第30話 言葉にしなくちゃ伝わらない
遮蔽に隠れて、先にやられないようにする。そうすればジャスミンがひとりを倒した後、残ったもうひとりをふたりで挟み撃ちにできる――それは揺るぎない勝ち筋のように思えた。しかしこのゲームに必勝法なんてものはない。リリィやジャスミンが勝ちたいと願うように、相手チームも勝ちたいと願っている。リリィたちの必勝は、相手にとっての必敗。そんな必敗をひっくり返すための策を、相手は当然講じてくる。
第五ラウンド。これまでどおりに舞踏広間へ突入したリリィは、前ラウンドまでと様子が違うことに気づいた。いくら周囲を見渡しても、リリィが戦うべき敵がいない。ジャスミンはヨヒラと交戦中。もうひとりのソレイユはリリィが牽制しなければいけないはずなのに、広間にはヨヒラしかいないのだ。
「――そこだ!」
雄叫びと共に響く輝石弾の射撃音。リリィが振り向くと、そこには吹き抜けの二階から射撃するソレイユの姿が在った。ちょうどリリィとジャスミンが突入してきた方向と同じ――ソレイユは廊下を走ってぐるりと回り込んできたのだ。ヨヒラとソレイユに挟み撃ちにされるジャスミン。何度も二対一を制してきたジャスミンでも流石にこれは耐えられなかった。リリィが状況を理解できず狼狽えている間に、ジャスミンは戦闘不能になってしまう。
「やった!」
ソレイユはそのまま二階から一階へ降下し、ヨヒラと共にリリィへ狙いを定める。こうなればもうリリィに勝ち目はない。あっという間に戦闘不能――リリィとジャスミンはこの
「相手は私たちが固まってしか行動できないことに気づいている。だから挟み撃ちをしてきた」
第六ラウンドの開始前、ジャスミンはそう語った。
「挟撃への対抗手段は、ひとりが回り込んでいる間に孤立しているもうひとりをふたりで一気に撃破すること。けどこれは諸刃の剣。もし状況を見誤って相手がふたりで行動していた場合、自分から遮蔽の外に身を晒すことになる」
「でもわたし、さっき相手がひとりなことに気づいてました。それをジャスミンさんに伝えられたら――」
「そうね。今までお互い自分のプレーに集中してばかりだったけど、お互いの状況を報告し合えるようになったほうがいいかも」
「わかりました。やってみます」
第六ラウンド開始。ジャスミンの提案でまっすぐ舞台広間には向かわず、階段を登って二階の廊下から吹き抜けを目指した。階段を経由するぶん移動が遅れて敵に舞台広間の陣地を先取りされてしまうが、ワンテンポ遅れて移動することによって相手が挟み撃ちの戦法を取った場合に回り込んできた相手を先に狩ることが出来る。
「わたしからは見えません!」
「私も見えない。挟み撃ちはなし。きっと広間に入ったらふたりから一気にフォーカスされる」
ジャスミンの予測どおり、広間二階の吹き抜けに到着すると同時に、輝石弾の雨がリリィたちに降り注いだ。扉の陰に隠れてどうにかやり過ごす。このままだと撃ち合うことはおろか、広間に入ることさえ叶わない。二階という高所を取っているとはいえ、このまま狭い廊下内で固まっていればリリィとジャスミンは袋叩きにされてしまうだろう。
「私が一階に降りる。今度は私たちが挟み撃ちにしましょう。私が一階に着くまで、どうにか持ち堪えられる?」
「……やってみます!」
ジャスミンが踵を返して一階へ向かうと同時に、リリィは吹き抜けから顔を出して階下のソレイユを狙う。しかしリリィがソレイユを狙うと同時に、別位置に居たヨヒラもリリィに狙いを定めてきた。慌てて顔を引っ込めるリリィ。しかし避けきれずに数発被弾。まずい――リリィは慌ててエナジーパフュームを使用し、ドレスの耐久値を回復させる。
「縮こまってんじゃねぇぞ!」
しかしそれを見逃さないソレイユではなかった。扉の後ろに下がろうとするリリィの横を、何かが弧を描いて通り過ぎていく。瞬間、リリィが後退しようとした方向で、爆音が響いた。それはソレイユが投擲した
「ごめんなさい、ジャスミンさん! わたし、これ以上はダメです!」
通信に向かって叫ぶリリィ。この場に留まれば、アイテムによる回復が追いつかないくらいのダメージを
『あと七秒! どうにか持たせて!』
ジャスミンが到着するまで戦闘不能にならなければ――もちろんそんな甘い予測を叶えさせてくれるソレイユとヨヒラではなかった。
「今だ、ヨヒラ!」
ソレイユが
リリィが戦闘不能になった後に一階へやって来たジャスミンも、万全の体制で迎え撃ってくるふたりを突破することはできず戦闘不能。これでリリィたちは二連敗。四連勝の勢いは完全に絶たれたと言ってよいだろう。
「やっぱり相手の方がパートナーとして一枚上手ね」
「……パートナー」
「そう、あれがパートナー。阿吽の呼吸で連携を取り合い、素早く相手を追い詰める。たぶんさっきまでの戦いでこちらが連携できていないことに気づいたんだと思う。私たちの作戦が裏をかかれ始めた。今のままじゃいいように翻弄される」
ソレイユとヨヒラはどれだけ長い期間いっしょにFHSをやってきたのだろう。ソレイユが挟み撃ちをしようとしている間、ひとりでジャスミンを押さえつけていたヨヒラ。ソレイユが
「なら、わたしたちもパートナーになりましょう!」
「へ?」
第七ラウンド開始前、リリィの提案にジャスミンは瞼をぱちくりとさせる。
「あんな協力プレイができるのはパートナーだからなんですよね? それならわたしとジャスミンさんがパートナーになれば、それに対抗できます!」
「あのね、あなたパートナーの意味を分かって言ってるの?」
しどろもどろになって狼狽えるジャスミン。泳いでいる目は空をさまようばかりで、正面に立つリリィを捉えられていない。
「パートナーっていうのは、そうすぐになれるものじゃなくて、ただなろうって決めてその場でなっただけじゃ意味がなくて――」
「そうなんですか?」
「パートナーに大切なのは、絆。お互いを深く想う気持ちがなければ、ぴったり息の合った連携はできない」
「わたしは、昨日からずっとジャスミンさんのことばっかり考えてましたよ?」
そう口にしてから、結構に恥ずかしいことを言ってしまったことに気づく。しかし次ラウンド開始までもう時間がない。限られた時間で伝えたいことは伝えておかなければ。
「わたし、ジャスミンさんの気持ちをたくさん考えます。それでパートナーみたいに気持ちが通えば、きっと勝てます」
「か、考えなくていいから」
ジャスミンは手の平を振って否定する。冷静さに欠けているその様子を見るに、もしかしたらリリィは何かを勘違いしているのかもしれない。
「考えるより、まず言葉にしましょう。言葉にしなくちゃ伝わらない。そうやって少しずつ連携を深めていくの」
「分かりました、言葉にします! わたし、ジャスミンさんにすっごく憧れてます!」
興奮のままにジャスミンへ想いを伝える。ジャスミンの「だからそうじゃなくて――」という否定を『第七ラウンド、開始』という電子音声が掻き消した。これ以上余計な会話をしている余裕はない。リリィもジャスミンも走り出す。
先程までの鬱屈とは打って変わって、不思議な高揚がリリィの胸を満たしていた。誰かと言葉を伝え合う。そして心を通わせ合う。なんて素敵なことなんだろう――弾を撃ち合って相手を倒すゲームに、こんなに奥深い楽しみがあるだなんて。
負けたくない。ジャスミンさんの足を引っ張りたくない――そういう後ろ向きは今はいらない。目の前には知るべきたくさんのことがある。敵への立ち向かい方、味方との心の通わせ方――それらをひとつでも多く学ばなくてはいけない。前に進もうと願ったぶんだけ、道は拓ける。空を駆けるように、どこまでも新しい喜びを探し求めていけばいい。
今度こそ勝てる――それは
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