第147話 この世界の主人公はお前なんだろう

 俺が撃ち込んだ『救世の槍シグルズ・エッダ』、俺がその名を呼ぶなり、それは赤い流星のように黒竜ファーブニルの頭蓋を撃ち抜いた。


 ……レギンの歌、という北欧神話がある。


 ファーブニルとはそこに登場する悪竜であり、レギンの歌とは英雄シグルズがそれを討伐する物語詩エッダである。


 で、ポイント。シグルズは魔剣グラムでファーブニルにトドメを刺すことになるのだが……その結果黄金を手にし、呪われて死ぬことになってしまう。なので、俺がこの槍の名に込めたのはその物語の全て。ファーブニルを倒すその始まりから終わりまで、何もかもを俺はこの手から放したのだ。


 ……悪竜を倒した結果なんて、そんなものは要らない。俺はただ、この世界の明日を手にしたいだけなのだ。


「物語の中に帰れ、ファーブニル」

〔グガァァァァア……ッ〕


 ファーブニルを突き刺した『救世の槍』は、冥力を急速に拡散させ、現世と冥界を繋ぐ時空の狭間をこじ開けた。ファーブニルの体はその中へと吸い込まれていく。


「じゃあな、悪竜」


 ファーブニルはこちらをにらみつけながら……消えていった。


「よし……終わった、か」


 無事に着地し、歩いてみんなの元へと戻る。ようやく一段落ってところかな。


 みんなも、思い思いに喜びを表現してくれていた。そんな中で、


「……ウソだろ」


 ハヤシダは今にも死にそうなか細い声で、目を見張っていた。


 ……というか実際に死にそうだ。なんてったって、今のコイツは俺の槍に胸を貫かれているんだから。


「スペラ、『ヒール』をお願いできるか?」

「ええ、わかりました」


 今回の一連の初期化騒動、その黒幕のハヤシダにはいろいろ訊きたいことがあった。特に、こいつは現世のこのゲームの事情をよく知ってるみたいだしな。


「──やめろ……回復するな……」


 スペラが近づくと、しかし、ハヤシダは身をよじって逃げようとする。


「おい、ハヤシダ。何やってる。そんな体で無理に動いたら」

「もう、いい。もう、死なせてくれ……俺はもう生きたくない……」

「……」


 そういえばハヤシダは突然絶望したようなこと言ってたな。『主人公が俺じゃないなら、もうどうだっていい』とかなんとかって。


「スペラ、それとみんな……悪いんだけどさ、ちょっと外してもらえないか?」


 俺はみんなに、少しだけ距離を取ってもらった。たぶん、これからする話を、ハヤシダは多くの人間には聞かれたくないだろうと思ったから。


「聞かせてくれよ、ハヤシダ。どうして世界を救済したいと願っていたハズのお前が、最後に黒竜を使った?」

「……」

「答えないか。じゃあ俺が勝手にしゃべる。ハヤシダはさ……ぶっちゃけ世界の救済とか、そんなのどうでもよかったんじゃないか? お前はただ、ストーリーを先に進めたかっただけ……違うか?」


 ハヤシダのこれまでの行動を直接見てきたわけではない。でも、考えてみれば初期化に行きつくまでの帝国の行動は、どこか淡々とし過ぎていた気がする。


「どこか作業じみていたんだよ。ゲームの最速クリアタイムを競うRTAに似てるっていうか……世界の救済にかける意思ってものが感じられなかった。誰に理解を得ようともせず、ただただひとりで突っ走ってるだけ、みたいなさ。最後の黒竜にしても、思い通りにストーリーが進まずに癇癪を起してゲームをブチ切りする子供みたいだった」

「……黙れ」

「ストーリーを黙々と進めたのは……たぶん、お前がいまの自分の立ち位置に納得いってなかったから。ハヤシダは、もっと自分が就くにふさわしい役があると思ってたんだろ」

「黙れよ……!」

「そう。お前はただただ早く──このゲームの主人公になりたかっただけなんだ」

「やめろ!」


 ハヤシダは横たわりながら必死の形相を向けてくる。その表情が言葉よりも雄弁に、俺の推測が正しいことを物語っていた。


「世界の救済っていうのはこじつけだったんだな。世界が滅びかけてる証拠なんて本当はどこにもなかった。でもあえて滅びるって断言して、信じやすい適当な証拠を用意して、お前しか世界を救えないって設定にすれば……初期化後の世界でお前が主人公になるってことに、周りは納得せざるを得な──」

「──もういいッ! もうやめてくれ……」


 ハヤシダは咳き込んで血を吐き出しながら、懇願するように言った。


「俺は失敗した……いや、結局のところ主人公になれるような設定じゃなかった」

「設定?」

「この世界はグスタフ、お前が主人公の世界なんだろ? グスタフの……いや、前世のお前の魂が報われるために用意されたものなんだろ……?」

「……は?」

「今更とぼけるなよ、お前はこのゲームのシナリオを知ってたから、魔王を倒せたんだろ? 七戦士を相手に負けなかったのだって、あらかじめレベル上げしてたからだろ? ズルいだろ、そんなの……俺は、俺だって、そういう風になりたかった……」

「……んなこと、言われてもな」

「ははっ、そんなこと言われても困るってか? いいよなぁ、恵まれたヤツは。俺は……ずっと貧乏くじばかりだ……」


 ハヤシダは皮肉げに笑った。


「俺はな……子供の頃からやりたいことなんて何ひとつ思い浮かばなかった。将来の夢を語ってるヤツらのことが、ずっと、羨ましくってしょうがなかった。夢が無いと、生きてる意味がないって言われてるみたいで……毎日毎日が窮屈だった」

「ハヤシダ、お前何を……」

「聞けよ。俺はさ、だからいろいろと興味がないなりにがんばってみた。学校で部活をやった。勉強に必死こいてみた。マンガを描いたこともあった。でもさ、それで今の俺に残ったものなんて、なーんもだ。なーんも、無かった」

「……」

「才能が無かったんだ。挑戦して失ってを繰り返すうちに大人になって、なりゆきでプログラマーになって……でも、それでも最近じゃゲームのシナリオライターになりたいって思えるようになった。だからそれも必死で勉強した。会社辞めて、ゲーム会社のアルバイトやり始めて、企画職にも少しずつ関わらせてもらって、とうとう俺の企画案が会議にかけられることにもなった……。でも、その結果がコレだ。このクソゲーが先に開発されることになったんだ……」


 いまにも泣きそうな顔で、ハヤシダが呻く。


「出資会社のコネを持ったディレクター、松谷ってヤツがゴリ押したせいで俺の企画が流れた。1年煮詰めた俺の企画はパーだ。でも、思うよ。俺の企画が本当に名作のシナリオだったら……コネなんて、ねじ伏せられたんだろうな、ってさ。分かるか、グスタフ?」

「……なにが」

「結局のところ、才能なんだ。才能が無きゃ、貧乏くじしか回ってこない。金を稼ぐ才能、スポーツの才能、勉学の才能、文章の才能、そして……自分の世界の主役を張れる才能だ。ぜんぶ、俺には無かった」


 ハヤシダは自嘲気味に笑った。


「『今この世で自分の人生を生きてる人、全てが自分の人生の主人公なんだ』ってさ、名言みたいなのがあるだろ? 笑っちまうよ。そんなの強者が吐く詭弁きべんだ。日本で、年間何万人が自殺してると思ってる? 何十万人が精神疾患になって、何百万人が自分の人生を嘆いていると思う? 主人公は、パステルカラーの錠剤になんか頼らない」

「……だから、ハヤシダはこっちの異世界で主人公になりたかったってことか? 日本じゃできなかったことを、こっちの世界でならできると思って……」

「ああ、そうさ。俺は……『とうとう俺が主人公になれる日が来た』と、そう思ったのさ」


 ハヤシダは、震える足に力を込めて、立ち上がろうとした。敵意は……もはや無いようだ。フラフラとした足取りで歩き始める。


「おい、どこへ行く……?」

「俺はもう……生きる意味を見失った……」

「……!」


 ハヤシダは、塔の頂上の端に向かって歩いた。


「ハヤシダ、お前……死ぬ気か?」

「もう、生きたくない。一生何も為せないまま生きてるくらいなら死んだ方がよっぽどマシだ……俺はもう、これ以上自分に絶望したくない」

「だからって、お前……」

「お前に俺を止める権利はない。この世界で成功したお前には!」


 ハヤシダが苦しそうに叫んだ


「なにひとつ成功できなかった俺の痛みが、苦しみが、惨めさが分かるか? 分からねーだろ? お前が『分かる』だなんて気休めをひと言でも言ってみろよ……ぶっ殺すぞ?」

「……」

「仮にここでお前に力づくで止められたとして……俺は絶対に死んでやる。必ず死んでやる……分かったら、黙ってろ」


 歩いていくハヤシダを、俺はそれ以上、追うことができなかった。


 ……だって、どうすればいい? 俺はどうしたい? 死にたいと言っているヤツに、俺はなんて声をかけて止めたらいい? 止められるものでもないだろうに。


「──じゃあ、俺なら口出しできるな?」

「えっ……?」


 俺の後ろから歩いてきたのは……元勇者、アークだった。

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