第146話 救世

「──グスタフ様、あと、少しです……!」

「ぐっ……がぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「グスタフ様っ、がんばって……!」


 俺の右手に集う赤い力、冥力。それは燃えているように熱く、かと思えば凍っているかのように冷たく、かと思えば神経を引きちぎるように痺れる、まさしく常識外れの力だった。


 ……レイア姫はあんなにも軽々と操っていたのにな。どうやら冥力と俺との親和性は低いらしい。でもまあ、それくらいいいさ。どうせこれが最初で最後だ。


「安心してくださいよ、姫……! こんな痛み、死ぬのに比べたら100倍軽いですからッ……!」


 実際死んだ俺が言うのだ、間違いない。これまでどれだけの痛みを、苦しみを経験してきたと思っている? いまさら冥界の力なんかに屈する俺じゃない。


「んがっ、んがががががぁ~~~ッ!」

「グ、グスタフ様っ! しっかり!」


 ……でも痛いものは痛いのだ。叫んでしまうのはしょうがない。


「──相棒ッ! まだかぁっ⁉ そろそろ、オレは疲れてきちまったぜェ……!」

「ガイっ……!」


 マズいな、そろそろガイが限界そうだ。黒龍ファーブニルのブレスをただひとりで押さえ込んでくれているガイの『無限光線アンリミテッド・ラディエイト』が徐々にこちら側に押し込まれてきていた。


「グスタフ様っ、できました……!」

「……ありがとうございますっ!」


 俺の右手に集中する濃密な冥力、それはまさしく槍をかたどっている。冥力の密度が高いのだろう、本物の鉄のようにしっかりとした重みを感じた。


「では、私たちで連れて行きましょうか」

「そうね。グスタフっ!」

「スペラ、ニーニャ……! ケガはっ?」


 俺の隣にやってきたふたりは同時に頷いた。


「チャイカさんに貰ったポーションのおかげで、全快とはいきませんが」

「戦える程度には回復したわ。最後の仕上げって場面で、アタシたちが寝てなんかいられるわけないじゃない!」


 ……頼もしい限りだ。それに、なんだろうな。なんでかすごく懐かしい気持ちになる。


「そういえば、この3人でドラゴンに向かっていくのは2回目、だな」

「……ああ、青龍」

「確かにいましたね、そんな巨大ヘビが」


 あの時も相手のレベルは格上だった。ひとりじゃ到底勝てなかったろう、それでも俺たちは3人で勝ってみせた。


「俺たちは強い」

「当然よ」

「しかも今度は3人じゃない。支えてくれる仲間がたくさんいる」

「じゃあもっと強くなってしまいますね?」


 その通り。


「また頼むよ、ふたりとも。この槍をあの黒龍に突き立てたい」

「了解。スキル『気配遮断・全』」

「私たちが全力でグスタフさんを運びますよ……『フライ』」


 俺たちの体が浮かぶ。そして、ガイたちの横を迂回するようにドラゴンへ向かって飛ぶ。


「……近づけば近づくほど、禍々しいヤツね……!」


 ボソリとニーニャが呟いた。スペラも完全に同意って感じでコクコク頷いている。


「まったくです。こんなモンスターが眠ってて、これまでよく帝国は無事だったものですね」

「まあ、キーアイテムさえ集めなければ絶対に目覚めることもなかったんだろうな」


 ……こんなモンスターが眠っているということに関しては王国も他人事じゃない。いつか本格的に対策を考えなければならない時が来るのかもしれないな……。今日のこの日を越えた、どこかの未来で。


「接近しますよ! グスタフさん、覚悟はっ⁉」

「とっくのとうに!」


 先頭でスペラがシールドを張りつつ、突撃するようにドラゴンの側頭部へと向かっていく。ニーニャの『気配遮断』スキルのおかげで気づかれてはいない。


 ──しかし。


「なっ……!」


 スペラのシールドが砕けた。俺たちを襲ったのは、空気圧のような謎の力。


「なに、これっ……! アタシのスキルも解けたってことは、攻撃っ⁉」

「いや、たぶんブレスの余波だっ!」

「余波だけで攻撃判定があるの何なのっ⁉」


 文句を言いたくなる気持ちは分かる、が、そんな暇はない。


 ギロリ、と。ドラゴンの眼がこちらを向き、ブレスが止んだ。


「──グスタフッ! ここはアタシたちが!」


 ニーニャが影分身を発動し、スペラが巨大な魔術攻撃を飛ばして、ドラゴンの気を引こうとする。


 だが、ファーブニルは俊敏に上空へと逃れると、俺たちの居る真下をにらみつけた。


「マズい……! あの位置からのブレスはっ!」


 いま撃たれたらニーニャたち全員が巻き込まれるっ! 急ぎ、俺は空を翔けて近づこうとするが、


〔グガァァァァァァァァア──ッ!〕

「ぐっ……⁉」


 ……近づけないっ! ファーブニルの咆哮ほうこうは音圧となって、俺の体を地上へと押し返そうとする。


 その間にも、その口元には新たなブレスが……最初に見せたのと同じ、強力無比な黄金色の攻撃がチャージされていく。


「クッソォォォォォォッ!」


 踏ん張りの効かない空中で俺は負けじと声を張りながら、少しずつ、少しずつ進むしかない……けれど、ダメだっ! これじゃ間に合わないっ!


 ……なにか、別の方法を──


「真っ直ぐだよ、グフ兄ッ!!!」


 俺が別の方法を取ろうと、進むのを諦めようとするその1秒前。俺の横を1本の極大の魔力矢が駆け抜けていく。


「これ……ヒビキッ⁉」

「行って!」

「……ああ! ありがとう!」


 魔力矢の後を追うようにして、俺は全速力で空を飛ぶ。体が軽い。矢はファーブニルの咆哮を、空気抵抗を、俺の障害なにもかもを引き裂くように一直線に飛んでいく。


「辿り着いたぞ……ファーブニルッ!」


 黒竜を越えてその頭上まで飛んだ俺は、狙いを定めて槍を振りかぶる。


 ……悪いな、ラスボス。どうせ会うなら正規の手順を踏みたいところだった。


「──グスタフ様ッ、槍の名前をッ!」


 地上からレイア姫の叫んだ声が聞こえる。俺は頷いた。


「俺たちの槍よ、ただのこの1度きりでいいッ! その力を──!」


 ……きっとここでファーブニルをなんとかしても、いつか世界の崩壊は訪れるのかもしれない。だけど、それは今じゃない。


 その時が来たら、きっとこの世に生きる俺たちがこれから必死で生きて足掻いて、自分たちの力で立ち向かってみせよう。だから今は、冥界の槍よ、俺たちに力を。


 目には目を、歯には歯を、チートで召喚された黒竜にはチートで創られた槍を。


「──いけっ、『救世の槍シグルズ・エッダ』ッ!」


 振り下ろされた槍がその力を解放するように巨大化し、流れ星のようにファーブニルの頭蓋を撃ち抜いた。

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