第3話『2022年9/11』

 そのあと? うーん、どれを話すかって結構難しい選択だよね。全部話したら無駄な話までしちゃいそうだし、かと言って重要な話ってあんまりないよね。だって、俺とミカの日常の話なんだしさ。凶悪なモンスターとかに襲われたら、真っ先にその日を話すんだけど、そんな経験もないし…

 ん、そうする? まぁ、それが妥当か。

 あ、いや。ミカと話してただけだよ。

 ミカが、莉乃と遊びに行った日のことを話したらどうかって。

 てことで、あれは9月の日曜日。莉乃が俺をカフェに誘ったんだ。


***


 清水さんの後を追って改札を出ると、彼女はすぐに駅内のカフェに消えてしまった。俺は慌てて後を追う。

 飲み物を注文して席に着く。彼女は抹茶ラテを一口すすると、切り出した。

「ミカ…だっけ? あなたのイマジナリーフレンドについて話があるの」

 その話であることは誘われた時点で察していた。本当は誤魔化したかったが、彼女はもう深いところまで首を突っ込んでしまっている。今更無かったことにはできまい。

「なに?」

「あのあと色々調べてみたの。統合失調症だけじゃなくて、イマジナリーフレンドについても。他のイマジナリーフレンドを持つ人の話を聞いて、私も考えを改めた。イマジナリーフレンドに依存している人から彼らを取り上げるのは酷なことだ。たしかに、中には考えがまとまらないとかで問題を抱えている人もいる。でも、全員じゃない。現に貴方はそうじゃないでしょ。だけど、思ったの。生きにくいだろうなって」

「生きにくい?」

 途中までは黙って彼女の話を聞いていた俺だったが、そこで思わず声を出してしまった。イマジナリーフレンドがいるおかげで生きているのに、彼女のせいで生きにくい。

「だって、ずっと隠して生きているんでしょ? 本当は声に出して会話をしたい。好きな漫画を薦めるように、ミカについて話せる友達が欲しい。本当はそう思いながらも、抑えてるんだよね? 君が、何の気遣いもなくミカと接してる時間は一日の中でどれくらいある?」

 それはもう、ないに等しい。

 学校ではもちろん、家では親の目を気にしなくてはならない。登下校の時も、人がいない道などそうそうない。

 ましてや、ミカについて話せる人なんてただの一人も…

 いや、いるか。目の前に。

「つまり、私が協力するってこと。私の前では気を使わなくていいし、なんなら私に話してくれれば相談にも乗れる」

「いや、気持ちはありがたいんだけど、どうしてそんなことしてくれるの?」

「どうしてって、私が興味本位で首突っ込んじゃったんだし、乗りかかった船が沈没したら、気分悪いしね」

 清水さんはそう言って笑う。

「それに、ちょっと興味があるの。イマジナリーフレンドに。なんかお母さんに話したら私も昔はイマジナリーフレンドがいたって言うし、色々知りたいんだよね」

 理由は本当にそれだけだろうか。もしかしたら、いい人のふりをして俺に近づき、ミカとの会話を録画してばら撒こうだとか考えているかもしれない。

(んー、それはないと思うよ。莉乃ちゃんはそんな悪い子には見えないもん)

(まぁ、ミカがそう言うならそうか。てか、莉乃ちゃんって呼んでるんだ)

(わたしのために頑張ってくれてるんだから友達だよ。友達を苗字で呼ぶのもなんかね。圭吾は莉乃ちゃんのことなんて呼んでるっけ?)

 痛いところを突かれた。いや、正しくは突かれているうちに痛くなった、だろうか。

 できる限りミカの願いは叶えてあげたい。俺はミカのお陰で生きているんだから。

「そっか、ありがとう。俺らのためにそこまでしてくれて」

「へ…?」

 カフェに莉乃の間抜けな声が響いた。

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