誘導弾で撃墜しろ』
ヘリのローター音は、4機分。
ヘリは、ビルを遮蔽物として利用しているためにこちらから射界に収められるのは、攻撃ヘリ一機だけだ。
『こちらの居場所がバレますが?』
『構わない。データをシェアリングする時間を与えなければいいだけの話だ』
相手がこちらを見つけるよりも早く撃墜すれば、他の3機に見つかることも無い。
『了解、1発で決めてみせます』
超軽量迷彩ネット(サーマルアイデンティフィケーションパネル)で、こちらの身体から発する熱は誤魔化せても流石に地対空誘導弾の発射時の熱量は誤魔化せない。
『照準ロック』
赤外線と紫外線の2色シーカーを用いており、デジタル信号処理ユニットにより命中精度、フレア耐性ともに非常に高い。
フロレンツは、ふっと息を吐くと無言で射撃した。
重さ10キロの地対空誘導弾が射出される。
吸い込まれるように、攻撃ヘリへと向かっていく誘導弾。
攻撃ヘリは、慌てたようにフレアを炊き回避行動をとるも間に合わない。
『フロレンツ、やったな』
『目標の爆発を確認』
攻撃ヘリは、空中分解を起こして深夜の官庁街に消えた。
味方機が突っ込んだビルでは、通常時なら消化活動が始まっているだろうが、官庁街既に辺りには周辺区域は、連邦警察が封鎖しており、じきに連邦軍も到着するだろう。
『目標、目視で確認。射界に収めた』
ヘーネルRS9を夜戦仕様にしたサーマル暗視スコープを覗いているのは、イグナーツ。
元は、陸軍特殊部隊の出身で狙撃銃だけでなく各種火器の扱いに慣れている。
『3機の輸送ヘリの動きは、どうだ?』
こちらの死角に展開している輸送ヘリが地上の輸送車と連動しているとしたらかなり厄介になりそうだ。
『今、情報照会中だ』
ヘルミーナが、端末を見て言った。
おそらく連邦憲法擁護庁(以下BFV)のデータベースに情報公開要求をしているのだろう。
『来た、全員の端末にデータを送るわ』
事前に攻撃があるという情報を得て国会議事堂の屋上に俺達は待機していたわけだが、どうやら襲撃の対象は他にもあったらしかった。
『連邦移民・難民庁の庁舎、連邦警察事務統制本部が狙われたみたいだわ』
ということは、おそらくあの3機のヘリは陽動撹乱を目的として飛行していると考えても良さそうだな。
『それなら、あのヘリは空だろうよ』
イグナーツも俺と同じ意見だ。
『なら、指示内容はブリーフィングのときと変わらない。目標が橋を渡りきったタイミングで、車両のタイヤを狙え。足止め出来たらヘルミーナ、フロレンツ、俺で突っ込む。イグナーツは、援護を』
パワードスーツの外骨格があるおかげで多少の無茶は可能だ。
重量はあるものの全身動力設計により、使用中のスーツの重量の100%をオフロードすることでオペレーターはスーツの重さを感じることは無い。
さらに代謝出量と身体的負担を軽減し各種駆動装置により、脚力も遥かに増強されている。
普通装備の兵士を相手取るならこれで十分だ。
『目標が射程に入った。三人は準備してくれ』
イグナーツの声音は、スナイパーらしく落ち着いている。
『了解!降下スタンバイだ』
『5、4、3、2、1、今!』
サイレンサーの影響でくぐもった射撃音とともに、夜風に身を躍らせる。
イグナーツの射撃でタイヤを撃ち抜かれた輸送車両は、停止した。
そして、発煙弾を撃ったのか辺りがスモークに覆われた。
『予定通りだ、
煙幕の中に
降車のタイミングでのグレネードで何人かは殺れたはずだ。
煙幕の中からは、悲鳴が聞こえる。
それを見て効果十分と判断したか、ヘルミーナが煙幕の中に突貫した。
俺とフロレンツもその後に続く。
視界が悪くてもMK556には、うちの部隊の仕様としてサーマルティックサイトが付いているから問題は無い。
「どこから撃たれている!?」
「囲まれているのか!?」
敵は状況把握する暇すら与えられずに、一人一人と無慈悲の射弾を浴びて倒れていく。
煙幕内から逃げ延びた敵は、今頃イグナーツに狩られているだろうな。
そして、サーマルティックサイトに映る敵影は、残り1つとなった。
『クッソ、P30の弾が効いてないッ!』
ヘッドセットからは、焦るヘルミーナの声。
脳裏には嫌な予感が走った。
もしかしたら相手もパワードスーツかもしれない。
それも9ミリクラスの弾丸すらをも無効化する程の……。
『ヘルミーナ、一旦退け!』
『やっている!』
ヘルミーナがパワードスーツの持てる機動性の全てを駆使してギリギリで相手の射弾を回避してみせる。
『目を閉じろ!』
俺は、
目を閉じていても眩い閃光と爆音。
『よし、相手をイグナーツの射線上に誘い出してやれ!』
全力で国会議事堂に向かって走る。
それを目が見えないはずだが感覚だけで追う敵。
『イグナーツ頼めるか!?』
『問題ない』
走っている間にも、敵が銃を闇雲に撃っているのかすぐそばを銃弾が掠めていく。
『じゃあな』
イグナーツのつぶやきとともに敵は、それ以上足を動かすことをやめた。
『弾が効かないカラクリを確認するぞ』
敵の生き残りがいないかを確認しつつ倒した敵のパワードスーツを確認する。
『ヘルミーナ、情報を照会してくれ』
『あぁ』
ヘルミーナが女性らしい長いブロンドヘアを束ねていたヘアゴムを取りながらパワードスーツの写真をデータベースに送った。
パワードスーツを足で転がし背面を向ける。
企業さえ分かればコイツらが、こうも積極的にテロを行うための物資を用意する後ろ盾もはっきりしそうなんだがな……。
流石に企業ロゴが入ってるはずもなかった。
『データが来たわ……ってこれは……!?』
ヘルミーナが、衝撃に声を失う。
彼女からデータが共有されないことに苛立ったのか半ば奪うように端末をかっさらったイグナーツも、渋面を浮かべた。
『オイオイ……これは厄介になりそうだ……』
イグナーツは嘆息混じりに言った。
『なんでも、BFVの情報によれば、コイツはロステック社製だそうだ』
ロステック社と言えば、隣国ロシアの国営軍需企業だ。
どうしてコイツらネオナチがロステック社製のパワードスーツを所持している?
ネオナチの後ろ盾は、ロシアなのか……?
疑問は、深まるばかりだ。
このとき俺達はまだ、難民受け入れ政策により、極右団体による白人至上主義が再び台頭しつつあるこのドイツは、戦後最悪の事態に突入し始めていることを実感してはいなかった。
プロローグ 法と秩序の分岐点(終)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます