第136話 上へ
「なあグスタフ、貴様はバカなのか?」
「シクシクシク……」
俺たちは早々に中階層を後にしてこの巨塔の頂上を目指す──はずだったのだが、しかし俺はチャイカに罵倒されながら手のひらの傷を始めとした体の各部位の治療を受けていた。
「体に受けた打撲などの方はまだいい。だが何故毒武器を生身で受けるんだ。死ぬってことが分からないのか?」
「いや、こちとら1回生き返ってるし、何とかなるかな……って」
「なるかっ!」
戦闘の直後ということでアドレナリンも大量に分泌されており、痛み自体は無視できていた俺だったわけだが、どうにも気分が悪かった。ああ、やっぱりこの禍々しいナイフには毒が付いていたわけか、とナイフを引き抜いてこれ以上毒が全身に回らないようにと上腕からの圧迫止血を試みたが体調は改善しない。しまいには倒れそうになったところに、ポーションで全身の傷を回復したチャイカが駆け寄って来てくれたのだ。
「私がたまたまポーチに解毒用ポーションを入れていたからよかったものの……だいたい、毒の成分によってはこれすら効かない可能性もあったのに」
「面目ないです……」
「このドアホめ」
再三貶されれながら、手のひらの傷にもポーションをかけてもらう。次第に穴の空いていた傷も回復していった。
「お前はこれから毒殺に気を付けることだ……どのような武人であれ、どのような鈍感ド阿呆であれ、毒物には敵わないのだから」
「心に刻んでおきます」
鈍感ド阿呆とは特に俺のことを指して言っているような気がしたが、まあそこは言われてしまうだけの迷惑をかけてしまったということもあるので粛々と受け止めることにする。
「おーい、グスタフ! あったぞ、お前の槍~!」
「おっ、マジか!」
そんな針のムシロを吹き飛ばすような陽気さで、ガイが槍を片手にやってきてくれる。そのメカニックなフォルム、柄の半ばに備えられたフラスコのような充填装置は間違えようもない。俺の愛槍──充填式雷槍・改だ。
「まあ見つけたのはいいんだがよぉ、なんかコイツ……ちょっと焦げてるぜ?」
「あー……マジか」
受け取った槍を見ると、確かにその充填装置部分が黒ずんで焦げ臭いニオイを放っていた。どうにも、内部の導線が熱で溶けてしまっているらしい。
「冷却時間を置かないでフルチャージ2発撃っちゃったからな……」
「壊れたのか?」
「ああ。残念だけど」
ついため息が出てしまうが、まあ壊れてしまったものは仕方がない。
「まあ、なんとかなるだろ」
「おっ、そういう前向きなところ、オレは好きだぜっ!」
「寄り過ぎだ! 近い近いっ!」
なんだかやたらと肩を組もうとしてくるガイを押しやって、俺は立ち上がった。
「よし、今度こそ行こう。割と時間を喰ってしまった。チャイカさんはもう大丈夫?」
「ああ。充分に休めたし、さっき程度の傷は日々前衛を務めている私にとって日常茶飯事……は言い過ぎにしても、まあ慣れてはいる」
カイニス北部国境の戦争において、強力無比なガイの攻撃を正面から受け止めることのできたチャイカの言うことだ、誇張ではないだろう。現にどっしりと構えて立つその姿から先ほど負ったはずのダメージは微塵も感じられない。
「で、コイツの処遇をどうするか、だが」
チャイカは足元で未だ気絶して転がっている隠の戦士オトナシを一瞥する。
「息の根を止めておいた方がいいと思うか?」
「いや、もう脅威じゃない。放って置こう」
その判断に特に迷いはない。
「殺さないと倒せない相手ならまだしも……生身で雷の直撃を受けたこいつはさすがにしばらくは動けないよ。全部が終わった後で、ちゃんと捕まえたい。なにも殺すことだけが解決策じゃないんだから」
「うむ、それなら異論はない。私たちは神でも殺人鬼でもないのだから。目下の障害にならないのであれば、後は法によって裁かれるべきだ」
「というわけで、今はとにかく上に向かいたいワケだけど……」
チラリとガイを見る。
「俺とチャイカさん、ふたりともお前に乗れるのかな?」
「いや、さすがにキツいって」
ガイが苦笑した。
「この伯爵サマだけでもだいぶ重かったってのに……」
「あァ?」
「……伯爵サマの『装備』がだいぶ重くってだな」
言い直したガイを、それでもチャイカは割と本気でにらんでいた。
「で、ともかくどうするよ? オレが運んでいけるのはどっちかだけだぜ?」
「……まあ、そうなれば仕方あるまい。悩んでいる時間もないことだし、不本意だが行くべきは私よりも貴様だろう、グスタフ」
ガイもそれに頷いた。
「俺もそう思うぜ。上の戦況がどうなってんのかは知らねぇ。だがよ、お前の力はどうにも欠けちゃいけないもののような気がする」
「……ありがとう。ふたりとも。俺もどうしても行きたいと思ってる」
「フン、とっとと行け」
チャイカは鼻を鳴らして返す。
──と、そんなところへと。下の階層へと続く扉が、突然開いた。
「……へ?」
「「「え?」」」
みんなから間抜けた声が出る。勇者アーク、その男が魔術『フライ』によって宙に浮いた状態で俺たちの前に姿を現していた。
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