第158話 強化都市モブエンハント
──王位継承についての話から半年が経とうとしていた。
季節は移り変わり、雪が融けて消えた頃。ようやく強化都市の構想が実を結ぶ時がやってきた。
「今度は私も着いていきますからね」
姫は腰に手を当てて、ムフーっと鼻息荒く宣言する。半年前、
「……でも姫、公務とかはいいんですか?」
「ぜんぶ引き継ぎはしてありますっ! それに、これは私が稟議にかけた案件なのです。現場責任は私にも生じます。だからこそ【モブエンハント】が造られていく過程はちゃんとこの肌で感じたいのです」
モブエンハント。それが俺の領地にできることになる強化都市に名付けられた名前だった。
「分かりました。じゃあ今度は姫もいっしょに行きましょう」
「はいっ!」
「ただし、王城とはぜんぜん環境が違いますよ? しばらくはお風呂もないですし、お手洗いだって王族専用のものがあるわけではありません。ご飯も美味しいものばかり食べられるわけではないですし……」
「それくらい分かってます! グスタフ様は私のことを旅慣れていない箱入り娘とでもお思いでしょうが、これでも私は何度も野宿の経験はあるんですよ?」
姫は少しムッとしながら言う。
「子供の頃は本当に勉強や習い事が辛くて、何度も家出をしたんです。チャイカさんを巻き込んだりして……チャイカさんは野営訓練なども積んでいましたから、ふたりでテントを張って、血抜きしたウサギのお肉を焼いて食べたりして……」
「け、けっこう本気の野宿ですね?」
「はい。家出の後はとっても怒られましたけど、でもいい思い出です。チャイカさんも私に付き合わせてしまったせいでいっぱい怒られてしまっていて、本当に申し訳なかったのですが……」
まあ、チャイカに関してはそれほど気にする必要は無いと思う。あの人かなり本気で姫のことが好きなわけだし。特別な人の記憶にも残ってくれる思い出を作れたことは、たとえ自分が怒られた記憶とセットであろうともすごく嬉しいことだろうから。
「まあとにかく、私のことは心配なさらずに。それに、今回はニーニャさんもスペラさんもいっしょですから。みんなで行けばきっと楽しいはずです」
「……まあ、それもそうですね」
仕事で行く先とはいえ、それでも大好きな連中と共に働ける環境であれば労働も楽しいものだ。結局、仕事って賃金とか福利厚生とかよりも人間関係や環境が第一なんだよな。
──そうして、俺の領地にモブエンハントの町づくりが始まっていった。
王国からの予算の確保ができたこと、それにレイア姫の支援者たちから巨額の投資を受け、労力も資材もバッチリ用意することができた。毎日あちこちで工事が繰り広げられた。レイア姫やスペラは町の設計をあれこれと専門家たちと調整し、俺やニーニャは現場監督の補佐をしつつ、たまに高レベルゆえの腕力に物を言わせて作業を手伝ったりする。日を追うごとに、何も無かったモーブラッシェントの領地にモブエンハントの町の形ができていく。
とはいえ、やはりこれまでずっと放置されていた領地なだけの理由はある。
「おーいっ! 外壁建造前の工事エリア13からモンスターが侵入してきた! 兵士を呼んでくれー!」
「こっちもだ! 工事エリア24! 大型のオオカミ型のモンスターと、その子分みたいなヤツがわんさか出てきやがった!」
街の外壁の建造途中には、工事現場からそんな声もよく響き渡った。
「エリア24には俺が向かう! エリア13は念のためニーニャが行ってくれ!」
「了解っ!」
そういったトラブルの時のためにもちろん兵士たちを配置してもいるが、できるだけ俺たち高レベルの親衛隊メンバーが動いて万全を期するようにもしている。
『──レベルアップ。Lv64→65』
俺はエリア24に駆けつけると、せかせかとオオカミのモンスターたちを倒した。
……にしても結構強かったな? 取り巻きはレベル10相当だったが、大型のヤツはレベル30以上はあった。
「魔の森が近いから発生率が高いのか? レベルが高いのは人や亜人の手がほとんど入ってなかったからってのもあるか……」
この世界はモンスターという存在に阻まれて、割と調査の済んでいない土地などが多いらしい。隅々まで探してみれば、まだまだこれくらいの高レベルのモンスターが群生している場所はけっこうあるかもしれないな。
「さて、と……ニーニャの方はどうかな?」
エリア13へと駆けていると、やはりニーニャも問題なかったようで、辺りに一方的に駆逐されたモンスターの死骸が散乱していた……のだが。
「グッ、グスタフ! はやくはやく! こっちこっち!」
「えっ?」
何やらニーニャが手招きして急かしてくる。
「なんだよ? どうかしたか?」
「コイツよコイツ! コイツが居たの!」
「コイツ……?」
ニーニャが指す先、そこには無骨な角材を肩に担いで、無精ひげを生やす青年が立って……って、あれっ?
「お前、アークじゃんか。なんでここに?」
「居ちゃ悪いかよ」
フンッ、と鼻を鳴らすそいつは、やはり元勇者のアークだ。
「そういえば確か、この工事の人材に立候補のあった囚人を採用するって案があった気がするけど……まさかそれに手を挙げたのか?」
「まあな。外で体も動かせるし、それにモーブラッシェントにはモンスターも多いと聞いていた」
「えっ、もしかして……」
ニーニャに目くばせすると、ニーニャはコクンと頷いた。
「アタシが到着した時にはコイツがあらかたモンスター倒し切ってたのよ。びっくりしたわ、角材ブンブン振り回す新種のモンスターが出たのかと思ったもの」
「へぇ……」
アークが、モンスターをね? まあレベル的にいえばそりゃ簡単だろう。でも、前のコイツなら『こんなザコども、俺様が相手するまでもねー』とでも言って立ち去りそうなものでもある。
「変わったなぁ、アーク」
「やめろ、年々成長する親戚の子に向けるような目で見るな。前に言ったろ。俺は自分にできることをやって、できることを増やして生きていくって。だから俺の強みが活かされる場所に来たまでだ」
「そうかい。ならアークはちょいと職種変更とさせてもらおうかな」
というわけで、アークに関してはしっかり目の装備を渡して、外壁周辺の警備をしてもらうことにした。
「おっ? 新参の警備兵が来たかと思えば、勇者様じゃねーの!」
「久しぶりだなぁ、元気してたか?」
「お、お前ら……! ザインに、エンリケかっ!?」
警備に雇った兵士たちに見知った顔がいたようだ。確か……元勇者パーティーの男たちか。まあ、仲良くやってくれればと思う。
──そんな思わぬ再会なんかもありつつ、季節は巡る。
モブエンハントの着工から2年の月日が流れ、都市はその名の通り、大きな街並みをモーブラッシェントの大地に広げつつあった。
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