第137話 裏切りの戦士

 白い巨塔の頂上、そこでは絶えずに赤い冥力の光が瞬き続けていた。


「クハハッ! ユニークスキルが通じなければ所詮その程度か、七戦士っ?」

「ぐっ……!」


 そのハデスの哄笑こうしょうに槍の戦士ハヤシダ、杖の戦士シンクは一様にその表情を歪めた。一向に攻撃が届かないどころか、ハデスによる攻撃によってまるで近寄れもしないでいる状況が続いていた。

 

 だが、唯一、


「らぁぁぁッ!」

「おっと……」


 ハデスは背後から忍び寄っていたニーニャをかわす。

 

「レイアぁぁぁッ! そろそろ起きなさぁぁぁいッ!」

「無駄だニーニャ。聞こえんよ」


 ハデスは空中に冥力で床を階段状に形成して逃れると、余裕そうに鼻で笑う。しかし、ニーニャ、スペラ、ハヤシダの3人は薄々と感づいていることがあった。


「ニーニャ、あのレイア様モドキの反応……」

「ええ、分かってるわ。アイツ、【アタシとスペラ】に対してだけは決して攻撃してこない」


 ニーニャがスペラと耳打ちをしているところへと、またしてもハデスに攻撃を弾かれたのだろうハヤシダがたたらを踏みながらも接近してくる。


「なぁ、王国組さん。アンタたちが囮になってくれないか?」

「はぁ?」

「あの自称破壊神、なんでかは知らんがアンタたちを傷つけることをまるで恐れているみたいだ。このままじゃジリ貧だし、協力プレイといこう」

「ざけんな」


 ひと言で片付けるニーニャにハヤシダが眉をひそめる。


「スペラさんもそっちのニーニャさんと同じ意見かい?」

「ええ。概ねは」


 冷ややかな視線でスペラが応じる。


「そもそも共闘なんてしているつもりはこちらにありませんから。だいいち最終的な目的が一致していない相手に背中など任せられないでしょう? ましてや帝国を裏切ったあなたたちになど」

「耳が痛いな。だがそれには理由があって」

「どんな大義名分があろうとも、【裏切り】という手段を用いるあなたの本質を信用できないという話です」

「……そうかい。残念だよ。でもそうするとおたくらの目的も達せない。姫様、取り戻せなくなっちまうんじゃないか?」

「脅しのつもりですか」

「……いや」


 スペラに向けられた極寒のまなざしに、ハヤシダは一瞬硬直する。が、すぐに視線を逸らして言葉を続けた。


「単なる事実だろ。互いに譲歩がない中じゃ、これ以上先の展開は望めないぞ?」

「そう思うならあなたたちが勝手に私たちへと歩調を合わせなさい。命がけで私たちの活路を開くのです。そうすれば私たちがレイア様を取り戻してみせます」

「……はぁ、そうなるのか。嫌われたもんだ」


 ハヤシダが重たくため息を吐いていると、


「クハッ、クハハッ!」


 ハデスが愉快そうな笑みを向けてきた。


「貴様ら、クハハハッ! おいおい、最高におもしろいぞ!」

「なんだってんだ」

「貴様らがオレに夢中になっている間に、クハハハッ! 剣の戦士が死んでるぞっ⁉」

「なっ……」


 全員の視線が先ほどから座り込むようにして倒れていた剣の戦士レントの方へと向く。確かハデスに喉元を斬られ、大量に出血するその傷口を押さえていたはずだ。

 

「……」

「……レントくん?」

「…………」


 ハヤシダの問いかけにも返事はない。顔を青白く、両手で首元を押さえたまま、レントは果てていた。


「クハハハハハッ! まるで喜劇だ! 戦いの渦中にありながら誰にも悟られず死ぬとは、それはいったいどんなギャグなんだっ? 滑る前提の1発ギャグかなにかかっ?」

「……人の死を、嗤いやがって……!」

「そりゃ嗤うさ。剣の戦士の立場も考えてみろ? 大怪我を負っているのに仲間のはずの貴様らは目先の目的ばかりを優先し、一向に助けにも来ず、独り静かに刻々と迫る死の瞬間を恐れながら死んでいったのだぞ? なんと憐れで面白いことか。これを喜劇と言わずして何と言う?」

「……俺たちは、ただ……!」

「【世界の救済】の方が大事だから、か? 別に優先順位はオレの知ったことではない。貴様がそれでいいならいいさ、【裏切りの戦士】よ」

「……!」


 ハヤシダの表情が歪む。いっそう、ハデスの笑みが深くなった。


「クハッ、ずいぶんとその役が板についてるではないか。貴様はいったいいつからどれだけの数の他人を裏切った? 裏切ったのは他人だけか?」

「……黙れ」

「これが本当に喜劇なら、オチはそうだな……貴様は結局、自分自身さえも──」

「黙れと言っている!」


 ハヤシダは今までにない形相でハデスへと向かっていく。


「……スペラっ!」

「はいっ!」


 怒りのままに突き進むハヤシダの背中に潜むようにして、ニーニャたちもハデスへと迫る。


「おっと、貴様らの相手にはちょうどいいヤツがいるんだ」


 ハデスがほくそ笑んでパチンと指を弾くや否や、突然、ニーニャたちの側面にソレは現れた。


「──危ないッ!」


 スペラがニーニャの背中を押した。その直後、ザシュッと。折れた剣で、屍となり果てたハズの剣の戦士レントがスペラの体を斜めに斬り伏せた。


「スペラッ!」

「……ッ!」


 スペラがその場に力なく膝を着く。レントは無感情に、折れた剣を水平に振りかぶった。そしてそれを思いっきりスペラの首筋へと、


「させないッ!」


 ニーニャが体当たりするようにレントの腰へと突っ込んだ。剣の刃先の狙いはズレて虚空を斬る。レントはそのまま尻もちを着いた。


「スペラ、スペラッ!」


 その隙にニーニャはスキル『身体強化』でスペラの体を遠くへと、ヒビキの倒れる場所まで運ぶ。


「アンタ、ばかっ! ごめん、アタシを庇って……!」

「……これでも、年長者、なので」

「傷はっ⁉」

「剣の戦士の持つ剣が、折れていたのが、幸いでしたかね……」

「見せなさいッ! ……ッ!」


 スペラの軽口と裏腹に、体を斜めに切り裂くようなその傷はやはり深かった。とっさに腰のポーチを漁る。しかし、ポーションはとうに尽きている。


「……アンタはここで、全力で傷を治していてッ!」

「ですが……」

「異論は認めないわ。残ってる全魔力を集中させなさい!」

「……すみません」

「謝んな、ばか」

 

 ニーニャは腕をまくって、大きく息を吐き出した。


「スペラのことも必ず助ける。レイアも必ず助けてくる。アタシを信じてなさい」

「……はい、頼みます」


 スペラはそうとだけ言い残すと、まるで息を引き取るかのように目を閉じた。もちろんその生気はニーニャには感じられた。言われた通り、スペラは全魔力を傷への『回復ヒール』に集中させているのだろう。


「……で、アンタはなんなわけ?」

「……タフ……タフ」


 剣の戦士レントはうわごとを繰り返し、うつろな目でニーニャを見ていた。その体からは僅かに、赤い光が漏れ出ている。


「アイツの使っていた冥力と同じ色……つまり、死体を動かしてるってことかしらね」

「クハハッ、その通り」


 ハデスは槍の戦士と杖の戦士をあしらいながら笑う。


「いい人形が手に入ったものだ。ニーニャ、貴様はソイツと遊んでいろ」

「……悪趣味極まりないわね。反吐が出る」


 折れた剣をいびつな動きで構えるレントに、ニーニャは顔をしかめた。


「アンタなんて相手にしてるヒマ無いの──よッ!」


 レントを無視してハデスへと向かうニーニャだったが、それと同時にレントも駆け出してニーニャのすぐ後ろにぴたりとついてくる。ニーニャが地面を蹴り出す足首を掴もうとでもするように、手を伸ばしながら。


「あーもうッ! 面倒ねッ!」


 ジグザグとレントを振りきるようにニーニャは屋上を駆け回る。レントが振り払われないようにとその後を追う。


「……いいわっ、アンタがどこまでもついてくるってんならッ!」


 ニーニャは、全速力のまま槍の戦士ハヤシダの背後へと迫る。


「槍の戦士! 身内の不始末は、身内で片付けなさいッ!」 

「はぁっ⁉ ……ああ、そういう!」


 ニーニャがハヤシダの脇を抜けた、その直後


「スマンな、レントくんッ!」


 ハヤシダの振るった槍の柄が、追尾式ミサイルのようにニーニャの後ろを走っていたレントの顔面に直撃してその体を吹き飛ばした。

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