第160話 演目 【獄囚勇者】

 強化都市モブエンハントが完成し、その街が開かれてから1年。都市は来る日も来る日も人々で溢れかえっていた。


 兵士の訓練についてはとても好評を博していた。当初から訓練の予約は多数あったものを、オブザーバーとして招かれた王国一と名高いカイニス領地軍を率いるチャイカが訓練の様子と結果を見て太鼓判を押してくれたのが、さらに客の呼び水となった。


 また、モブエンハントを賑やかしているのは兵士だけではない。


「今日の【演舞】は13:00から! 立見席ならまだ空いてるよー!」


 5千人収容のキャパシティのある闘技場の周りで、チケット販売の男たちが声を上げて客寄せをしている。


「今日のは月に1度の大注目演目、【獄囚勇者】のクライマックスだよっ! 数々の難敵を打ち砕いた獄囚勇者アークが、黄金姫レイア様と自由を求め最後の戦いに挑む! 相手はなんと……このモーブラッシェントの長、グスタフ・フォン・ヒア=モーブラッシェンター伯爵だぁッ!」


 チケット販売の男の元に、ワッと人々が集まってくる。その姿は鎧を着けている者もいれば普段着の者もいて、子供たちの姿さえ見える。


「おーい、こっちに立見席2枚くれっ! この戦いを観にはるばるキルケント領から来たんだ!」

「こっちには5枚だ! ウチの兵士見習い共に勉強させてやろうと思ってねぇ!」

「私も私も、友達の分を含めて3枚! これまでクールに戦い抜いてきたアーク様が自由の身になるかもしれない大一番でしょうっ!? 見逃せないもの!」

「なーに言ってんの、グスタフ様に勝てるわけないでしょ? 世界最強の男よ? 獄囚勇者なんて牢の奥に叩き返されるに決まってるわ」

「なっ、なによぉっ! 分からないじゃないっ!」

「おーい、チケット買うかケンカするかどっちかにしろー!」


 闘技場前は今日も今日とて、そんな観光客たちの姿で賑やかだった。


 ──そう、【観光客】だ。モブエンハントは当初の計画にあったようなただの兵士たちの訓練のためだけの場所ではなくなった。むしろ、一般人の観光に重きをおいている観光政策都市ともいえる。


 闘技場、建設の本来の目的は兵士たちの練度を確かめるべく、モンスターや他の兵士たちの演習場として建造された場所だった。しかし、せっかくの広い闘技場をそれだけのために使うのではもったいないと感じ、俺はその周囲に追加で観客席を置き、【演舞】という種目を導入したのだ。


「……今日も満席みたいだなぁ。よしよし」


 俺はフードを目深に被っての視察を終えると、準備のためにそそくさと闘技場内部に戻った。




 * * *




 ──獄囚勇者アーク。農家の下男だったその男はある日、勇者としての天命を受けて魔王討伐の旅へと立つことになる。常識も礼儀作法も知らないアークに周囲の視線は冷たく、辛い旅路となったが、そんなアークに温情をかけたのは黄金姫と名高い王族レイアだった。身分違いにもアークはそこで、人生で初めての恋をしてしまう。


 ──アークは当初、その気持ちを振りきろうとした。しかし、それでもなお振りきれぬ想いが彼を突き動かした。アークは自身を止める王城兵たちを次々になぎ倒し、黄金姫の前に頭を垂れ、その手を伸ばしたのだ。「どうかこの気持ちを受け取ってはくれませんか」と。


 ──だが、それを許さなかったのが世界最強の男でありレイア姫の婚約者、グスタフ。ふたりは決闘を行い、アークは敗れた。アークの願いは打ち砕かれ、勇者としての地位をはく奪され獄中に身を埋めることになる。


 ──それでもなおアークの目は死んでいなかった。悲痛な恋と苦悩を胸に、獄囚勇者となったアークは多くの民たちに軽蔑され、王国から道具のように扱われながらも魔王軍を壊滅させる。そうしてその恩赦としてようやく、自由の身と王族との謁見を賭けた、グスタフとの再戦の権利を手に入れた。


 ……と、ここまでが前回までの演目のあらすじだ。




『──観衆たちよ、とうとうこの時がやってきたぞ。その力に任せて黄金姫レイア様を手に入れんとした獄囚勇者が、再びその手を天に伸ばすその時が!』


 前座の演舞、それと雰囲気を盛り上げるためのナレーションが終わると共に、剣を片手に、足枷の鎖を引きずりながら闘技場に現れたのは獄囚勇者アークだ。歓声の後、演目の始まりに会場は静まった。


「ようやく、ようやくだ……!」


 アークがセリフを言うと、きゃあーっ! と女性の黄色い声、それと同じくらいのブーイングが上がる。


「姿を見せろグスタフ伯爵ッ! 貴様を倒し、今度こそ俺は手に入れるッ!」


 闘技場の観客席、その中心へとアークは手を伸ばす。


「嗚呼、姿見えずとも貴女の気配を感じる……! そこに居るのだろう。我が愛しの人、我が妄執の人、黄金姫──レイア様……!」


 次の一瞬、会場全体が息を止めた。その直後に割れんばかりの大歓声。


 ──観客席の来賓席、その中央にアークの言う通りその人が……黄金姫レイアが立っていたからだ。


「必ずやその身を手に入れて見せる。鍛え上げしこの剣技は全て貴女に捧げるために在ったもの。今日こそ俺は、貴女という美しい月をこの手に掴むのだッ!」


「そうはさせんぞ、アークよ」


 俺はその姫の後ろから槍を携えて姿を現した。いっそう、会場の興奮は高まった。俺は来賓席から飛び降りて、アークの前まで歩む。歓声が静まるのを待ち、次のセリフ。


「言わせておけば聞くに堪えぬ妄言を。レイア様がお前に向ける瞳が見えぬか? そこに含まれるは悲哀の情のみ。お前に向ける愛などはどこにもない」

「黙れッ!」

「諦めろ。自由の身が恋しくないのか? レイア様のことは忘れ、魔王討伐の恩賞を手に故郷へと帰るがよい」

「自由など、この俺にはとうに無い。今この身を縛るは鎖にあらず。この恋が、この愛が……呪いのようにこの俺を締め上げるのだ。黄金姫レイア様、いや、レイア……! その愛をほんの僅かばかりでもこの俺に!」

「無駄だ。レイア様の心はここに在る」


 俺がキザったらしく自身を指すと、女性観客の黄色い声。それと男性観客からのブーイング。静まったタイミングで、今度は悲嘆にあえぐ演技をしていたアークが壊れたように大笑いした。


「黄金の姫よ、どこまでも俺に興味が無いかっ!? それならばグスタフ伯爵、ここで貴様を亡き者として、せめて我が愛する人のその憎しみだけでも俺のモノに!」


 そうして勇者がその能力を全開にして斬りかかってくる。俺が槍の柄でそれを受ける。そうしてメインイベント、実際の武器を使った【演舞】が始まった。


「うおぉぉぉおッ! 『メテオ・スラッシュ』ァァァァァッ!」


 見た目が派手な火属性斬撃の連続攻撃が俺に降りかかる。アークの現在のレベルは40ちょっと。現在のレベルが70の俺にそれをかわすのは容易いのだが──


「くっ!」


 俺はあえてそのいくつかをまともに喰らったフリをして、観客をどよめかせる。


「そこだッ! 『ギガ・スラッシュ』!」

「『千槍山』!」


 俺とアークの、一見して互角の攻防が交わって、観客席のボルテージが高まっていく。みんな「ああ、グスタフ伯爵! 危ないッ!」「どっちだっ!? どっちが勝つっ!?」「これは分からんぞ……獄囚勇者アークが最初の演目の時より強くなっている!」と手に汗握って演舞を観てくれているようだ。




 ──しかし、まあこれはあくまで演舞……いわば【プロレス】だ。最初から台本ありきで進められている戦い。そしてこれは主人公アークの妄執と悲恋の物語である。




 紙一重の攻防の果て、俺のトドメの一撃で地にせて死にゆくアークと、その死後、魔王軍を倒した功績を讃えられ丁重に葬られるストーリーを経て、演舞が終わる。闘技場内に拍手が響き渡った。


「──いやぁ、よかったなぁ。なんだか本気でハラハラしちまったよ」

「うぅ……アーク様が死んじゃったわ……」

「グスタフ伯爵の槍さばき、勉強になったなぁ。あのスキルはああやって受ければいいのか……訓練に取り入れてみよう」


 観客たちは思い思いに感想を述べ合って、とても満足げに闘技場を後にしていく。




 * * *




「いやぁ~、終わったぁ……!」

「お疲れ様です、みなさん」


 舞台裏で俺やレイア姫、それにアークがゆっくりとしていると、そこに今回の演舞の陰の功労者である【スペラ監督】がやってくる。


「グスタフさんの演技もレイア様の演技も、私が脚本を書いたときに想像した通りの非常に素晴らしいものでした」


 うっとりと目を細めるスペラ。そう、今回のこの演舞の脚本はスペラが手掛けていたのだ。


「え、俺には何かないのか? 無理やり主役を押し付けておいて何もなしか?」

「アークさんは……まあまあですね。もっと闘技場全体に自身の内面を叩きつける意識をしてください。あとセリフの溜めが短い。要改善です」

「俺にだけ厳しくないかっ!?」


 スペラたちのやり取りに、レイア姫はクスリと笑った。


「私、こんな風に人前で演技をしたのはこの演舞が初めてでしたから……とても楽しかったです」

「よかったですね、姫」

「はい。最終的にグスタフ様のモノにもなれましたし、ストーリー的にも文句なしです。それに、今回のこの演舞が国内外で話題になっているようで……観光客数の増加も目に見えておりますし、この演目の再上演の依頼がいろんな領地の貴族から届いておりますわ。その中には貴族派閥の方々もいるみたいです」

「おお、すごいですね。これは思わぬ効果です」

「本当にすごいです。それもこれも、グスタフ様が演舞という観光資源を考え付いてくれたからですわ」

「恐縮です」


 前世でも、映画や地上波という技術革新を経た後でも舞台というイベントは根強い人気があったからな。それに加えて【俺やアークなどの高レベル者にだけ】できる派手で高難度の戦闘を見世物にすればきっと観客の心を惹けるのではないか? という読みは大当たりだったようだ。


「この都市モブエンハントの名前は一躍世界レベルで有名になりましたし……狙い通り、ですね」


 俺たちは互いに頷き合う。強化都市モブエンハント、この都市はそもそも王国における俺の影響力を高めるために作り上げてきたものだ。兵士の訓練やこういった興行で財を成すことに成功し、加えて知名度や注目度も手に入れることができた。


 ……いよいよ、俺も姫の役に立てる時が来た。姫の王位の継承に向けて、あと一歩。


「あと……これはここだけの話ですが、ひとつ大きな釣果ちょうかがありました」

「釣果?」

「私の影響力の増大とこの都市モブエンハントの成長を見過ごすことができなくなったのか……お兄様から『久々に会って話でもどうか』と手紙が来たんです」

「手紙……」

「どうぞ、お読みください」


 レイア姫に手渡された手紙を読む。確かにそこには姫が言っていた通りの内容が記されており、それに加えて──


「姫! これ……!」

「ええ、これが本当なのだとしたら、とうとうです」


 手紙の最後、そこには3カ月後に行われる王貴族会議で現王が王位の継承先を最終決定するらしいという一文が記されていた。


 ──最終決戦の時は近い。

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