第139話 冥界からの帰還者
レイアの体から、パッと冥力が弾け散る。髪の色がまるで雪が融けるかのように白から元の綺麗なブロンドへと戻っていく。
「……レイアっ?」
その両肩を掴んだまま、ニーニャはレイアの顔を覗き込んだ。赤く開かれた瞳はそこにはない。いつものようにその目は閉じられていた。
「……ニーニャ、さん」
「レイアッ! レイアなのねっ⁉︎」
「はい、ニーニャさん。私です。レイアです。戻って、これました……!」
「やった……! やった!」
「ありがとう、ありがとうございます、ニーニャさん……! あなたのおかげです……!」
「何言ってんの。アンタが頑張ったからよ」
ふたりは互いを抱きしめ、しかし、そのまま力尽きるように地面へと膝を落とした。
「くっ……」
「ニーニャさん、そうだ、お腹の傷はっ⁉」
「大したことないって。アンタだって、顔が青いわよ……だいぶ無理したのね?」
「私は、これくらいなんとも……」
「──感動の再会シーンに水を差すようで悪いんだけどさ、互いを心配し合うだけ無駄なんじゃないかなぁ?」
ふたりの元へと、杖の戦士シンク、そして槍の戦士ハヤシダが歩んでくる。
「さっきの共闘で、まさか僕たちとの戦いが終わったなんて思ってやしないだろうね? あれはあくまで一時的なもの。アイツが邪魔だったから手伝ってやっただけだってことを忘れるなよ?」
「そもそも共闘なんてしてないわよ。アンタたちが勝手に手を出してきただけでしょ」
「はぁッ? 僕の協力がなきゃアイツに近づけもしなかっただろお前! それをなんて言い草しやがる!」
「協力?」
怒鳴るシンクへとニーニャが鼻で笑って返す。
「ハデスに脳足りん扱いされるだけあって理解力が足りてないわね。アンタたちじゃ手も足も出ないからアタシを手伝わざるを得なかっただけでしょうが。笑わせんな」
「このっ……!」
「──落ち着け、シンクくん」
憤りのままに前に出ようとしたシンクを、ハヤシダが片手で制する。
「別に俺たちは彼女らに恩を着せようと思ったわけじゃない。ただ利用できそうと思ったから利用しただけさ。それは彼女たちも同じ……割り切って考えよう」
「……それはそうだけどよっ! あんな生意気な……」
「まあ、ちょっとこらえてくれよ」
ハヤシダはひとり、ニーニャとレイアのすぐ側まで歩み寄る。身構えるニーニャたちだったが、しかしハヤシダは何もせずに、座り込むニーニャたちと目線を合わせるように屈んだ。
「なあ、もう争いはこれまでにしないか?」
「……なんですって?」
「正直さ、俺は別に最初から誰かと戦いたいわけじゃない。ましてや殺しなんてしたくもなかった。どちらかと言えば平和主義的な人間さ。ただ、どうしてもこの世界のために必要だった。だからそうするしかなかったんだよ」
ハヤシダは小さくため息を吐いた。
「いまさら君たちを殺そうとした行動を否定するつもりはない。俺は確かに君たちを殺そうとした。ただそれは俺の私怨ではないし、君たちを傷つけること自体が目的でもない」
「……槍の戦士、ハヤシダさんでしたね?」
レイアが訝しげな声を出す。
「あなたはつまり、何が仰いたいのですか?」
「つまり、単刀直入に言うならば、降伏してくれ」
「はぁっ⁉」
ハヤシダの率直なその言葉にニーニャが噛みつこうとするが、レイアがそれを止めた。
「ニーニャさん、あまりしゃべり過ぎないでください。傷口に障ります」
「……くっ」
「お話は私に任せてください」
安心させるように微笑んだレイアに、ニーニャは口を
「……続けてもいいかな、姫殿下?」
「ええ、失礼しました。お願いします」
「俺たちは常に人殺しを
「……その提案による私たちのメリットとは?」
「メリット? そんなのあえて挙げるまでもないと思っていたが、そうだな……」
ハヤシダは指を3本立てた。
「ひとつ目、姫殿下とニーニャさん、スペラさん、キサラギさんの4人がこの場で死ぬことはない。ふたつ目、初期化によって君たちや世界の多くの人々が救済されることになる。みっつ目、この提案が現状で圧倒的有利な立場にある俺たち側から出されているという事実。頭の回転の速い君たちなら分かるだろう?」
「そうですね……確かにこの提案であなたたちが新たに得るものはゼロに近い。むしろ私たちに配慮した提案ですらある。そこに嘘や虚実を混ぜる必要はない……そういうことですね」
「理解が早くて助かるよ。それで、どうだろう? この提案を受けてくれるのであればニーニャさんやスペラさん、キサラギさんの治療もしよう。もちろん武装解除はしてもらうが」
「……」
レイアは俯きがちに、少し考え込むようにして時間を使う。
「そんなに悩むようなことかい?」
「私たちの身の安全が保障されるということは分かりました。しかし、初期化が行われてしまった後についてはどうなのでしょう? 『君たちや多くの人々が救済される』とあなたは仰いましたが……『君たち』という言葉はどこまでを含むものなのですか?」
「どこまで、というと?」
「王国の人々を含みますか? それとも帝国の人々だけですか? また、人々の定義も大事です。一般人だけでしょうか、兵士も含みますでしょうか?」
「世界、と言ったはずだが。帝国も王国も、それ以外の国もすべての人々を含んでいるよ」
「救済の詳細について教えていただいても?」
「……おいおいおい」
ハヤシダは困り顔で苦笑する。
「ちょっと待ってくれ姫殿下。君たちは少し分をわきまえるべきじゃないか? もうこちらがだいぶ譲歩しているということは伝わった認識だったんだが?」
「分をわきまえる……ちょっとした契約の確認に過ぎないつもりだったのですが」
「今の君たちはそれを確認したとしても、嫌だったからとて否定できるような立場じゃあるまい? 否定したら俺たちに殺されるしかないのだから」
「……そうですね、確かにその通りです」
首肯するレイアに、ハヤシダはホッと一息を吐いた。
「じゃあ、降伏してくれるということでいいな?」
「その前に、捕虜の待遇についての説明をしていただいても?」
「──ハヤシダッ! もういい、ソイツらぶっ殺そうッ!」
杖の戦士であるシンクが
「シンクくん……」
「ナメられてるんだよ僕たちは! さっきからのらりくらりと、くだらない質問ばかりを繰り返してさ! ソイツらに降伏の意思はない!」
「とはいえ、なぁ。できる限り人殺しは避けたいところなんだが」
「所詮NPCだろうッ⁉ ハヤシダがそう言ってたんじゃないか! この世界で本当の人間だと言えるのは僕たち7人だけだって!」
「……まあ、そうだな」
ハヤシダは屈めていた膝を伸ばして立ち上がると、携えていた槍先をレイアに向けて構えた。ニーニャが、レイアを庇うように前に出る。
「フン……平和的解決をそっちから求めてきたクセに、コロコロと主義が変わるのね?」
「平和主義は変わっていないさ。ただ、君たちに降伏の意思が見られないなら仕方のないことだろう?」
「議論はまだ半ばってところに感じたけれど? 時間がかかりそうで面倒になったから投げ出したようにしか見えないわね」
「……時間は有限だ」
「そうね、有限ね? 初期化までの時間はあと……20分か。20分もあるのにね。『俺は平和主義的な人間さ』なんて言っておいて、結局その程度の心構えか」
バカにするように鼻で笑ったニーニャへと、温厚で通していたハヤシダの眉が少し吊り上がる。
「何が言いたい?」
「言葉通りよ。議論も尽くさずに、面倒だからって投げ出す程度の主義主張しか持ってないってわけね。ソイツがもたらす世界の救済……ある意味どんなものか興味が出てきたわ」
「……
「癇に障るのはアンタ自身に心当たりがあるからじゃなくって? アンタは自覚してるのよ。アンタの提案ぜーんぶ、アタシたちを思いやってるとか平和主義を貫こうとしてるとかじゃなくって、アンタ自身がアタシたちを殺すことへの罪悪感を薄めたいだけのためのものだって」
「……」
「っていうことはさ、」
黙り込んだハヤシダに、ニーニャは追い打ちをかけるように言う。
「アンタが大義名分として掲げてる世界救済とやらも、結局のところは【アンタ自身のためのもの】ってだけだったりして……ね」
「聞き逃せないな、それは」
ハヤシダが槍を握る手に力を込めた。
「もう、充分だ。俺たちは君たちに対して歩み寄った。その結果が……コレだ」
「ふん……」
ニーニャは鼻を鳴らすと、レイアへと振り向く。
「なんかまだ話し足りないことってある?」
「……いいえ、ニーニャさん。もう充分です。私の意を汲んでくれてありがとうございます。もう充分に【時間を稼ぐこと】ができました」
レイアは満足げに微笑んだ。
「間に合いましたよ」
レイアがそう言った直後、
「──うりゃぁぁぁあああッ!!!」
塔の頂上、その入り口からレイアたちが聞き慣れた大声と共に、複数の影が飛び出した。青い光線を後ろに噴出させて、ロケットのような勢いで。
「お待ちしておりました、グスタフ様」
槍を片手に塔の頂上へと着地したのは、冥界からのもうひとりの帰還者──グスタフだった。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
先日より以下の新作の異世界ファンタジー小説の連載を始めました。
タイトル:
魔王軍の落ちこぼれ四天王に転生したので最弱なりに知恵で勇者たちを倒してたら魔王女に惚れられました。他の四天王たちには悪いんだけど多分あと1000年はお前たちの活躍は無いと思う。
小説リンク:
https://kakuyomu.jp/works/16817330651302563420
ぜひぜひ1話だけでも読んでいっていただければ嬉しいです。
以上宣伝でした。
それでは、次の火曜日の王城モブ衛兵もよろしくお願いいたします!
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