第150話 終戦 王国と帝国の交流会
初期化騒動から2カ月。俺がこの世界にやってきてから約10カ月。もうすぐ1年経つというころだ。
今日、この王城の大広間において、王国と帝国の間での終戦宣言と和平条約の締結式が無事に終わった。再びこの両国間に友好的な交流が生まれることとなった。
「う……ぉぉぉっ」
ゴキゴキゴキ、と。凝り固まった筋肉が音を立てた。
……大切な警護任務とはいえ、ずっと槍もったまま立ってるのはキツかったな。大事な条約締結の場ということもあってダラっとするわけにもいかないし。モンスターと戦い続ける方が疲れなかったかもな。
「お疲れ様です、グスタフ様。お水をどうぞ」
「ああ、スペラさん。ありがとう」
締結式に続けて王国と帝国の交流会が始まり、しばらくして。レイア姫たちは新しく帝国の皇帝となったダンサと歓談の最中のため、俺は小休止のために護衛をニーニャに引き継いでいったん席を外しているところだった。
……ちょうど喉がカラカラだったんだ。一気飲みさせてもらう。キンキンに冷えた水が喉を潤して心地よい!
「もう1杯いかがです?」
「うん。ありがとう」
今度はちょっと温めだな? まあ助かるけど。お腹壊さないで済むし。
「もう1杯いかがです?」
「え? あ、うん……あっつ!」
熱いっ! 白湯だ、これっ!
「どうでしょうか、グスタフさん。私の気遣いは」
「これっ……なんだっけこれっ!?」
「疲れた体に1回目はキンキンに冷えた飲み物を、2回目はお腹のびっくりしないぬるめの飲み物を、そして最後はゆっくり落ち着いて飲める温かな飲み物を……三顧の礼、というヤツです」
「……う~~~ん???」
違うな、それ。逸話違いだ。3回なのは合ってるけども!
「こんなデキる私に対する評価は爆上がり、グスタフさんのムラムラゲージ急上昇、ギンギンのビンビンで今夜はお楽しみフラグが立ちましたかね?」
「立たない立たない」
「なるほど。
「言ってねーよっ!」
まったく、どんな時でもブレないな、このセクハラエルフめ……。
「ところでスペラさんは会場警備の方はどう? 不審者とか大丈夫そうか?」
「ええ、問題無さそうです。招待客に対しても身辺検査は充分に行いましたから……あっ、でも」
「ん、どうしたっ? やっぱりなにかおかしな点があったのかっ?」
「さっきから、私に身体検査をされた男性のお客様方がみんな熱っぽい視線を向けてくるんですよね。どうしましょう、私、触れるだけで男性を欲情させてしまう悪女としての本領を発揮してしまっているのかも……」
「あっそ。じゃあ引き続き警備よろしくなー」
「スルーですかっ!?」
グスタフさーん、と追いかけてくるスペラの言葉を背中に受けつつ、俺は用を足しに会場の大広間を離れる。スペラのああいった冗談はまともに取り合うだけ疲れて損だ。休憩時間中に疲労を蓄積させていては元も子もない。
トイレトイレっと。
……狙いを定め、
…………集中し、
………………ふぅ。オシッコ完了。
手を拭き、そうして再び会場へと戻ろうとしていた時。
「あっ、グフ兄っ!」
「お、ヒビキか」
廊下でブンブンと、俺に手を振ってきたヒビキが駆け寄ってくる。
「わぁ、久しぶりぃ~~~!」
「久しぶりって、締結式の時から顔は合わせてたろ?」
「でも喋れなかったしぃ~~~! きゃっは~~~!」
テンション高く俺の手を握ってブンブンと上下に振ってくる。ああ、なんかゴメン。手は綺麗にしたけども、トイレから帰ってきたばかりでゴメン。
「いやぁ、それにしても……なんかエモエモだねぇ」
「エモエモ?」
「だってさ、思い出しちゃうんだもん。2カ月ぶりに来ると……この王城でみんなとワイワイしてた頃をさ。だから、こう胸にきゅ~っとくる感じ? そんな感じがする!」
「そっか。確かに……ヒビキが居てくれたころはすごく賑やかだったな。俺も懐かしいよ」
「でっしょ~?」
たぶんヒビキもまた用を足しに来たんだし、この場はいったん別れてあとでまた話そう、と切り出すべきなんだろうけど……なんだか別れ難い。ヒビキもまた俺と同じ想いのようで、なんだかんだと話し込んでしまう。
「あっ、そうだ! グフ兄にひとつ訊きたいことがあったんだ!」
「訊きたいこと?」
「うん。あのさ、グフ兄は前にこの世界がゲームの中の世界かもしれないって話をしてたでしょ?」
「ああ、そのことか」
そういえばヒビキにはあらかじめ話していたんだったな。それと同時に口止めもしていた。レイア姫たちの耳にその話が入って混乱させないように、と。
「グフ兄、結局……この世界ってゲームなの? なんだかちょっと、それが気にかかっててさ」
「ちゃんと説明できてなくてゴメンな。でも、いま断言するよ。この世界はゲームなんかじゃない。ちゃんと血の通った世界だ」
この世界について、俺はこう結論づけた。
──この世界は【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】の世界線とは異なる進化を遂げた場所である、と。
「血の通った世界って……じゃあ、みんなはダンサちゃんたちはみんな、杖の戦士たちが言っていたようなNPCなんかじゃないってことっ?」
「ああ。まず俺は姫やニーニャたちにそれとなく確かめたんだ。みんなの過去……思い出をさ」
──レイア姫が子供の頃に好きだったのは花を育てること。色や形は見えずとも、その香りを楽しめるからだそうだ。
4、5歳のころに自分の部屋いっぱいに花の香りを満たしたくて、庭の花壇に植えられていた花の全てを自室に持ち込んだことがあり、母にこっぴどく叱られたのだとか。それからはお花を大切に扱って楽しむようになったらしい。
──ニーニャに至ってはその並外れた頭の良さからか、昔についてものすごく詳細な記憶があった。その中でもインパクトがあったのは【ゴキブリの呪い】事件だ。
当時スラムの住人を馬鹿にする城下町の守護に腹を立て、スラムの子供たちで協力し合って、ソイツに気付かれないように毎日その背中にゴキブリを入れて仕返ししていたらしい。守護はそれを【ゴキブリの呪い】と恐れ、一部の守護の衛士はゴキブリ恐怖症で守護を辞め、他の衛士たちもスラムには近づかなくなったそうだ。
──スペラにも聞いた。スペラは昔のことはあまり覚えてなかった。でも、
『森の近くに落ちていた春画を拾ったのは確かまだ9だか10歳の頃……背中に電撃が走りました。この世にはこんな本もあるのか、と。それは……私にとって生まれて初めての性的興奮でした』
と言っていた。今も昔も変わらないことが確認できた。
「その過去はさ、少なくともゲームでそういう設定があったとかじゃない。みんな懐かしそうに話していたよ。温もりのある記憶だった」
「……そっか。そうなんだ……よかったぁ」
心底ホッとしたようにヒビキは胸を撫で下ろした。
「あと、それだけじゃない。本来ゲームには無いはずの冥界やスキルの存在も、ここが単なるゲームの模倣じゃないって思った理由のひとつだ」
「そうなの? でも冥界って確か、ゲーム上にも設定はあったんだよね?」
「ああ、そうだな。【太古の魔本】っていうキーアイテムがあって、レイア姫はそれを扱える【真理の眼】というユニークスキルをもっている。そのふたつを合わせると冥界の扉を開くことができる……っていう程度にな。でも、冥界が示唆されてるところなんてそれくらいのものだ」
本当に言葉だけの存在であり、ゲーム上でそれが表現されているところなんてどこにもなかったはずだ。あのハヤシダですら驚いていたんだから……間違いない。
「スキルっていうのは?」
「俺がレベル60に到達した時に獲得した『
他にもこの世界にしかないスキルはいくつか存在したように思える。俺がリリース版のゲームしかやっていないから知らなかったものもあるかもしれないが……でも冥界に関わるスキルについては確実にこの世界固有のものだろう。
「だからさ、俺は思ったんだ。この世界は原作ゲーム【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】っていう世界によく似ただけの……ひとつの小宇宙なんじゃないかって」
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