第157話 ハーレムの是非
チャイカの元で領地活性化の方法について考え抜いて、その翌日のこと。俺はさっそく王と姫たちの前でモーブラッシェント領地に【強化都市】を拓くという草案を話した。
「……なるほどな、【強化都市構想】か。おもしろい」
王は顎を撫でながら、本当に感心したように息を漏らした。
「モーブラッシェントはモンスターの発生率も比較的多く、町を拓くには適さないと誰にも与えていなかった領地だったが……まさかそれを逆手にとって民の定住を前提としない、【兵士たちの
「陛下、確かに、カイニスなどの一部領地を除く王国兵士の練度が低いのでは、という問題は護衛軍や衛士会議などの場でも常々議題に上がっていたものです。魔王軍という実際的な脅威を前にして『より練度の高い兵士を』という需要はさらに強まっています。グスタフ君の元へと兵士を預けることで手軽に練度を上げることができるとなれば……各領地の貴族たちはこぞって兵士を訓練に寄越すでしょう」
王とモーガンさんからの印象はかなり良さそうだ。
「それだけではありませんわ、お父様。いろいろな領地の兵士がモーブラッシェントへと流入してくることになれば、食事の場所や泊る場所など、多様な施設が必要となってきます。つまり……雇用機会が増えて領内の経済活動が活発になることでしょう。王国にとっては全体的な兵士の強化と経済への大きなプラス要因に繋がる一石二鳥の案に感じます」
レイア姫もまた、強くその案を推してくれた。
「グスタフ様の領地の発展に限らず、王国全体にこれだけの利益が見込めるのであれば、来年度の予算会議でこちらの構想を後押しする予算確保ができるかと。私の方で
「許す。グスタフは一時期この王城衛兵のレベル上げの指揮も行ってくれていた。それに魔王を倒し、この世界を救ったという功績すらある。それらの実績を提示すればこの案は確実に通せるだろう」
王の太鼓判も貰うことができた。となれば、後はしっかりとこの構想を現実的な実現ラインに載せていくだけだ。現地のモーブラッシェントという土地をしっかり調査して、必要な物資や人材、予算を決めていく。大変で時間もかかるだろうけど……それでも取り組む価値は充分にあるだろう。
「それでは陛下、姫。俺……じゃなくて、私はさっそくモーブラッシェントに赴こうと思います」
「えっ……もうですかっ!?」
俺の言葉に、姫が慌てたように言う。
「そんな、昨日の今日でしょう? まだこの構想の骨子しか聞けていません。もっと具体的に、どのような運営にしていくかなどすり合わせを……」
「それについては私よりもチャイカ伯爵がより的確な具体案を出してくれますよ。それに、ニーニャが居ればかなり現実的な線で予算案も作ってくれると思いますし、私には今の私にしかできないことをやるべきかと」
魔王亡き今もモンスターが比較的多いモーブラッシェントの調査に関しては、当然俺も同行すべきだろう。今の時点では俺とスペラを中心に、有識者と兵士を連れて数カ月がかりの調査を考えている。
「数日に1度はスペラをテレポートで王城へと帰すようにしますので、それで細かな情報のすり合わせができるかと。稟議書の予算案と実際に必要とされる予算が大幅にズレさえしなければ、あとはどうにか──」
「私も行きます」
「──なるかと……えっ?」
「私もグスタフ様に着いていきますと、そう言っているのです」
「えっ?」
姫は唇を尖らせて、どこかムスっとした表情だ。え? なんで?
「お父様、よろしいですよねっ?」
「……よろしくない。だいいち行きは馬車での旅になるだろう? 稟議書をどこで書くというのだ」
「うっ……!」
レイア姫はがっくりと肩を落とした。
……なんだかとても申し訳ないけど、とりあえず俺は行ってきます。
* * *
結局なんだかんだで人集めに時間もかかり、1週間後。俺はモーブラッシェントへと旅立つことになった。
「あの、つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか、グスタフさん」
「なんだい、スペラさん」
「もしかしてグスタフさんは、なんだかんだ言って私のことがめちゃくちゃ大好きなのでは?」
ガタガタと揺れる馬車の中、スペラがそんなことを言ってくる。
「……フッ」
「鼻で笑われたッ!? グスタフさん、いま鼻で笑いました!?」
スペラが憤慨する。
「だってカイニス領での戦争の時も連れてきたのは私だけでしたし、なんだかんだと私のことを頼ってくれることが多くないですか?」
「そりゃまあ、スペラさんは何かと頼りになるからなぁ……」
「頼めば夜のお世話もしてくれますしね……」
「断じてチゲーよ」
テレポートとかだよ。というか1回も夜のお世話なんぞ頼んだことはない。
「ブーブー! 食わず嫌いはよくないですよー!」
「自分の肉体を食べ物と同列に扱うのはやめよう?」
「でも、これは本当に疑問なんですが、なぜグスタフさんは私やニーニャに【お手付き】をしないのですか?」
突然、ストレートに豪速球が飛んできた。
「私はもちろんのこと、ニーニャだってまだ幼さが残ってはいますがもう充分に発育があります。正直、食指の動かない男性の方が珍しいくらいだと思います」
「……生々しいな、話題が」
「いったん茶化さず答えてほしいのです、私は」
スペラに釘を刺されてしまう。その表情は、先ほどまでのふざけた様子とは打って変わって、真剣なような、あるいは感情を漏らさないような、そんな雰囲気をかもし出していた。
「グスタフさんは、【側室】を作る気はないのですか?」
「側室って……そんなもん、できるわけないだろ。俺が王になるわけじゃないんだ」
「できますよ? 貴族には等しく認められている権利なのですから。もちろん、厳格に【妻の扱いに差別があってはならない、夫の我欲による選択であってはならない、夫は豊かでなくてはならない】という、女性が尊重される形でにはなりますが」
「……」
……それは確か、現代世界において一夫多妻が認められているイスラムの国々と同じような理由だった気がする。
ちなみに、その制度に関してはこの世界の常識を調べる上で見かけたことがあり、俺も知っていた。元々、戦死や病死などで夫を亡くして頼る先の無くなってしまった未亡人が、それでも生きていけるようにという配慮の元で成立した制度だったハズだ。ただ、それを知っている前提で生きれば、どうしても我欲に触れてしまう気がする。だから、知らぬ存ぜぬで通そうと思っていた。
「グスタフさん、私は本気でグスタフさんのことが好きですよ。それはきっとニーニャもそうです」
「……俺だって、お前たちのことは好きだよ。女性として魅力的だとも思ってはいる。でも、だからって側室を作るのかって言ったら違うと思うんだ」
「違う、とは?」
「俺は、レイア姫を幸せにしたい……というか姫と幸せになりたい。姫と結婚したい。それは絶対に変わらない」
俺はそう、断言する。
「しかしそれは、本妻の他に側室があってはならない理由ではないのでは?」
「なるよ。俺は姫に俺ひとりを好きでいてほしい。だから、俺もまた姫だけを愛すんだ。1番の想いには1番で応えたいし、応えてほしい。俺の心からの想いだよ」
「……なるほど」
「ちゃんと答えたぞ。これで、納得してくれたか?」
これが、本心偽らざる俺の答えだ。俺はスペラやニーニャたちが寄せてくれるその想いに応えることはできない。
「そうですね……」
スペラは俯いた。
……泣かせてしまうだろうか。でも、俺にはそれを慰める権利はない。だから、せめてその泣き顔は見まいと馬車の外の景色に目をやろうとして……
「ですが、グスタフさん。その考えは困ったことになるかもしれませんよ」
「えっ?」
スペラは別に泣いていなかった。というか深く考え込むように腕を組んでいる。
「困ったこと、っていうのは?」
「たぶんですね、私もニーニャも、グスタフさん以外とは契らないと思うのですよ。私たちにとってグスタフさんはかけがえのない命の恩人であり、そして唯一無二の最愛の存在なわけですから」
「ん……おう」
「私はともかくとしてまず、ニーニャは非常に律儀で義理堅い子です。レイア様と無二の親友となったニーニャは、ふたりの結婚を祝福するでしょう。そして、親友としてレイア様とグスタフさんのふたりに寄り添います」
「まあ、ニーニャはそういうやつだよな」
「ただしかし、問題はレイア様にとってもニーニャは無二の親友だということです。レイア様もまたニーニャと変わらないくらい義理堅く、ニーニャの幸せを求めるでしょう。そしてレイア様は、私やニーニャがグスタフさんに想いを寄せていることくらい存じているはずです」
「……え? つまりそれって……」
「レイア様の方から『グスタフ様、どうかニーニャさんの気持ちに寄り添えませんか』という話がいくかもしれない、ということです。つまり、一夫多妻の提案ですね」
「えぇっ!? いやいや、そんなこと……!」
あるのか? それも姫の方から? 無い……とは完全には言い切れない。それくらい、姫にとってニーニャという存在は特別だ。でも、そんなことあっていいのか? 仮にあったとして……その場合、俺はどうするべきなんだ?
「レイア様を幸せにするということが、レイア様以外の女性を愛することに繋がる可能性があり、しかしそれはグスタフさんの『レイア様ひとりを愛することでレイア様に自分を1番に愛してもらおう』とする信条に反することになるわけですから……困りましたね」
「や、ややこしいっ!」
「ちなみにその際は私は全力でレイア様とニーニャを応援して、そこに私も便乗して結婚させてもらいます」
「ず、図々しいっ!」
「好きな殿方を手に入れるためですから、どうぞご容赦くださいませ?」
スペラはそう言って妖艶に微笑むと、目を閉じて馬車の揺れに身を任せ始めた。
「……マジかー」
いったいどうなるのやら。最初はただ姫と共にありたいとだけ思っていた。その願いが思わぬ方向へと転がりそうな予感が漂い始めていた。
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