第26話 イエス!ベストパートナー

 暖色を中心に様々な原色を織り交ぜたビニール質のカラフルなドレス。小麦色に焼けた肌を惜しみなく見せた、活発さを印象づけるその姿。そして両耳に輝く金のピアス――それは昨日リリィが知り合ったプレイヤー、ソレイユだった。


「貴女はまた何をやってるんだか……」


 ぶつくさ言いながらソレイユに続いて現れたのは、ゴシックロリータのドレスを身に纏ったヨヒラだった。華やかなフリルと、刺々しい茨の刺繍。くるりとカールした派手な睫毛に、真っ白な白粉おしろい、そして鮮やかな朱を塗った唇。


「プレミアム・ランカー、あたしと勝負だ」


 ソレイユは姿を現すなり、ジャスミンに向けて言い放った。


「……お知り合いですか?」


 そっとジャスミンに問いかけてみる。


「いいえ。彼女については私もよく知らない。ゴースティングだと思う」

「こら! あたしは不正行為なんてしていないぞ!」


 ジャスミンの小さな返答を、ソレイユは聞き逃さなかった。


「つきまとい行為という意味では大して変わらないでしょうに」


 ヨヒラも一歩離れた位置から冷静にツッコミを入れる。


「というか『知らない』はないだろ『知らない』は。あたしとこのプレミアム・ランカーはれっきとした――」


 まくしたてるソレイユを、ジャスミンは冷たい一瞥で牽制した。何かリリィに知られたくないことでもあるのだろうか――ソレイユはその一瞥を受けて言葉を止める。


「まぁとにかく、どうしてあたしたちがやって来たかというと――要は決闘デュエルの申し込みだよ」

「でゅえる?」


 またもやリリィの知らない用語が出てきた。


決闘デュエル――バトルロイヤル・ルールによる通常の試合マッチとは異なって、プレイヤー同士またはチーム同士で直接戦闘するデュエル・ルールを用いた対戦のこと」

「そうそう、その通り」


 ジャスミンの解説に、ソレイユはうんうんと頷く。


「それでどうして私たちがその決闘デュエルをあなたたちとする必要があるの?」

「そりゃ今はベストパートナーズカップの真っ最中だろ?」

「べすとぱーとなーずかっぷ?」


 いい加減、カタカナ用語が出てくる度に首を傾げて話の腰を折るのはよくないかもしれない――とは思うものの、ジャスミンはまたもや懇切丁寧にリリィへ解説してくれた。


「そういうイベントが開催中なの。期間中に特定のミッションを達成することで、報酬として容姿スキンやルームの家具と交換するためのジュエルが手に入る」

「そのミッションの中に、プライベート設定でデュオ・ルールの決闘デュエルで三回勝利するっていうのがある」


 なるほど。何となくソレイユの言っていることが理解できてきたかもしれない。つまりソレイユは決闘デュエルのミッションを達成するために、リリィたちを対戦に誘っているのだろう。


「断る」


 しかしジャスミンはソレイユの誘いをきっぱりと跳ねのけた。


「は?! いやどうしてだよっ」

「あなたたちの目的は明らかにポイント稼ぎでしょ。プレミアム・ランカー相手に勝利すればより多くのポイントが稼げるというのは分かるけど、そんな八百長に付き合うつもりはないから」


 リリィが訊くよりも早く、ジャスミンによる解説が入る。どうやらこのベストパートナーズカップでは、ミッションの達成度合いによってポイントというものを入手できるらしい。特定ミッションの達成によるジュエル獲得だけでなく、そのポイントを大量に入手することでプレイヤー間のランキングに入ることができれば、より良い報酬を獲得できるというのだ。


「あたしたちの目的はジュエルだけじゃない。そりゃ無課金勢としてジュエルはいくらあっても困らないけど――あたしたちが目指すのは、ランキング上位に入ることでベストパートナーとして認められることだ」

「そのベストパートナーにいったい何の意味があるの?」


 その問いを投げかけたのは、リリィではなくジャスミンだった。FHS経験者であるジャスミンにも、そのベストパートナーの意味は理解できないものらしい。


「そりゃあたしとヨヒラが最高のパートナーとして認められるってことだぞ? 長くパートナーを組んでFHSやってきた身としては、是非ゲットしておきたい称号だろ」

「あたしは別にどうでもいいんだけど、ソレイユがどうしてもって言うからね」


 ヨヒラは「あくまで私は興味ない」という姿勢を取りつつ、しかしソレイユがその称号を目指すことについては満更でもない様子だった。


「あんたらもパートナーなら、ちょっとは興味あるだろ」

「私たちはパートナーじゃない」


 はっきりと答えたジャスミンに、ソレイユは「そうなのか?」と目を丸くする。


「仲良さげだからてっきりそうとばかり――」

「私たちは昨日知り合ってフレンドになったばかりの仲。私が経験者としてティーチングしてるだけで、彼女はまったくの初心者よ」


 なるほど――とソレイユは得心し、同時に「なら尚更こっちに都合がいい」と口角を釣り上げる。


「そうやって初心者狩りをするつもり?」

「まぁ勝ちづらい代わりに勝利時のポイントが高くなるプレミアム・ランカーを相手にしつつ、ペアが初心者だからこっちの勝率も維持できる――って打算はある。でもさっきあんたが言ったみたいに八百長を申し込むつもりはない。アカウント停止のリスクはもちろんだけど、あたしたちは正々堂々勝利してランキングに載りたいからな」


 不敵な笑みを浮かべるソレイユ。しかしその瞳は曇りなくまっすぐにリリィたちを見つめている。


「――ならいいでしょう。今日は実戦もするつもりだったし、決闘デュエルはバトルロイヤルの戦闘部分だけを切り抜いたルールという意味で、練習にはちょうどいい。リリィはどう?」

「わたしはよく分からないんですけど――ジャスミンさんがいいならいいです」


 FHSについて右も左も分からないリリィは、ジャスミンの方針に従うしかない。


決闘デュエルのルールはよく分からないんですけど、パートナーとしてより良ければ勝てるってことですよね?」

「だからさっき言ったとおり私たちはパートナーじゃないんだけどね。デュオはあくまで二人組で戦うルールの総称で、パートナーとはまた別の意味なの。私たちは昨日デュオとして戦ったけど、別にパートナーじゃない」

「じゃあパートナーっていうのは何なんですか?」

「それは、これから彼女たちと戦えば分かる。彼女たちは実力はともかく、間違いなくパートナーではあるから」


 ジャスミンの視線の先には、申し込まれた勝負を承諾され、やる気に満ち溢れるソレイユとヨヒラの姿がある。


「実力はともかく――って相変わらず気に食わねぇな。プレミアム・ランカーの鼻っ面、今からへし折ってやるぜ」

「私は、プレミアム・ランカーにパートナーとして認められてるって、相当なことだと思うけどね。光栄に思うべきよ」

「どっちにしてもあたしたちはあたしたちのプレーをするだけだ」


 ジャスミンとふたりの間に交わされる視線が、ばちばちと火花を散らす。その緊張の外でリリィはただあたふたすることしかできない。昨日はよく分からないままにゲーム世界で戦うことになってしまったリリィだが、今日はお互いが承諾した上での真剣勝負だ。しかも一秒でも長く生き残るためのバトルロイヤル・ルールではなくて、正面から決闘して勝利するためのデュエル・ルール。リリィは――愛佳は、今日までの人生で喧嘩なんて一度もしたことがない。


 よく分からないまま頷いちゃったけど、もしかしてわたし、大変なことに巻き込まれちゃったんじゃ――?

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