終章 グスタフの道

第153話 王からの呼び出し

 王国と帝国の和平条約が締結されて交流会も終わり、1ヶ月。ようやく平穏な日々が訪れようとしていた。


 レイア姫は日々の公務に追われつつ、しかしそれもだんだんと落ち着いてきて、姫とゆっくりまったり逢瀬デートを重ねることもできるようになっている。


 ……ああ、幸せな日々よ。永遠なれ。


 とまあ、そうして日常の大切さを噛み締めていたある日のことだった。


「グスタフ様……」

「……? どうしました、姫?」


 なんだろうか? 朝、いつも通りに姫の部屋を訪ねると、姫が自室の椅子に腰掛けたまま何やら深刻そうな顔でいるではないか。


 ……それはまるで、夜、ナイショで外に出て遊んでいたのがバレた子どものように困ったような表情だ。


 やべぇ。心当たりがあり過ぎる。


「姫、まさか……」

「じ、実は、モーガン様伝いに父上に呼び出されまして。玉座の間へと来るように、と」

「……夜にこっそりデートしてたことが陛下にバレたってことでしょうかっ!?」

「わ、分かりません……! でもそうだとしたらおかしいです。ちゃんとフードを被って、変装して行きましたのに……」


 マズいな。密会してたなんてことがバレたらまた大変な騒ぎになる。


 姫と騎士の恋ってのはロマンに溢れはするけれど、実際のところ、それはそれは大変なものなのだ。立場的にいろいろと!


「ちょっと、レイア! それにグスタフもっ!」


 部屋を出たところでニーニャと鉢合わせた。


「なんか陛下がアンタたちを呼んでるって聞いたわよっ? いったい何をしたわけっ?」

「え、えっと、それはですね、ニーニャさん……」

「まさかっ……夜に王城の中庭裏の見回りの薄い暗がりで密会してるのがバレたんじゃないでしょうねぇっ!?」

「へぇあっ!?!?!?」


 レイア姫が変な声を上げた。俺もヒュッと息を飲んでしまう。


「に、ニーニャ……? え、なんでお前がそれを知ってんの……?」


 そこ、確かに俺とレイア姫の定番の逢瀬スポットなんですけど。


「なんでって……夜中にレイアが自分の部屋から突然外に出る気配がして、何事かと思って1回ついて行ったことがあるからだけど?」

「くっ……! 高レベルの盗賊職特有の『気配感知』スキルか……!」


 しかし、まさか見られていたとは……! レイア姫とのあんなことやこんなことをしてのイチャイチャを……まだ年端もいかぬニーニャの前で俺たちは繰り広げてしまっていたというのか……!


「まあ、中庭裏はホントに暗いから何してるのか分からなかったんだけどね。グスタフといっしょだったみたいだし、心配はないかなと思って行く先を見届けた後は私も部屋に戻ったわ」

「……え? ということは俺と姫の密会シーンは……?」

「見てないわよ。そんな野暮ヤボなマネはしたくないもの」


 ……ホッ。


 俺と姫はふたり同時に安堵の息を吐いた。よかった……あんな恥ずかしいシーンを見られていたらこれからニーニャの前でいったいどんな顔をすればいいのやら……




 ──ズザザザァッ!




「グスタフさんっ! レイア様っ! 陛下から呼び出しをされたと聞きましたが、まさか夜が来るたび中庭裏の見回りの薄い暗がりで抱き合いつつ濃厚ベロチューを交わしながら『姫、好きだ……愛してる』『私もです、グスタフ様、もっと、もっとください……!』と蜜言みつげんを囁き合っていることがバレてしまったのですかッ!?!?!?」


「「   さァァァん!?!?!?

  スペラ

     ァァァァァ!?!?!?」」


 廊下の角からスライディング気味に現れたスペラによる唐突な暴露に、俺と姫はふたりして膝から崩れ落ちた。


「なぜ……なぜお前がそれを知ってるんだ……ッ!」

「え、だって散歩コースですから。あの辺りは暗くて人も近づかないですから、エルフは夜目も効きますのでひとりで歩くにはうってつけなんです」


 なんてことだ。そうだったのか、エルフの生態に詳しくないから完全に油断してしまっていた。


「くっ……くそぉぉぉ……ッ!」

「え、過去イチで悔しがってますね、グスタフさん……?」


 そりゃ悔しがるよ……! っていうか恥ずかしいよ……! 当人同士の間で盛り上がった会話をこんな風に冷静に振り返られたらさぁ!


「ち、ちょっとグスタフッ! いまの話ホントなのっ!?」

「に、ニーニャ……いや、これはな……」

「アンタ……何してんのよっ!? そんなことして、責任とれないでしょっ!?」

「え、え……?」


 いや、責任って……もちろんレイア姫のことはそりゃあもうずっと責任を持って大事に寄り添っていきたいと思ってはいるけれども、キスは別に責任うんぬんってほどじゃないと思うけど……?


「レ、レイア……アンタ体調は大丈夫なのっ!?」

「え、えっ? ニーニャさん……?」

「気持ち悪い? 背中をさするわ」

「えっ? えっ?」


 火照った顔を押さえて崩れ落ちたままのレイア姫に寄りそうと、ニーニャは母猫のようにキッと吊り上げたまなざしを俺に向けてくる。


「まったく、これだから男はっ! こんなに大事なことを軽く考えてっ!」

「ま、待て待て、ニーニャ? 大事なこと? なんだよ、何のことを言ってるんだよっ?」

「何のことを言ってるって……決まってるじゃない!」


 ニーニャはレイア姫のお腹を指差した。


「レイアのお腹にできた【赤ちゃん】のことに決まってるでしょっ!」

「はっ、はぁっ!?」


 思わず、素っ頓狂な声が出た。いやいや……赤ちゃんっ!? それってつまり俺とレイア姫でセッ……


「いやいやいやっ! そ、そこまではまだやってないって!!!」


 面食らってばかりもいられない、反論するもしかしニーニャの耳には届いていない。


「あのね、グスタフ。レイアくらいの歳で子供を産む女の子は確かに少なくないわ。でもね、出産ってすごく大変なのよッ!?」

「ちょっ、待っ!」

「スラムじゃそれが命取りになることも……」

「だから待て待て待てぇいっ!」


 絶対に何か話の掛け違いがある! 


「ニーニャ、聞けっ! いいかっ!? 俺とレイア姫がいくら色々してるからって、姫が身籠みごもったなんて──」


 ──カターンッ! と金属が廊下に落ちる音がした。


「レ、レイア姫殿下が……身籠った、ですと……!?」


 廊下の奥で、王直属護衛軍隊長であり、いつも俺たちに良くしてくれるザ・紳士、モーガンさんが呆然と立ち尽くしていた。


 ……おいおい。なんてタイミングだよ……。


 ──これ以上ないくらい顔を真っ赤にして顔を押さえているレイア姫。


 ──俺の言わんとしていることが理解できないのか首を傾げているニーニャ。


 ──『ほうほう。ソチラはまだ、ですか……』と納得げに頷くスペラ。


 ──そして『あの姫が、小さかった姫が、とうとうお世継ぎを……』と虚空に呟いているモーガンさん。


混沌カオスすぎる……」


 もはや頭を抱えるしかなかった。




=============


今回のエピソードもお読みいただきありがとうございます。


終章から週2回、火曜日と金曜日の更新になります!


ぜひぜひ最後までよろしくお願いいたします。

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