迷子の兄妹、の裏

 ああ思い出せない、思い出せない。自分はどうしてここにいるんだったか。


 自分は……そうだ、学生だった気がする。ジャージを着て授業の一環で山道を歩いていた。そして、そう、雨が降ったのだ。持っていた雨合羽では凌ぎきれないほどの大雨。慌てて山の中で見つけた廃屋に駆け込んだ。一人で。はて、どうして一人だったのか。


 ともかく、自分はそこで雨が止むのを待っていた。


 壁は崩れ、床には穴。随分と風通しいのいい有様だったけれど、残っていた屋根で雨を凌ぐには十分だった。そのぐらいしかできなかった。侘しい。昔はたくさんの人間や妖怪がここで毎日のように宴を開いていたのに。誰も寄り付かなくてなって、いったい何百年経ったのだろう……。


 うん? いや、なんだ? なんだか混ざってる・・・・・


 そんことよりも久しぶりに客人だ。


 金髪で可愛らしい子どもたち。どうやら兄妹らしい。夜更けだというのに、随分寒々しい姿をしている。


 彼らがゆっくりと母屋に近づいてくる間に暖かい料理を用意させる。部屋の隅の影からぞろぞろと灰色の巨大ヤモリが現れる。細かく動かせる手足を持たない自分の代わりに、そうしたことを行う眷属だ。客人に気づかれないよう静かに、手早く動く。


 異国人風の兄妹は土足で上がった。日本文化に馴染みがないのだろうか。


 廊下を曲がって兄妹の姿が見えなくなると、天井から降りてきたヤモリたちがさっさと土汚れを掃除する。


 よほど腹が空いていたらしく、子どもたちの食べっぷりは凄まじかった。残されるのを前提に用意した量だったが、なんと空にされてしまった。


 部屋の端に兄妹に作られた座布団の寝床から健やかな寝息が二つ。


 ――よし、お前たち今のうちだ。


 家畜の様子を見に行くヤモリ。子どもが入っていない場所も掃除し始めるヤモリ。

 

 「家」の中が本格的に動き始めた。


 眷属たちが膳を片付け始める。物音を立てないよう気をつけていたけれど、うっかり積み上げた膳を揺らしてしまった。


 パチリとすぐに少年が目を開ける。


 姿を見られてしまったヤモリは狼狽えた。彼らはとても穏やかな性質で危険性などまったくなく、自分から見たらとても愛嬌があると思うのだが、人の子にはそうではなかったようだ。妹を引き連れ少年は叫びながら逃げ出してしまった。


 しょんぼりと落ち込むヤモリ。


 ――あー、まあしかたないさ。次は気をつけよう。


 子どもたちが黒門を抜ける。客人には「土産」もしっかり持たせたし、役割は果たした。


 一応、無事に森を抜けられるようちょっとしたまじないをかける。といっても獣避け程度に自分の妖力においを付けただけだけれど。


 黒い大門と塀に囲まれた庭や家畜小屋付きの、立派な屋敷を中心としたかなり広大な敷地。


 これが今の自分だ。


 肉体がないことに多少驚いたけれど、一方で懐かしくもある。


 久しぶりに初めて客人を迎えたからか、とても気分がいい。門を閉じて、このまま微睡むのもいいが、その前にやることがある。


 ――誰か。そうだな、五匹くらいでいいか。周囲を調べて来てくれ。


 さっと前に出た五匹が門から出て方々に散る。


 この森は、自分がいた山とは土壌も空気も全く違う。自分は移動できるタイプではないので不思議なことだ。おまけに現世にしては、昔のように息がしやすい。朽ちかけていた己が息を吹き返したのはこのおかげか。


 いや待て、自分は死にかけた覚えは……ダメだ。深く考えると頭がこんがらがる。


 外に出ていた五匹が戻る。


 どうやらここは、広大な森の奥部にあたるらしい。火を吐くウサギや攻撃的な食肉植物などがいて、人間の子どもが平然と出歩けるような場所ではないようだ。


 あの子らの身なりからして、森にいた理由はだいたい予想できる。


 捨てられたのだろう。


 昔からままあることだ。かつての自分・・・・・・もそういった客人を多く迎え入れたことがある。


 これからだって、いかなる客人であろうと自分我が家に辿り着いた者は持て成すのみ。


 ――さあ、気合を入れるぞ野郎ども!


 ――キュー!


 一斉に指を丸めた手を上げて応じるヤモリたち。ノリのいいやつらだ。


 眷属の巨大ヤモリ。総称、ヤモリーズと名付けた。

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迷いの森の家 花見川港 @hanamigawaminato

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