第151話 この世界について

「小、宇宙……?」

「俺はSF系の映画が好きだから……マルチバースって言った方がしっくりくるんだけどさ、いわゆる異世界だよ。ただ、俺たちの住んでいた地球がある宇宙とはまったく別の宇宙に存在する世界」

「???」


 ピンときてないみたいだな。ア〇ンジャーズとか宇宙系のSF映画を見てる人なら分かりやすいのかもしれないんだけど……まったく知らない人に説明するのは難しい概念だな。


「まずこれは実際の話、この世の外側にはあらゆる物理定数を持った宇宙がいくつも存在していて、その中でもさらに誰かが何かを選択するたびに小宇宙が生まれるって理論があってさ。だから宇宙は無数に存在するって考え方なんだけど……」

「う、うん」

「特定の物理法則があれば魔術が存在する世界があるかもしれない、レベルを持った生物が存在する世界があるかもしれない、バグに似た事象を引き起こす世界があるかもしれない、初期化できる設定の世界があるかもしれない……っていう【かもしれない】がたまたま合致した宇宙が本当に存在していて、それがここだったんじゃないかなって、俺はそう考えたんだ」

「ほ、ほうほう?」

「それで、これは完全に憶測になるけど、俺たちの世界にあった【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】と偶然にも世界観が一致したこの宇宙が、その共通点を媒介にして地球とリンクしたんだ。俺は前世での死のキッカケがちょうどこのゲームを夜更かししてクリアしたことだったから……その縁か何かでリンクしていたこの宇宙に迷い込んでしまったのかもしれない」

「……ふーむ……」

「七戦士たちも召喚の儀式によって、この世界とリンクした地球にいた人々からランダムに引っ張って来られた。たぶん、人種だったり性別や性格とかで、ゲームで登場する人物像に一番近い人が選ばれたんじゃないかな」

「……む、むむむぅ……」プスプスプス~

「ヒビキっ! 頭から煙がッ!」


 いや、まあ実際は出てないけど、そう幻視するくらいにはヒビキは頭を悩ませていた。


「……ぜ、全部は理解できなかったけど、つまりここはゲームの本体の中じゃなくて、ゲームによく似た世界ってことでおーけー?」

「ああ、そうだ。そういうこと。ゲームの中そのものだったら、過去なんて無いし未来も無い。いまごろスタッフロールが流れてるはずさ」

「じゃ、じゃあ……世界の崩壊とかっていうのも?」

「無いだろう。本質的に地球とここは別世界なんだ」

「なんだぁ、そっかぁっ!」


 パァ~! とヒビキの顔が明るくなった。


「それじゃーもう全然悩む必要も無いねっ! よかったぁ~! これでダンサちゃんの不安も1つ減るよ!」

「……え? なんでダンサさん?」

「いやぁ、その……ウチ、この前ちょっと口を滑らせちゃって。てへっ」

「おいおい……」

「まあでも! もう悩む必要ないよって教えてあげればオッケーだから! ウチを怒らないで~!」


 そう言い残して、ヒビキはぴゅーっと逃げていった。


「トイレ! そっちじゃないぞー!」


 まったく……漏らしても知らんからな。


 ため息を吐きつつ、俺は大広間の会場へと戻ることにした。




 * * *




【現世】


 グスタフの話していた小宇宙の仮定は……正しかった。


 しかし、一部で間違えていることもあった。


 地球とグスタフたちのいる小宇宙は確かにリンクしている。


 だからこそ、地球におけるゲームの消滅は、グスタフたちの住まう小宇宙に対しても大きな影響を与えることになるのだ。




【日本 株式会社ニューゲームスにて 17:00】


「先輩、なんか数時間前に居なくなったきり、林田さんがまだ帰ってこないらしいっすよ?」

「え? もうすぐ定時なのに……めずらしいな。就業時間はちゃんと守る人だったんだけど」


 その先輩後輩は並びのデスクでガムを噛みながら各々、業務用PCのキーボードを叩いていた。


「やっぱりさっきのアレ、マジなんじゃないっすか?」

「アレ……? って、ああ。若手が言ってた『林田くんが突然消えた』ってやつか?」

「そうそう、ソレっす! 俺さっきどうしても【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】のプロトタイプ版が気になってプレイしたんすけど、なんかちょっとシナリオ変わってるんすよ!」

「はぁ?」

「それでですね……! 実はなんと、キャラクターの中に『ハヤシダマモル』って名前の設定があったんですよ!」

「ふーん」

「これって呪いとか、異世界転移とかそういうやつじゃないっすかねぇっ!? 林田さんはなんと、ゲームの中に吸い込まれちゃったんですよっ!」

「ははは、アホめ」

「ぐえっ」


 先輩の軽いチョップに、後輩が呻いた。


「そんなの、林田くんがデバッグしてる時、適当に名前を設定したからに決まってるだろ?」

「うげ~、先輩、夢がないっす」

「うるせー。っていうかプレイしてるならちょうどいいや。今度サーバーからあのゲーム消そうかって話になってるんだけどさ」

「えぇっ? 俺まだプレイ中っすよ」

「つまんねーだろ? 次のゲーム開発の容量足らなくなりそうだからさ、もう消しちゃおうぜ」

「えぇ~、つまんないっすかねぇ? なんか結構イケるっすよ。グスタフってキャラが良い味出してて」

「……え、誰?」

「誰って……グスタフっすよ」

「……居なくね? そんなキャラ居ないよね?」

「居るっすよ!」


 先輩後輩は目の前のモニターからステージングサーバー上のそのゲームを起動させると、新しくセーブデータを作りそのストーリーを見る。


「……おお、結構マシに……っていうかちょっと面白いな?」

「でっしょ? 次の松谷ディレクターのクソゲー作るくらいなら、これリメイクした方が絶対売れると思うんすよね。」

「うーん、もしかして林田くんが修正入れてくれたのか? 元々開発職の人間だし。それに企画希望も出してたもんなぁ……」

「どうします?」

「明日の企画会議で話題に乗せてみるとするか」

「おお! 林田さん、待望のデビュー? っすね!」

「明日は会社来てくれるといいんだけどな。バックれられてたらどうするか……」

「まあ、それは明日考えましょ。とりあえずこのゲーム削除されないようにアーカイブに入れときますね」


 後輩はその【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】はアーカイブへと保存した。




 ──そしてここに、グスタフたちの住まう世界の半永久が確定した。




 林田が地球から消えて約3時間。その間に別宇宙の異世界では七戦士が召喚されてから終戦宣言が行われるまで、約4カ月の時が流れていた。


 異世界は地球と比べて約960倍、時間が流れるのが速かったのだ。


 つまり、地球での1年は異世界での960年に相当する。


 このアーカイブのあるサーバーがいつまで稼働するのかは分からない。1年か、2年か、5年以上か。


 しかし、このゲームのバックアップとして次世代サーバーのアーカイブにも受け継がれるデータとなればさらに何十年……異世界で換算すれば数万年はこの【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】の世界は存続するだろう。




 ──あとこれは余談だが、そのリメイク作品はそこそこの売り上げ本数を記録した。【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】の元メインディレクターだった松谷は自信喪失のため会社を辞めた。

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