イマジナリーガールフレンド

加藤那由多

第1話『2022年8/26』

 お前が結婚のことで悩んでるって聞いてな、ここは俺が相談に乗ってやるよ。

 聞いた話だと、俺の体験談はお前の役に立ちそうだぜ。

 まずは紹介しないとな。

 この子が俺のカノジョのミカだ。なに? 姿が見えないって? そりゃ当然だ。だってミカは、俺にしか見えないイマジナリーガールフレンドなんだから。

 いやー、こんなに可愛いのにそれを評価してもらえないって辛いな。身長は158cmで、七頭身。髪は腰までのロングで、顔のバランスも整ってる。ほら、可愛い女の子がイメージできただろ? だいたいそれで合ってると思う。

 そんな変な目で見るなって。

 お前はそんなことしないと思ってたんだけどな…

 え? 惚気てんのが気持ち悪い? そうかそうか。ミカを否定してるんじゃないならいいんだ。

 えっと、とりあえず俺とミカの話を聞いてくれ。言っておくが惚気じゃないぞ。

 さっきも言ったがミカはイマジナリーガールフレンドだ。だから障害も多かった。人に打ち明けるのは最も障害が多い。

 俺がミカについて最初に打ち明けたのは清水しみず莉乃りのって名前の女子だった。ミカを最初に否定したのも、彼女だった。

 高校時代の話になる。ミカと付き合って三年目の夏、ミカとの会話を偶然莉乃に聞かれた。適当な嘘をつくこともできただろうけど、彼女について誰かに自慢したかったのかもしれない。

 だから真実を口にした、してしまったんだ。


***


 二学期が始まったばかりの放課後の教室。

 まだ暑いというのに夏休みは終わってしまった。

 教室には俺一人。本当は二人。

 俺はただ忘れ物を取りに来ただけ。ほとんどの生徒が下校し、残りは部活に励んでいる。

(参考書あった?)

「いや、ロッカーかな」

(やっぱり家にあるんじゃない? もう一回ちゃんと探してみたら?)

 ミカが提案してくる。

「えー、さっき結構探したじゃん。そんなに言うなら手伝ってよ」

(どうしよっかなぁ、わたしに実体があったら手伝ってあげるのに)

 ガララと扉が開く。

 ほとんどの生徒が下校し、残りは部活に励んでいる、はず。

「えーっと、私に言った? 何を手伝えばいいの?」

 果たしてそこには清水莉乃がいた。

 聞かれた⁉︎

 カノジョとの雑談が一瞬にして修羅場と化した。

 どう誤魔化すべきか、そもそも誤魔化すべきか。本当のことを言っても信じてもらえるのか。

 色々な感情がごちゃごちゃに混ざり合って、訳がわからなくなった。

「参考書を探すのを、手伝って…ください」

 彼女は不思議そうな顔をするが、すぐに笑顔になると頷いた。

「その代わり、私が参考書を見つけたら御褒美ちょうだい」

 他に誰もいない放課後の教室。ご褒美。

 なんか羅列したら変なことを想像してしまう。しかし俺にはカノジョがいる。浮気性な彼氏では嫌われてしまう。実際、さっきからミカはジト目で俺を見ている。

 しかし、実体のないミカよりは戦力になる。俺だって早く勉強を始めたい。ご褒美って言ったって、どうせアイスとかだろう。それくらいで勉強ができるなら悪くない取引だ。まぁ、流石に家に招くと彼氏的に良くない気がするから、学校のロッカーをお願いすることにした。

 俺は再び机を漁る。

(やっぱりわたしじゃ本物の女の子には勝てないのかな? わたしよりもあの子の方がいいの?)

 背後からそんな声。ミカはまだ清水さんと話したことを気にしているらしい。

「ごめんって。ただ話しただけだよ。俺は三年前からミカ一筋だよ」

(でも、わたしは手も繋げないし、キスもできないよ。そういうのって憧れないの?)

「まぁ、憧れなくはないけど、そういうのを全部諦めてでも、付き合いたいほどにミカは魅力的だよ」

(まったく、今夜は寝かせないんだからね)

「またしりとり?」

(今日は、マジカルバナナやろっか)

「りょーかい」

 言葉を使うゲームが、俺とミカのできる唯一の遊びだ。

「あったよ!」

 突然声をかけられ、俺の体がびくっと跳ねる。

 声の方を向くと、手に青い参考書を持った清水さんがいた。ロッカーにあったのか。

「ありがとう。助かったよ」

 と言いながらも、内心ではまた聞かれたのかとビクビクしている。

「いえいえ。力になれてよかったですよ。さて、約束のご褒美だけど、一個だけどんな質問にでも、答えるってのはどう?」

 質問?

「じゃあ、質問するね。『さっき君は、誰と話してたの?』」

 彼女の二つの瞳が、嘘を見抜くようにじっと俺を見つめた。

「…ミカ」

「ミカって?」

「質問は一個じゃなかったの?」

「そうだけどさ…まぁ、いっか。じゃあまた明日ね」

「うん」

 彼女は自分の机を漁ると、クリアファイルを取り出して、そのまま教室を後にした。

 一方俺は、名前だけとはいえミカを他人に知られたことに少しだけワクワクしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る