第2話『2022年9/2』

 それでどうしたのかって? その日はそれだけだったよ。

 次に莉乃が俺にアプローチをかけてきたのは、それから数週間後の朝だった。

 ミカはイマジナリーガールフレンドだ。

 唯一触れないことを除けば普通の人間と変わらないと俺は思っている。そんな彼女と付き合うのは良くないことだろうか。少数派は、弾かれるべきなのか。お前はどう思う?


***


 ミカとすることランキングの一位は間違いなく『会話・雑談』だ。人がいるときには心の中で、人がいないときは声を出してそれをする。

 本当はいつも声を出して会話をしたい。でも、俺の友好関係はミカだけじゃない。おかしな人がハブられる世の中で、おかしな人と認識されたら負けだ。だから俺は今日も心の中で会話する。人の集まりつつある朝のクラスで、誰にも気づかれないようにミカと話す。

(今日の一限ってなんだっけ?)

(えっとね…たしか、現国)

(現国かぁ。憂鬱だな…)

(頑張って、応援してるから)

(ミカはいいよな。勉強しなくていいから)

(でも、ゲームもできないんだけどね)

 ミカは残念そうに言う。確かに、メリットだけじゃないか。

「ねぇ土屋君。今大丈夫?」

 全然大丈夫じゃない。今はカノジョとの朝の雑談タイムなんだから、邪魔しないでよ。なんて言えるはずもなく、心の中でミカに謝った後それに応じる。

「なに? 清水さん」

「この前、『ミカ』について話してもらったじゃん。それでさ、私調べてみたんだよ。ほらこれ」

 そう言ってスマホを見せてくる。それは統合失調症の記事だった。

 統合失調症。自分がそうなのかと思って、調べたこともあるから知っている。

 だから、統合失調症とは少し違うと思っている。ミカはイマジナリーフレンドで、今はガールフレンドだ。

「なんかほら、病気って書いてあるから…大丈夫なのかなって思って」

「ああ、大丈夫だから気にしないで」

「でもさ、病気なら放っておかない方がいいよ」

 少しイラっときた。

「病気病気ってしつこいよ。ミカは俺に害をなすような存在じゃない。なのにまるで悪みたいに言って。そういうのやめてほしい」

「別に、そんなつもりじゃ」

「もうミカのいない生活は考えられない。病気を治すっていう正義感で、俺からミカを奪うなら、それは余計なお世話だよ」

 イマジナリーフレンドと聞いて、それが何か知っている人は少ない。理解を示してくれる人はもっと少ない。

 それは人間のさが。長い物に巻かれ、短いものは切り捨てる。俺は真っ先にその対象になるだろう。

「俺はミカへの理解をみんなに求めないから、その代わりミカの否定をしないでほしい」

 清水さんは小さく「ごめん」というと、哀しそうに去っていった。

 最初からミカについて言わなければよかったのかもしれない。あの日、誤魔化しておけばよかったかもしれない。

 でも、言いたかった。たとえ本当に少数だとしても、ミカを認めてくれそうな人に認めてもらいたかったのかもしれない。

 清水さんならと思ったけど、結局みんなと同じだった。

 もう期待しない。清水さんにも、誰にも。

 これから先は誤魔化し続けよう。ミカはいるけど、いないように振る舞う。それはミカに対する冒涜のようにも感じるが、ミカを生かすために必要なことだ。優しいミカならきっと許してくれる。たとえ清水さんと話したことの嫉妬に頬を膨らませていても。

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