第156話 グスタフの活路はすぐそこに

「それでグスタフ、貴様はなぜここにいるんだ?」

「いやぁ、その……頼りにしていたニーニャが口を聞いてくれなくて」

「は?」


 玉座の間に呼び出された翌日、俺はカイニス領までやってきていた。アポイントメントも何もない訪問だったが、カイニス領主であり伯爵のチャイカは意外にもすんなりと会ってくれた。


「最近、王位の継承について貴族派閥の連中が活発に動いていたからな。レイア様にとってはなかなか苦しい状況になるかもしれんとは思っていたんだ。だからもしかすれば私へと何か頼みごとでもしてくれるのでは、などと思っていた矢先に……貴様が来たんだ」


 とのことらしい。姫関連の話で来たってことは察してもらえていたわけだ。


「で、ニーニャが口を聞いてくれないというのは? というか、それがレイア様の話となんの関係が……?」

「本当は頭の回転の速いニーニャに色々相談してから行動を起こしたかったんですけど、スペラの教育の賜物なのか、ニーニャの赤ちゃんレベルの性知識が少し階段を登ったようでして。なぜか俺と会うと顔を真っ赤にして逃げちゃうんですよ……なんか思春期に入った娘に接してる感じがします」

「知るかっ! 本題に入れ!」


 チャイカに叱られてしまったので、さすがに用件を話すことにする。


「実は、チャイカさんに領地の運営の仕方についてお聞きしたいんです」

「領地の運営……? どういうことだ?」


 俺は昨日起こった出来事と、レイア姫が自身で使うことのできる領地や財源がほとんどないことを説明した。


「……ふむ。それでグスタフ、貴様は自分の領地を発展させてレイア様をサポートするための地盤と財源を確保したいと考えたわけだな?」

「話が早くて助かります」


 領地と民、その点においてカイニス領は王国内でも屈指の広さと人口を持っている。だからこそかつて魔王軍に狙われる土地となったわけだ。そこの領主であるチャイカなら、領地を上手く使って財や民を増やす方策も持っているのではないかと俺は考えた。


「……難しいだろうな」

「えっ?」

「民を増やすというのは難しいだろうと言っている」


 チャイカは神妙そうに言う。


「民の数は少なければ少ないほど増やすのが難しいのだ。特に最初がゼロのスタートだというならなおさら難しい。10万の民が住む領地の人口を11万に増やすのは数カ月でできることもあるが、10から11に増やすのには数年かかる場合もある」

「どういうことですか? 絶対1万人増やす方が難しいと思うんですが……」

「人口の推移とは、民がそこに生活の基盤を置きたいかどうかに左右されるのだ」

「生活の基盤……?」

「10万人が住む領地はおそらく、ほとんどが生活に必要なインフラが揃っているだろう。店も豊富で、学び舎もある。子育てに安心して取り組めて税も少ないのだろう。しかし10人しか住んでいない領地はどうだろうか?」

「あっ……」


 確かに、言われてみればそうだ。たった10人の生活、それはたったの10人でいろんな役割を背負い合ってやり繰りしていかなくてはならない生活だ。


「たった10人のみでインフラを整えることはできるだろうか? 店は? いや、そもそも食べ物さえ手に入れる方法が限られるのではないだろうか。学び舎なんて望むべくもないだろうし、税は税というよりもむしろその地を保つためにみんなで負担し合う共同出資金といったところか。グスタフよ、ここまで聞いて、10万人の領地と10人しかいない領地のどちらに、民が生活基盤を置きたいと考えると思う?」

「……多くの人が、10万人の領地の方を選ぶと思います」

「だろうな。私もそう思う」


 領地さえあればあとは畑を耕したり家を建てたりして、人を呼び込むだけで上手くいくのでは? と気楽に考えていた自分をブン殴りたい。領地運営を舐め過ぎだ。実際にそこに住む人のことを俺は何も考えられていなかった。


「爵位さえ授かることができれば姫の近くへ上っていけると、爵位さえあれば姫の役に立てると思ってたのにな……やっぱり現実は甘くないですね」

「当たり前だ。あまり貴族を舐めないことだ」


 チャイカはフフンと得意げに鼻を鳴らした。


「ちなみに我がカイニス領地の人口は全体で50万に迫る。人口では王国2番目、歳出と歳入は1番だ。最大の経済活動を誇る領地ということになる」

「おおっ! すごい! ということは……あれ? チャイカさんが後ろ盾になってくれれば姫もすごく心強いのでは?」

「……そうしたいのは山々なのだが」


 突然、チャイカが肩を落としてシュンとする。


「このカイニス領の歴史は長い。その中で、王家との付き合いが深いのは言うまでもないが、貴族派閥との付き合いもまたある。カイニスで暮らしている民や組織の中には貴族派閥に属する貴族の恩恵を受けて生活を立てている者たちもいるのだ。私が明確に姫の側へと立ってしまえば、その意趣返しとばかりに経済的報復活動に出てくる貴族もいる。そうなれば、民の中には路頭に迷う者も出てしまうだろう」

「……つまり、姫の後ろ盾にはなれないというわけですか」

「許せ。内政とは白と黒の間に生まれる細い灰色の線を落ちないように渡るようなもの。おいそれと手立てなく均衡を崩せば、そのあとには混沌が待つのみだ」


 要は、レイア姫の側とマルクス王太子の側、どちらか片側に立つのは難しいということなのだろう。チャイカは味方に引き込むことができたらとても強力な存在だったろうに……残念だ。


「だかしかし、それでも私の心だけは常にレイア様の側にある。だからこそ、頼っていただければできる範囲の協力や助言は惜しまないつもりだ。そこで、だ。グスタフ、さっそく貴様の領地の運営について1つ助言がある」

「えっ……?」


 意外な展開に、つい息を飲んでしまう。


「でも、俺の領地に民を増やすのは難しいんじゃ……?」

「ああ、そうだな。だが、【財を成す】のが不可能だと言った覚えはないぞ?」

「ど、どういうことですかっ? だって、俺の領地には本当に何もないんですよ? 畑も無ければ固有の動植物があるわけでもない」

「ふむ、灯台下暗しとはこのことだな。グスタフ、貴様の領地にはこの王国唯一と言っていい程の優れた特徴があるではないか」


 チャイカはそう言って、まっすぐに指を差した。


「それは王国最強であり魔王の討伐を成し遂げた最強の騎士、グスタフ。貴様自身が領主を務めているということだよ」

「俺自身が、特徴……っ?」


 それからどうやって領地を活性化させていくかという案は、俺にとってまさに目からウロコのものだった。

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