第161話 王位の継承について

 王城のとある一室、そこで俺たちはずいぶんと久しぶりに王太子マルクスと対面をしていた。


「ハハッ、警戒されたものだな、俺も」

「グスタフ様たちは私の親衛隊でもありますから、お兄様に対して特別な意味があるわけではありませんよ」


 レイア姫のお付きとしては俺とニーニャが来ていた。まあ、この2人なら大体何があっても姫を守ることはできるだろうし。スペラにはモブエンハントで留守を任せている。


「さてレイアよ、今日お前と話したい内容についてだが……」

「王位の継承について、ですね」


 レイア姫の言葉に、マルクスは頷いた。


「単刀直入に言おう、我が妹よ。やはり王位の継承は俺が行う。貴様は引き下がれ」


 マルクスは身を乗り出して、レイア姫へと語り掛ける。


「この数年の貴様と従者の活躍を見せてもらった。俺が貴様の持つ潜在的な力を見誤っていたことは確かだ。レイアよ、貴様を隠遁させるとはもう言うまい。俺の補佐へと回れ」

「……補佐?」

「我が妹よ、貴様の外交能力は特別に秀でている。知古ではない者の心の枷を外す力、とでも言うべきだろうか……警戒せずに貴様と話した者たちはその多くが骨抜きにされてしまうようだ。貴族派閥の人間も何人もやられたようだがな」

「……なんのことでしょう」

「しらばっくれるでないわ、全て分かっていることだ」


 マルクスが鼻を鳴らした。


 ……マルクスが言及したように、貴族派閥の懐柔についてはとても順調に進んでいる。主に俺やニーニャが動いて貴族派閥の貴族たちをレイア姫の元まで繋げる。そうしてレイア姫と対面した貴族たちはまるで催眠にでも掛かったようにそのほとんどが現王派閥へと寝返ってしまうのだ。


「……だが、そこまでだろう? 我が妹、レイアよ。貴様は貴族派閥の中の重要な一角は崩せないままでいる」

「……」

「貴様が粉をかけようとしたのは耳に入っている。『利権で動いている派閥なのであれば、そこを突けば容易く崩れるはず』、とでも思ったのだろうが……残念だったな。俺たちの【意志】は強い」


 マルクスは得意げな表情で椅子にもたれかかった。


「我が妹よ、貴様は内政力では俺を上回れまい。逆に、外交力においては俺は貴様には敵わないようだ。先日、ダンサ皇帝に手ひどくフラれてしまったよ」

「そのようですね。ダンサ様からお聞きしておりますわ」


 その話は俺もこの前遊びに来たヒビキ伝いに聞いていた。マルクスが帝国に訪ねに行き『今後の両国を繋ぐ国道開発について』という案件であらかじめ姫が出していた草案とは別の、貴族派閥に経済的有利となる案を提示したところ……ものすごい気迫で追い返されてしまったらしい。


「さすがは【女傑】と呼ばれるだけの君主であったよ。俺があれ以上粗相でもしようものなら、護衛に連れて行った騎士どももろとも斬り伏せられていたろうな」

「ダンサ様はそんな野蛮なマネは致しませんよ」

「ハハッ、それだけの威圧を受けたということだ。どうやら俺が今から諸国の心を掴むのは難しいらしい。それと同様に、レイアよ、貴様が貴族派閥の重鎮共の手綱を握るのも難しいだろう。この俺という馬主が居る限り、な」

「……それは確かに、そうですわね」


 この数年、レイア姫はその力を増した。カリスマ性を磨き、話術を磨き、王国内での影響力は鰻登りだ。しかし、それでもなお王国内部の貴族派閥は強固なままだった。


「……不思議なほどの結束です。いったい何が貴族派閥をそこまで……いえ、そうではありませんね」


 姫はひとつ深く息をすると言い直す。


「お兄様、いったいあなたの過去に、本当は何があったのですか……?」

「……過去のことは過去のことだ。それを今語って何になる?」


 マルクスはまた鼻を鳴らすと、それから席を立った。


「レイアよ、どうしても王位を諦めるつもりはないか」

「私は……この王国をより良い道へと導きたい。それだけです」

「……2ヶ月後、玉座の間で会おう。今度は父上殿も公正に判断を下してくれることだろう」


 マルクスが部屋から出て行く。久しぶりの王太子と姫の会談はそうして終わった。




 * * *




「兄の領地ですが、これといった悪評は聞かないのです」


 王城の姫の自室へと久しぶりに立ち寄って休んでいると、姫がそう話し始めた。


「グスタフ様たちがモブエンハントの建造に力を尽くしてくださっている最中、私はこの数年で兄についての動向を詳しく調査していました」

「マルクス殿下の……それはどうしてです?」

「兄の弱点を探るためです。貴族派閥は大きく、そして影響力を持つ貴族も多いですから。崩すなら弱いであろう兄のところから、とそう思っていたのです」

「『思っていた』ということは、今は……」

「ええ、今の兄におよそ欠点らしい欠点が見つからないのです。領地の運営は上手くいっており、他領地との関係も良好です」


 レイア姫の言葉にニーニャが眉をひそめた。


「貴族派閥による隠蔽工作の可能性があるんじゃないの? マルクス殿下は神輿みこしとして担がれてるんだから、領地経営にしたって主要取引のいくつかで空伝票切って赤字を隠すことくらい簡単じゃない?」

「もちろん、その可能性も考慮に入れました。ただ、やはりその形跡はありませんでしたし、なにより実際に領地は豊かで、領民の生活水準も高いものでした。私がスペラさんと共に実地調査に赴いたので間違いありません」

「……領地の利益がしっかり民衆に行き渡っている、というわけね。ただ、政治の腐敗を肯定するような発言をしていたんでしょ? だったら、何が弱みのひとつくらいありそうなものだけど」


 ニーニャの言葉に、レイアは緩やかに首を振る。


「利権を巡って、兄が公正とは言えない判断を下している事例は確かにいくつかありました。それに不満を述べる貴族もいるようでしたが……しかし、この数年、むしろ権益の偏りは少なくなってすらいるのです」

「……どういうこと?」

「絶妙な均衡を保っているのです。一部の貴族による政治腐敗を見過ごしつつ、しかしそのままにはしていません。誰かが割りを喰わないように立ち回っています……」

「なんていうか、それじゃあ──」


 ニーニャはそこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。その後に何が続きそうになったのか、それは俺にも分かる。


 ……ただ、それはなんというか、俺たちがこれまで思い描いてきたマルクス像とぜんぜん一致しないんだよな。


 少なくとも俺は、マルクスはもっとアホの大将みたいな女狂いで、国王になってしまったら王国を私物化する暴君になるのでは、と思っていた。でも、今の話を聞いた限りじゃ……。


「──良主りょうしゅ、なのです。兄は、少なくともただの見せかけだけの貴族派閥の神輿ではありません」


 レイア姫は悩むように頬に手をやると、小さくため息を吐いた。


「私はもしかしたら……兄の過去に何か見落としをしているのかもしれません……」

「姫……」


 俺が内政に関して口を出せることはない。だから、いま姫の頭にある悩みを直接解決できるようなことはないだろう。でも、


「姫、いつだって俺は姫の味方です。俺は姫の決断に絶対についていきますよ」


 そう言って、姫の手を握った。


 ……少しの油断で喰われてしまう蛇の巣窟のような政治の世界で、しかしそれだけは唯一絶対に確かなことだ。俺は決して姫を裏切りはしない。どこまでも味方であり続ける。


「……ありがとうございます。グスタフ様」


 姫は柔らかな微笑みを向けてくれるのだった。

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