第140話 努力の報い

「うりゃぁぁぁあああ!」


 ガイの光線に運ばれて、塔の頂上を突き抜けんばかりの勢いで宙を飛んでいた俺は、眼下に広がる光景を一瞬で把握しようと努める。


 ……スペラさん、ヒビキ! 倒れてるが……大丈夫だ、【声】が聞こえる。ってことは、生きてる! それであそこにいるのはニーニャと……⁉


「レイア姫っ⁉」

「グスタフ様っ!」


 ガイの体から飛び降りて、塔の頂上へと着地する。


「姫……姫ッ! よかった、まだ冥界にいるものかと……!」

「グスタフ様も、よくぞご無事で。私のことはニーニャさんが」


 俺が駆け寄ろうとすると、しかし。


「──待ちなよ、そこで止まるんだ」


 槍の戦士ハヤシダが、レイア姫に向けて槍を突きつけた。俺はピタリと立ち止まる他ない。


「……なるほどな。これは想定外だ。グスタフ、まさかあんたたちが獣の戦士ジンに勝つとはな」

「なっ⁉」


 杖の戦士シンクが目を見開いた。


「嘘だろ……? アイツに勝つとか、いったいどうやって!」

「確かにグスタフひとりじゃ無理だろう。だけど……」


 ハヤシダがグスタフの隣に目をやった。そこへと、砲の戦士ガイが青い光線を噴出させながらゆっくりと降りてくる。


「七戦士最強の矛であるガイくんの協力があれば話は別だ」

「あ、オレ? オレはなんもしてねーよ」


 ガイが手を横に振って否定する。


「ジンを殺ったのはグスタフだぜ。こいつぁ強ぇぞ、槍の戦士よ」

「ふん……まあ今さら真実はどうだっていい。ともかく、ガイくん……君は俺たちを裏切ったってことで合っているか?」

「どいつもコイツも同じことを訊きやがる。オレがグスタフの隣にいることがなによりの答えだろーが」

「……そうかい。残念だよ」


 ハヤシダとシンクが、レイアとニーニャを挟むように立った。


「ガイくん、それにグスタフ。ふたりとも、そこを一歩たりとも動かないでもらおうか。動けば姫殿下とそのお付きのニーニャさんの命の保証はしかねる」

「人質、ってわけか……はじめましてのタイミングでそれは印象最悪だね、槍の戦士ハヤシダさんよ」

「グスタフ……常々、君には悪いことをしてると思ってるよ」


 ハヤシダは目を細める。


「だがこれも世界の救済のため。その実現のためであるならば、どれだけ卑怯と罵られようとも、俺はこの手を汚してみせよう」

「世界の救済、ねぇ……初期化が。よく分からないな、俺には」


 レイア姫たちの安全が第一だ。なるべく相手を刺激したくはない。とはいえ、間を持たせるためにも喋らないわけにもいかない。俺は槍を肩に、その時が来るのを待つ。


「……君には説明していないからな、分からないのも無理はない。こちらが説明することで納得して引き下がってくれるのであればそうしたいところだけど……」


 ハヤシダはジロリと姫たちを見やる。


「先ほど彼女たちにこちらの想いを裏切られたばかりでね。さすがに二のてつを踏むわけにはいかない」

「ああ、気を付けた方が良い。姫もニーニャも俺たちが及ぶべくもないくらいに頭がいいから、話に乗ったら最後だ」

「ご忠告感謝するよ……君が来てしまった時点で手遅れだったけどな」


 苦笑するハヤシダに、俺もドンマイとばかりに笑みを送る。


 ……さて、いい具合に時間が稼げているな、なんて思っていた時だった。


「……タフ、……スタフ」

「?」


 まったく【声】のしない方向から、おかしな声が聞こえてくる。振り返ると、そこにいたのは……異形。


「……まさか、剣の戦士レント……なのか?」


 それは折れた剣を片手に持ち、ひしゃげた顔面に辛うじて覗ける虚ろな双眸そうぼうで俺を見やる死体だった。かつての鼻にかかるような厭味ったらしさはどこにもない。


「……タフ、……グス……タフ」


 うわごとを呻き、ヨタヨタと向かって来るその姿はまさしくゾンビと呼ぶにふさわしいものだった。


「まだ動くとは思っていなかったけど……ちょうどいい」


 ハヤシダがほくそ笑んだ。


「グスタフ、そこから一歩どころか指ひとつ動かすんじゃない。もし少しでも動けば姫殿下を殺す」

「はぁっ⁉」

「どうしようかなと思っていたところなんだ。どうやって君たちを排除しようかってね。君のことを警戒していると、こちらからも手を出せないからさ。だから……君はそのレントくんに殺されてほしいんだ。たぶん、迷いなく君に襲い掛かるだろうし」

「……なるほどな」


 ハヤシダの言う通り、レントの死体は気絶しているヒビキやスペラたちに目もくれず、俺に向かってやってくる。よっぽど憎まれているらしい。


「……タフ、……グス……タフ、……グスタフ……!」


 わなわなと、レントの体が震えた。


「グスタフ! グスタフ! グスタフゥゥゥゥゥゥッ!!!」


 折れた剣を構え、レントの体が俊敏に動き始める。死体となり果ててなお、元のステータスは維持されたままらしい。


 ……しかし、なんだ。レントの動きを見て、思う。


「お前……前に会った時より、動きが洗練されているな?」

「グスタフ! コロス、コロス、コロスゥゥゥゥゥッ!!!」

「見れば分かるよ。努力したんだな。ユニークスキルにあぐらばっかりかくヤツなのかと思ってたけど……ちょっと違ったみたいだ」


 振りかぶられた剣が俺めがけて振り下ろされてくる。


「今となってはだし、どう考えても話を聞かなかったお前が悪いけど、それでももっとちゃんと話し合えてればな……ゴメンな」


 俺は、動いた。レントの一撃をかわし、その体を抜き去って背後に立つ。


「さよならだ」

「グス……タ……!」


 レントは俺の『千槍山』に串刺しにされ、直後に放った『威氷イザミ』によって氷漬けにされて完全に動かなくなった。


「……グスタフ、お前、【動いた】なッ!」

「お前に動くなとは言われたけど、俺は動かないとは言ってないからな」

「このっ……ただの脅しじゃないんだぞッ!」


 ハヤシダの槍が一直線にレイア姫へと向かう。俺は駆けた。


「バカめッ! 間に合うわけあるかッ!」


 振り下ろされた槍は躊躇なく姫へと迫る。でも……大丈夫だ。俺は知ってる。レイアを必ず守りたいと思ってくれているのは俺だけじゃないってことを。


 ──ガキンッ! と、姫の前に突然現れた大きな盾が、ハヤシダの槍を弾いた。


「はっ……?」

「この不届き者が……! 我が最愛の主君に槍を向けるとは!」

「なっ……にぃッ⁉」


 王国カイニス領地を治める伯爵であり、レイアを深く愛する女、チャイカ・フォン・シューンブルーマン=カイニスその人が、まるで最初からそこに居たかのようにレイア姫たちの前に立って、ハヤシダをにらみつけていた。

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