第152話 罪人 七戦士たち

 帝都の宮廷、その地下の牢屋へと降りてくる者たちがいた。泥でできた屈強な兵士が2人。先代の杖の戦士クロスが魔術で創った強力な人形で、1対1体のレベルが60近くある。そんな人形たちが持っているのは剣ではなく、縄。


 その人形たちの後ろから、腰に縄を繋がれて降りてくる男がいた。それを認めて、牢の中のひとつの影が弾かれたように起き上がる。


「……オトナシじゃないか! 久しぶりだね」

「お前……」

「そうそう、僕だよ、シンクだ。まさか忘れたなんて言わないだろうね?」


 先に牢屋に入っていたのは杖の戦士シンク。檻を掴んで、前のめりになりながらオトナシの方を見た。その前を、人形の兵士たちとオトナシは通り過ぎていく。


「おいおい、別の牢か? 僕の牢はまだ3人は入るんだから、相部屋にしてくれよ」

「……」


 もちろん、人形がシンクを相手にすることはない。オトナシは斜め向かいの牢に収容された。


「いやぁ、しかしまさかまた会えるとはねぇ。僕たち七戦士はこのままずっと全員別の場所で捕まったままになるんじゃないかって思ってたよ」

「……」

「オトナシはケガとかしてなかったのか? 僕は大変だったぜ。あの勇者アークに腹を刺されてさ……まあ、ちょっと痛いくらいだったけど。出血がひどくてね。少し生死の境をさまよってたらしい。ま、どうってことなかったけどさ」

「そうか。大変だったな」

「まあね。でもさ、ケガが治ってからはただ退屈だったよ。ここには僕の他は誰もいなくてさ。見張りはずっとダンマリだし、本を読んでることしかできなくてずっと暇だったよ。オトナシはいままでどうしてたんだ?」

「……俺も本を読んでた」

「そうかい。同じだね? 【カルーナ古城と復讐の騎士】ってシリーズ小説は読んだか? あれはなかなか面白くってさ、まだ読んでないならお前も──」

「よく喋るな、シンク」

「……ずっとひとりだったからね」


 ふたりの間にしばらく、沈黙が落ちた。


 初期化騒動が収まって2カ月。帝国へと身柄の引き渡された彼らはその日の内に別々の収容所へと引き渡された。捕まった七戦士同士で結託をさせないためだ。


「ホント、退屈だったよ……っていうか今も退屈だけどさ。あーあ、なんで僕たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだか。そうだろ?」

「……」

「僕たちは世界を救済するはずだったんだ。このままじゃ世界は滅びるんだから……何か策を練ってここから脱出してさ、ハヤシダも救って、それでまた──」


 カツン、と。足音がした。


 シンクが口をつぐむ。それはこの牢へ向かって階段を降りる音だった。


「──無事に隠の戦士の移送は終わったようだな」


 牢の前へと現れたのは、先代杖の戦士クロス。


「お前……確か先代の杖の……!」

「──うむ。まだオレに敵意を向ける意気はあるか。健康なようで何より」

「何しに来たっ!?」

「──話しに」


 食って掛かるシンクへ、クロスは特に表情を変えることもしない。


「──ここへ移送する前にすでにオトナシへとは伝えたことなのだが……やはり汝にも吾から話した方がいいな。この世界の成り立ちについて、だ」


 そこでクロスが話したのは、グスタフがヒビキに向けて話したのと同一の内容だった。ここはゲームの中などではなく別の小宇宙に存在する異世界である、ということだ。


「……なんだよ、それ」


 シンクが渇いた声を出す。


「ウ、ウソだねっ、ウソに決まってる! だって、ハヤシダはそんなことないって言ってた。この世は全部作り物だって! それにバグのウィンドウが出たり、初期化処理ができる世界なんてあり得ないだろっ!?」

「──『あり得ないなんてことはあり得ない』。これは吾が好きだったマンガのセリフだ」


 クロスは俯きがちのシンクの顔を覗き込むように屈んだ。


「──それに吾はこの世界を100年旅して見てきた。山の木々の賑わい、そこに住まう愛しい動物たち、山奥に暮らす村人たち。そのすべてに血が通っていた。だいたい、ただのゲームだったのであれば……吾はそもそも100年前に帝国から逃げ出してなどいない」

「……」

「──100年前、生々しいまでの現実があり、そこで多くの人々を喪わせてしまったからこそ……弱い吾はその責から背を向けるしかなかったのだ。そして杖の戦士シンクよ。汝もそうなのであろう?」

「……!」


 息を飲んだシンクへと、クロスは言葉を続ける。


「──あの日……帝都の民たちからはこう呼ばれておるな。『血と瓦礫ガレキの雨が降った日』、と」

「……やめろ」

「──獣の戦士が暴れ、多くの民の命が奪い去られた。しかし、それは獣の戦士の手のみで為された訳ではない。汝らの戦いに巻き込まれる形で命を落とした民もまたいる。すなわち、その民たちは汝らの攻撃によって──」

「やめろっ! その話はするなっ!」


 シンクは耳を塞いだ。


 七戦士たちの初期レベルは50。シンクのいまのレベルは51。しかし、シンクにモンスターとの戦闘経験はほとんどない。つまり、その経験値の出どころは……。


「──受け入れろ、シンク。受け入れるしかないのだ」

「うるさいっ! 黙ってくれっ!」

「──汝が殺すことになってしまった帝都の民はNPCなどという心を持たぬ存在ではない……人なのだ。汝と同じ、この世にたったひとつしかない命を持っていた人間なのだ」

「……ッ!」


 ガリッと、奥歯をかみ砕くような音が聞こえる。歯を強く食いしばり過ぎた、シンクの歯の欠ける音だった。


「ウソだ……! ハヤシダはそんなこと言ってなかった……!」

「──嘘ではない。帝都の民それぞれに過去があり、未来への夢がある。この世界が本当にゲームだったのだとしたら、何万もの民の人生の細部まで設定はされてなかろう」

「……僕は、人殺しなんか……」

「──シンクよ。誰も汝が帝都の民を救えなかったことを責めようとはしまい。汝らは、獣の戦士を止めるために仕方なく、民たちを犠牲にするしかなかったのだから。悪行を為そうとして悪行を為したわけではない、ということは吾も分かっておる」

「……」

「──だが、その後の行為が問題だ。汝は自分のしてしまった行いから逃げるばかりではなく、この世界という環境に原因を押し付け、すがりつき、そして他人を傷つけた。この世界の人々はNPCなのだから害しても問題ないのだと、自分に言い聞かせるようにな」

「……」


 シンクは愕然としたようにただ俯いていた。


「──心の弱さは、時に罪である。汝は長い時間をここで過ごすことになろう。その間、ここで向き合うべきは己自身と知れ。隠の戦士と共に自分を律し、自分で罰するのだ。……では、な。吾は他にも仕事があるゆえ、もう上に戻る」

「……待て」


 立ち去ろうとするクロスを呼び止めたのは、オトナシだった。


「──なんだ、隠の戦士よ」

「ハヤシダは……槍の戦士はどうしたんだ? ここにも居ないようだが」

「──……うむ。ヤツは主犯格ということもある。共犯の汝らと会わせるのは時期尚早だ」

「無事、なのか?」

「──我々が害すことはない。今後、法によってどのように裁かれるかはまだ分からないが、少なくともそれまではな。ただ……」

「ただ?」

「──今は、抜け殻のようだよ。何もかもから見放されたような顔で、呆然としておる。ただ、自殺を図るようなこともない」

「……大丈夫なのかよ、それは」

「──さあな。ただ、ひとつだけ言えることがある。希望とは酸素のようなものだ。ゆえに、真に絶望すれば人は死んでいる。槍の戦士の息がまだあるということは……まだどこかに、ほんの少しだとしても、生きる希望は持っているのだろう。我々にできることはただ、あやつが自分の足で再び立ち、その罪を償い、新しく歩き出す日を待つ……それだけだ」

「……待ち受けてるのは現実、か。自分たちの目標をクリアできなくても、ゲームオーバーにもならない……本当に普通の世界なんだな、ここは」

「──しかり」


 クロスはゆっくりと頷いた。


「──また来る。その時までに汝らは過去を振り返っていろ。そして次に会するときは願わくば……これからの未来の話をしよう」


 クロスはそう言い残すと、牢を去っていった。

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