第159話 順調な街づくり

「もうそろそろこの店はな、孫に継がせようと思ってんだ」

「へ?」


 整備のために預けていた槍を受け取るため、城下町のいつもの鍛冶屋に行ったら、開口一番にジイさんがそんなことを言ってくる。


「ワシもそろそろ歳だからよ、この店の将来のことも考えてな。まあ安心しろ。孫にはしっかり技を仕込んでるからな。質はそんなに落ちんさ」

「そ、そうっすか……でもなんか、寂しいっすね……」

「なーにが寂しいだ。ドエラい美少女たちに囲まれてる身でよぉ」

「それとこれとは話が違いますよ」


 このジイさんとはそれこそ俺がこの異世界に来たその日からの付き合いなのだ。ゲームでもずっと世話になっていた。その姿をこれから見る機会が少なくなってしまうというのは、やっぱり寂しいものだ。


「ジイさんは、これからどうするんですか? 隠居とか……」

「バカいえ。貴族でもないのに隠居なんて仰々しいマネすっかよ」


 フン、とジイさんが鼻を鳴らす。


「どっかで弟子でも取って気楽に過ごすとするさ」

「えっ……てことは、鍛冶師は続けるってことっ!?」

「あったりめーだ! ワシから鍛冶を取ったら何が残るってんだよ」


 このジイさんの鍛冶師としての力量は俺が実感として知っている通り。で、あれば……寂しがってる暇なんてないよな?


「ジイさん、もし良かったら……俺の領地で働きませんか?」

「あぁ? オメーの領地で働くぅ? 確か兵士たちの訓練やら闘技場なんかの見世物がある、そんな新しい街を開発中とかいう……」

「強化都市モブエンハントです」

「ああ、そうだったなぁ。んで、ワシに何をしろって?」

「ぜひ、俺の領地で弟子を取って優秀な鍛冶師を育て上げてほしいな、って!」


 着工から2年、モブエンハントの工事は着々と進んでおり、後はもうそこで働いてくれたり、技術を持ち寄ってくれる人たちを探したり、実際の客を招いたり……本格的な運営準備をする段階になっているのだ。


「もちろんお礼はしますよ……!」

「ほう、お礼とな? なんだ、言ってみろ」

「めちゃくちゃ最高の鍛冶場を用意します」

「ほう?」

「帝国の実力派の鍛冶師たちとの交流会をセッティングします」

「ほほう?」

「あと、今のところモーブラッシェント近郊に発見された鉱山からしか確認されてない、レアな鉱石を優先的に卸します」

「……おいおいおい、オメー、グスタフよぉ」

「どうっすか?」


 ジイさんはにらみつけるかのような眼力で、俺の手をガッチリと掴んでくる。


「オメー……分かってんじゃねーかよ」

「どうもです」

「老い先短いこのジジイの前に金なんて積み上げようもんなら追い出してやろうと思ってたがなぁ。知識欲挑戦欲だけはいつまで経っても20代半ばだぜ」

「ということは、返事は……?」

「行ってやろうじゃねーの。待ってろ、今荷物をまとめてくらぁ」

「フットワーク軽過ぎっ! もうちょい後で結構です!」


 そんなわけで、俺はこの城下町1番の鍛冶師を招くことができた。


 ──さて、と。


「今日のメインイベントはこれからなんだよな」


 俺はいまが指定された時間の10分前だということを確認し、城下町の路地裏にひっそりと店を構えているバーへと足を踏み入れる。


「ラッシャイ」

「どうも。【南のお客と雑談を交わしに】来たんだが、もう待ってるかな?」

「……そりゃ楽しそうだ。【何の雑談】かな?」

「健康的な体の【鍛え方】について、ちょっとね」

「…………そこの通路の突き当り、右側の部屋だ」

「サンキュー」


 あらかじめ決めてあった【通し】を伝えたところ、どうやら今日のお客様はもう来ているようだ。店主に教えてもらった通りの部屋のドアを開けると、フードを目深に被ったその男は居た。


「お、遅いではないか、モーブラッシェント伯爵……!」

「これは失敬。お待たせしましたかね? 王国南部バルチェット領領主の、グラムス・フォン・バルチェット子爵」


 俺がその名を呼ぶと、ヒュッと息を飲む音が聞こえた。


「だ、誰かに聞こえたらどうするのだっ!」

「それに関しては大丈夫ですよ。店の周囲にも人の目も耳も無いことは確認済みですので」


 怯えたように肩を縮こまらせるバルチェット子爵の正面のソファに腰かけて、さっそく【雑談】の始まりだ。


「さて、どうやら落ち着かない様子ですし、無駄な前置きはさておいて……さっそく用件をお聞きいたしましょう」

「わ、分かっておるだろう? 例の件……強化都市モブエンハントが兵の預かり訓練を開始したとき、その優先的な利用権を私にいただきたい」

「ふむ……なるほど。念のため確認させていただきますが、バルチェット子爵、あなたは貴族派閥に属しておられますよね? 確か貴族派閥では私やモブエンハントへの関与はできるだけ避けるように、と暗黙のうちに決められているはずですが」

「そ、そうだ……」


 俺が言うと、バルチェット子爵は気まずげに口ごもる。


「だ、だが、そうも言ってられんのだ」

「というと?」

「私の自領軍の構成は純粋な兵士が2割、後の8割は畑仕事をしている男手どもに頼っている状況だ。当然そんな状況では訓練に身が入るはずもない。軍の練度は年々下がる一方。そこに、メーゼン伯爵がつけ込んでくるのだ」

「なるほど」


 それからの話はこちらの事前のリサーチ通りのものだった。メーゼン伯爵はこの王国内においても有数の強力な自領軍を持つ、貴族派閥の中心人物だ。彼は練度の高い自軍の兵士を多くの領地に高額の対価と引き換えに貸し出すことで莫大な利益を得ているのだ。


「このままでは私の自領軍は機能しなくなり、完全にメーゼン伯爵領の兵士に依存することになってしまうだろう。そうなれば、後は搾取されるだけだ。幸いなことに最近は時世も安定している。じっくり腰を据えて軍を鍛えるには今しかないと思っていたところに……モブエンハントの話が上がってきたのだ」

「そうですか、そういった話であればお役に立てそうですね」


 俺は身を乗り出して、ここぞとばかりに耳打ちをする。


「実は……他にもいらっしゃるんですよ、そういったご相談をしていただけている貴族派閥の方々が」

「なっ……!?」


 バルチェット子爵は目を見開いた。


「そ、それは誰だっ!? 同じ境遇であるというのならばアイゼン男爵かマットン子爵か……あるいは何かとメーゼン伯爵と折り合いの悪いスノーレン伯爵……」

「落ち着いてくださいよ、バルチェット子爵。さすがに今の段階でそれを明かすことはできません」

「む……確かに、それはその通りだな……」

「私が言いたいのはですね、つまり、そういった同じ志の貴族派閥の同胞と、水面下で協力しませんか? というご提案です」

「協力……? それはいったい……」


 俺は身を引いてソファに腰を掛け直す。


「先ほど『モブエンハントの優先的な利用権』と仰いましたね? お察しの通り、モブエンハントの利用枠は限られます。なにせ私の身が1つだけで、他に兵団規模の訓練を指揮できる人もそれほど多くはありません。なので、基本的には先着順です。さらに言えば、その中で貴族派閥に所属する方の優先度は……限りなく低いです」

「ぐ、むぅ……それは、承知の上だ。モーブラッシェント伯爵が現王派閥であることは知っている」

「ですから、提案です。同じ派閥内で同じ悩みを持つ貴族のみなさんで、1つの利用枠に兵を出し合い訓練をするというのはどうでしょうか?」


 それは自分の領地の兵士が全て訓練を受けられるというわけではないというデメリットと、部分的にではあっても軍を強化でき、かつ、同じ境遇の貴族仲間を見つけ仲を深められるというメリットの両面を持つ提案だ。


 バルチェット子爵はそれに……折れた。


「……分かった。ぜひ、それでお願いしたい」

「ええ。ただし、これに参加していただく方々には全員、ひとつの条件を出しています」

「じょ、条件だとっ!? 聞いてないぞっ!」

「そりゃあ今から言いますからね。それに、これはバルチェット子爵にとっての安全装置ともなりますよ。自分がスパイでは無く、他の参加者もスパイではないと確信を得るためのものですから」

「ぬ……それならば、仕方あるまい。で、条件とは何なのだ?」

「一度、レイア姫と面会していただきます」

「……それで?」

「それだけですよ」

「それだけかっ?」

「ええ、それだけです」


 俺はニッコリ笑顔でそう言った。




 * * *




「あ~、今日も終わった~」


 バルチェット子爵と別れると、俺は近場の公園のベンチで大きく伸びた。やっぱり交渉事って俺には向いてないわ。肩が凝って仕方ないんだもん。


「お疲れ、グスタフ」

「ん、サンキュー」


 これまでずっと『気配遮断・極』を使って俺の隣に潜んでいたニーニャがその姿を現して、俺をねぎらってくれた。


「何度もこなしただけあって、さすがに交渉が上手くなってきたわね。この分なら次回からはアタシもついてくる必要ないかしら」

「あの程度の貴族が相手ならな。ニーニャも忙しいし、このくらい俺ひとりで対応したいところだ。それに、一番大事な部分は全部レイア姫任せなわけだしな」

「そうね。まあでも最近のレイアは凄まじいから……さっき程度の貴族なら赤子の手をひねるって感じよ。一瞬でコロンとこちら側に寝返るわ」


 この数年で、レイア姫の存在感は王国内で際立っていた。まずもってして輝いて見える。オーラというのだろうか、まるでそれが可視化されたようなのだ。歩けば誰もがひとりでに道を開ける、自然と姫の元へと視線が集まる、何もかもが姫を中心に動いているように錯覚する……などなど、遺憾なくカリスマとしてのポテンシャルを発揮している。


「たぶん、自分の持つ力の使い方に気が付いたのよ。レイアは元々輝いてる子だった。でもいろいろとコンプレックスもあったから、表舞台に立っていてもどこか謙虚なまま。そんな内面がグスタフ、アンタに愛されて変わり、そして王位を継承するために多くの貴族としのぎを削り合う中で元々生まれ持っていた才能も磨かれた」

「……すごい人だよ、レイア姫は」

「そうね。アタシも親友として鼻が高いわ」

「そうだな……じゃあ、俺ももっと頑張らないとなっ!」


 俺は勢い良いくベンチから立ち上がると、王城への帰り道を行く。


「俺さ、闘技場で定期的に【演舞】を開こうと思ってるんだ。たぶん、訓練に来てる兵士たちのモチベーションも上がるし、観光資源にもなる一挙両得な種目になると考えてる。ちょっとそれについての相談をいいか?」

「いいわよ。にしても大丈夫? 働きすぎじゃない?」

「大丈夫だよ、これくらい。レイア姫の地盤を支えるのが俺の役目だ。すごい姫によりすごくあってもらうために、俺は俺のできる分野で最大限に姫を支えたい」

「……アンタの良いとこよね」


 ポツリとニーニャが言う。


「そういうとこ、すごく好きよ」

「お、おう」

「安心なさい、友達としてよ」


 ニーニャがイタズラっぽく笑う。


「変に引け目を感じないところがさ。レイアがどんなに大きな存在になっても、グスタフはずっと変わらないままレイアと接してる。レイアが階段を上っていくなら自分も、って努力し続けてる」

「そりゃ……好きだもんよ。当たり前だろ?」

「その普通ができるヤツがそうそう居ないって話よ……あーあ、仕方ない。アンタにならレイアを任せてやってもいいかー」

「なんだ、それ。保護者かよ」

「保護者だもん。アタシはいつでもレイアの味方なのー」

「……ニーニャの方が年下だろ」


 軽口を交わし合いながら、俺たちは王城への道を歩いた。

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