第148話 主人公だとか主人公じゃないとか

「アーク……お前」

「グスタフ、お前は下がってろ。お前じゃコイツの相手はダメだ」


 アークが、怪訝な顔をするハヤシダの前に立った。


「ハヤシダ、とか言ったな? 槍の戦士」

「……何の用だ」

「お前たちの会話は盗み聞かせてもらってた。ゲームだとかニホンだとか、いろいろと分からんところはあったが……結局ハヤシダ、お前はこれまで自分がグスタフや、他の人間たちに比べてまったく活躍できなかったことに……スネてるんだろ?」

「……」

「分かるぜ。『分かる』って俺なら言ってもいいんだろ? 仮にも勇者だったクセに、このグスタフに見せ場を全て奪われた上に、道行く先々で失敗し、笑われてきた俺ならよ。……まあ、これは自慢げに言うことでも無いが」


 アークが鼻を鳴らした。


「最悪の気分だった。ずっと何かにイライラしてたさ。俺は勇者のハズなのに、何も報われない。誰も俺のことを尊敬しないし、騙されてばかりだ。このまま何も報われないなら、生きる意味なんてない。だからもう、このまま死んじまいたいって思ってた。ついさっきまでな」


 アークが手元に目を落とす。そこにはかすかに、泥の汚れがこびりついていた。


「でも、違った。とあるクソ女に言われてようやく気付いたさ。俺が報われないのは当然のことだって。【身の丈に合ってない願望】が叶うわけがない、その現実を突き付けられたんだ。簡単な話さ、俺には勇者としての実力も、何もかもがまるで足りていなかった。誰を守ることも倒すこともできない俺が、魔王を倒す勇者として敬われるわけがなかった」

「……」

「クソ女いわく、『利用される人間』としての価値しかないそうだぜ、今の俺には。もう失う尊厳なんて無かった俺だ、言葉通りに従ってみたさ。するとどうだ? こんな俺にも、ようやく何かを成し遂げることができた」

「……さっきから何が言いたいんだ、アーク」

「つまり……ハヤシダ、お前はさ、この世界の初期化のためにどれだけの努力をしてきた?」

「……そんなの、努力はずっと……」

「じゃあ、お前のレベルが51なのはなんでだ?」


 アークの言葉に、ハヤシダの動きが止まる。


「ハヤシダ、この世界に来て2カ月って話だったよな。上がったレベルは……剣の戦士から聞いたが、帝都で仕方なく殺してしまった人たちから得た経験値だろ? さっきお前はグスタフがレベル上げしてたのがズルいとかなんとか言ってたけど……お前にだってその努力はできたハズだ」

「……」

「グスタフが俺や、お前よりも目立つ位置にいるのは……主人公だとか主人公じゃないとかそんな話じゃなくて、もっと単純な話なんじゃないか? グスタフが俺たち以上に努力してきたから、だろ。ハヤシダお前、知ってるか? グスタフの野郎、マジで努力の仕方……っていうか、自分の扱い方がおかしいんだぜ」


 アークが微妙な表情で、口元をひん曲げながら、俺を指差した。


「コイツ、ガーゴイル襲来の時は逃げも倒れもせずに死にかけてまで戦い抜いて、嬉々としてダンジョン攻略に赴いて死にかけで帰ってくること3回、挙句の果てにほとんど不死の魔王相手に、勝てるハズもないのにずっと戦い続けてた……頭のネジが外れてるとしか思えないバカなんだ」

「待て待て、お前……アーク、魔王戦はともかくとして、なんでその前にあったことも知ってるんだ? お前、俺のこと毛嫌いしてたクセに……」

「フン、俺が王国の牢の中に居る間、見張りの兵どもが事あるごとにお前の話をしてたんだ。嫌でも耳に入るさ。それは、ともかくとして、だ」


 アークが再び、ハヤシダへと向き直った。


「グスタフが叩き出してきた結果の大元にはいつだって、言葉通り死ぬほどの努力があった。ハヤシダにグスタフを越えるだけの工夫と努力があれば勝ってたのはお前の方なんだ。お前はそれを棚に上げてないか?」

「……それ、は」

「お前は自分に才能が無いから何をしても報われない、なんて言ってたけど……違うんじゃないか? これまでの全部、最初から身の丈に合わない大きな願望を持って、いろんなものに手を出したあげく、その願いが叶わないからと中途半端で投げ出して……そうしてここまで生きてきたんじゃねーのか?」

「そ、そんなことはっ!」

「無いって? 現にお前はすべて諦めて、黒竜にこの世界を滅ぼしてもらおうとしてたじゃないか」

「……ッ!」

「フンっ、別に笑いはしないさ。俺もついこの間、似たようなことをやって、そんで捕まったんだ。お互い、自分の努力の丈に合わない願望を持ったばかりにな。お前は『世界を救済』、俺は『誰もが敬う勇者』……デカすぎる野望だぜ──おい、グスタフ」


 再び、アークがこちらを向く。


「聖剣のあったあの場所で、グスタフ、お前は俺に言ったよな? アレをもう一回聞かせろ」

「え……俺なんか言ったっけ?」

「ああ、言った。忘れてるならもう一回質問してやる。お前はこれまでずっと、何のために戦ってきた? 英雄になるためか? それとも魔王から世界を救うためか?」

「いや……? レイア姫を守るため、それだけだ」

「フハッ、そうそう。お前はそう言ったんだ。世界を守るためでも、英雄になるためでもない。ただ、お前はレイア姫を守るためだけに戦って……それだけがお前の抱き続けた願いだった。俺やハヤシダの願いなんかとは比べ物にならないくらい、小さな願いだよ」


 アークが笑う。俺はちょっとムッとする。


 ……そんな言うほど小さな願いか? まあ、確かに世界の救済とかに比べれば小さいけどさ。


「とにかくよ、ハヤシダ。俺たちは願いに対しての努力が足りなかった。それだけだ。何もかもを才能や周りの環境のせいにして、悲劇ぶってグスタフたちに当てつけるように自殺するなんて……みっともないとは思わないか?」

「じゃあ……お前ならどうするってんだ、アーク」


 震える声で、ハヤシダが問う。


「お前みたいな自己顕示欲のかたまりみたいなヤツが、勇者の称号も失って、罪だって背負っていて、この先どうやって生きていく……? 何もかもから肩を縮こまらせて、一生誰かに後ろ指をさされながら暮らしていくのか? そっちの方が、よっぽどみっともないとは思わないのかッ⁉」

「……罪は償うしかないだろ。償ったあとのことは、知らん。そのとき俺にできることをやって、認められて、できることを増やして……いろんな人に認められる努力をするしかないんじゃねーの?」

「大きなマイナスからのスタートだぞ……? それでもいいのかよっ?」

「いい。俺はたぶん、今日ここで初めて意味のあることを成し遂げることができた。それが結構……悪くない気分だったから。またそれが味わえるなら、マイナスからのスタートだろうが、主人公じゃなかろうが、別にいいさ」

「……」

「別に、俺は俺の考えをお前に押し付ける気は無い。だからお前が死ぬこと自体も別に止めはしないぜ? だけど、その前に認めろ。お前がいまここで死ぬんだったらそれは、他の誰のせいでもない、全部お前自身の責任だ。自分の都合のために色んなものを振り回して、そのクセ必要以上の努力をしようとしなかった俺たちには、その結果を誰かのせいにして死ぬ権利なんてねーんだよ」


 アークは吐き棄てるように言った。


 押し黙ったハヤシダは、その場からもう、一歩も動くことはなかった。

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