第155話 王太子 マルクス

 王の息子、マルクス。彼は王へのあいさつを済ませると、それから意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見る。


「やあ、これは我が妹レイア。元気そうでなによりだ」

「……ご無沙汰しております、お兄様」


 丁寧にお辞儀をする姫へと、マルクスは悠然と歩み寄ってくる。


「レイアの活躍は領地で聞き及んでいたよ。何でもはるばる帝国まで行って革命を手助けしてやったんだとか! 先代皇帝のジークとかいう男は一度会ったがいけ好かないヤツだったからなぁ。あのままじゃ外交は上手くいかなかったろう。きっと今のダンサ皇帝の治世なら帝国と良好な関係を築ける。良き働きだぞ、レイア。褒めてやろうではないか」

「結構です」


 頭に載せられそうになったマルクスの手を、姫はそっと避ける。


「お兄様、それよりも今さらいったい何を考えて王位を継承しようなどと……? これまでほとんど民衆の面にも出なかったお兄様が王となって、王国民が納得するとでもお思いですか?」

「ほほう、言うようになったな、レイア。昔は俺の陰で縮こまって泣いてばかりだったお前が」

「話を逸らさないでください。無理を通そうとしたって、民衆は納得しませんよ」

「それは我が妹よ、貴様もそうなのではないか? 王族としてはずいぶんと【ヤンチャ】な振る舞いをしたそうではないか。このまま無理を通そうとすれば、民衆は納得するかもしれんが、その代わり王国内部が2つに割れるのでは?」

「……っ!」


 ……今の物言い、間違いない。現王に対立する貴族派閥が次期王へと推しているのがこのマルクスなのだろう。


「お言葉ですが、お兄様が王となればこの王国は……酷いことになるでしょう」


 姫はマルクスと俺にだけ聞こえるほどの小さな声で言う。


「お兄様は貴族派閥のていの良い操り人形になっているご自覚はありますか? それでは内政の腐敗が深まるだけです」

「……兄を操り人形に例えるとは。ずいぶんな物言いだな」


 マルクスが鼻を鳴らした。


「レイアよ、貴様は内政の腐敗を無くそうとでも?」

「当然でしょう」

「潔癖なことだ。多少の毒はむしろ薬にもなる。貴族や元老院どもの【粗相】に、少しばかり目をつむってやるくらいなんだというのだ。そのくらい、潤滑に物事を進めるためには必要なものだぞ?」

「……それは本気で仰っていますの?」

「ハッ、本気だったとしたらどうするというのだ」

「……お兄様」


 レイア姫は、姫にはめずらしく、怒りを押し殺すように深く息を吐いた。


「お父様の愛するこの王国に汚泥を溜めるようなマネを、この私が許すとでも? お兄様に王位を譲るわけにはいきません……!」

「ハハンッ! その意気は買おう、我が妹よ。しかし今の貴様には到底、我が派閥の重鎮どもを黙らせるだけの器があるとは思えんなぁ」


 マルクスは呆れたように言う。


「まず、王となるならば世継ぎのことを考えねばなるまい? 貴様はもう17にもなるというのに、未だに結婚もしていなければその予定も、相手すらも決まっていないではないか」

「……!」

「他にも、支持の地盤となる領地は持っているか? 人を動かす個人財源は? まさか民衆からの抽象的な人気のみで政治が成立するでも思ったか。貴様はあたかもこの王国の中心にいるような顔をしているがな、それは御父上殿の威光を借りているに過ぎないのだ。それとも……貴様の懐刀のソイツが持つ領地でも地盤にするか?」


 マルクスの視線が俺へと向く。


「聞き及んでいるぞ、グスタフ・フォン・ヒア=モーブラッシェンター子爵……いや、この間の功績で【伯爵】となったのだったな?」

「……はい」

「度重なる王国への尽力を感謝しよう。だがな、そんな貴様でも内政面では力不足だ。貴様の領地、モーブラッシェントの人口はゼロ。山と平原の広がる無人の大地だ。支持の地盤としても財源としても、まるで魅力が無い」

「……」


 残念ながらそれに言い返すことはできない。そもそも俺がそんな名ばかりの領地を王から与えられた理由は、領地経営のことなど考えず王城のレイア姫の側で勤務し続けたいという俺のワガママ的な考えに王が配慮をしてくれたからだ。


「……いい加減にしてください。だいいち、お父様の威光に照らされているだけなのはあなたも同じでしょう、お兄様」


 レイア姫が俺を庇うように、低い声でマルクスとの間へと割り込んでくる。


「王族として受けるべき教育に音を上げて女遊びに走った挙句、適当な領地をあてがわれ、半ば追放される形でこの城下町を後にしたお兄様にそこまで言われる筋合いはございませんが」

「フッ、言ってろ。誰が何を言おうと俺の後ろには貴族派閥と広大で豊かな領地と民があるのだから。この俺が王位を継承してこそ、この王国の繁栄がある。レイア、貴様はグスタフ伯爵にでも嫁ぎ、そこで幸せを噛み締めていればよいのだ」


 ククク、と含み笑いをしながらマルクスは背を向ける。


「まあ安心するがいい。俺が王となった暁には、元平民との貴賤結婚なんて許せないとかなんとか口うるさい老害どもを黙らせる計らいくらいはしてやるさ」


 マルクスはそう言い残すと玉座の間を後にした。玉座の間に残された面々のうち、先ほどまで王へと反抗的な態度を取っていた貴族派閥の重鎮たちはその表情を余裕然とさせている。


「……陛下、この王国は代々、男系の王によって治められて参りました。それに加え元より継承権第1位の王太子、マルクス殿下もあのように前向きに王位を継承なさるつもりでいらっしゃる。継承先がレイア姫殿下ではならない、と申し上げるつもりではありませんが、いま一度じっくりと再考が必要なのでは?」


 ニヤニヤと、貴族派閥を代表して話すその重鎮はあくどい笑みを浮かべる。


「内政は国内部の横の繋がりが非常に大事でしょう。その点においてマルクス殿下はとてもこまめで、よく融通を利かせていただける……素晴らしいお方です。過去にはいろいろとあったかもしれませんが、今はご立派に領地を治めていらっしゃいますし、その実績を頭ごなしに受け入れないのはいかがなものかと」


 ……やれやれ過ぎる。『融通の利く』って言葉がもう、貴族派閥でマルクスを利用する気満々ですって公に宣言しているようなもの。とはいえ、建前自体はもっともらしいところが嫌らしい。貴族派閥のその意見を真っ向から否定するのは難しそうだ。


「……うむ。一度、継承については再度、私の中で検討しよう」


 王はため息を飲み込むようにしてそう呟いた。




 * * *




「~~~もうッ!!! 誰も彼も胸の内にあるのは自分の利権ばかりっ! 思わず口汚い言葉を使いそうになるほど、とっっっても腹立たしいですッ!!!」


 姫は部屋へと帰るなり、ドレスにシワが着くのも気にせず、寝室のクッションに抱き着いてゴロゴロとベッドの上を転がり憤慨した。


「なんだか厄介なことになりましたね……」

「はい……身内のことに、グスタフ様を巻き込んでしまい申し訳ありません。ですが……グスタフ様にもご協力いただきたいです。あの兄に、王位を渡すわけには参りませんから」


 姫は決然として言う。しかし、王位を渡さないということが指すのはつまり……。


「姫は、王位を継承することに決めたのですね?」


 俺が聞くと、姫はコクリと頷いた。


「覚悟は正直まだ固まったとは言い切れません。私で本当によいのか、国王が務まるのかも分かりません。しかし……そんなことを言っている場合では無くなりました」

「分かりました。まあ、どうあっても俺は全力で協力させてもらいますよ」

「ありがとうございます。グスタフ様が私の味方でいてくれるだけで、天命を受けたかのような心強さです」


 姫が柔らかく微笑んだ。やっぱり可愛い過ぎる。天使かな? これいま空気も読まずにチューしにいったらさすがに怒られますかね?


「……今は大事なお話中ですよ?」

「なっ、なにもしようとしてませんよっ?」


 なんてこった、心を読まれたらしい。姫、恐ろしい子……!


「えー、オホンっ! 話を戻しまして、それで、俺は何をすればいいんでしょう?」


 俺の言葉に、姫は少し顔を曇らせる。


「それはまだ……考え中です。正直なところ、お兄様に言われたことは図星でもあり、どうにかしなくてはと思うのですが」

「えっ?」

「お兄様に言われずとも分かっていたことではありますが、私自身が持つ力というのは微々たるものなのです。たとえ王という地位に就いたとしても、私自身が動かせる力が少なければ対立する貴族派閥を制することは難しいでしょう。ですので、力が要ります」

「……財力と、民ですね」

「はい。それと人脈など。私を支持して出資をしてくれる方々を集める必要がございます。それについては私にもいくつか宛はあるのでそれを当たろうと思うのですが……」

「領地と民は、一朝一夕でどうにかなるものではないですからね……」

「はい……」


 さすがの姫もすぐには妙案が浮かばないらしい。


「きっとグスタフ様に協力していただかなくてはならないことがこれから出てくると思います。その時はぜひ、よろしくお願いしますね」

「はい。いつでも呼んでください。すぐに駆けつけますので!」


 姫はいろいろと1人で考えたそうにしていたので、俺はいったん姫の自室から出る。きっと姫ならすぐに打開策を思いつくことだろう。


「とはいえ、それまでただ待機をしたままってのも格好がつかないよな」


 俺は俺で、自分にできることかないかを探そう。まずはやっぱり、ニーニャやスペラに相談するところからだな。




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いつもお読みいただきありがとうございます。


告知失礼します。


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王城モブ衛兵の次話は予定通り、2/28(火)に更新します!

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