第135話 復活
それはとても、不思議な感覚だった。
「──誰が大切なものかっ! グスタフは私の恋敵だぞ!」
そのチャイカたちのやり取りは全て聞こえていた。肉体へと魂が還ってきてから、もう早々に意識はある状態だった。なのに、体は動かなかった。それどころか目すら開かない。
「──喰らえよオレの『
ガイやチャイカが俺を守るために懸命に戦ってくれているのが分かった。守られるだけしかできないことがものすごくもどかしい。
「──微かに姫の気配がする」
……そうだ、姫。レイア姫はどうした?
いや、自問するまでもない。分かってる。姫はとても遠く暗い場所にいる。姫は俺だけをそこから送り出した。とても悲しい笑顔で。
……体はまだ動かせない。だけど、それがどうしたというのだろう? 意識はある。なら、できることはあるだろう。それはつまり──。
──動け動け動け動け動け動け!
──起きろ起きろ起きろ起きろ!
──立て立て立て立て立て立て!
ただの気合い、されど全力の気合いだ。
……レイア姫の言っていた通り、体が回復してきているのを感じる。手足に力が満ちている。指先に意識を集中させる……微かに動いた。
「……~~~~~!」
五本の手の指を、足の指を、腕を、脚を、背筋を、腹筋を、意識して動かした。
「~~~~~だぁッ!」
目も開いた。ショートランスを握ったまま、手足に力を込めて起き上がる。目の前でチャイカが俺を守るように背を向けていた。
「ようやく……俺も戦える……!」
「おっ、お前……!」
チャイカが目を丸くして俺を振り返った。その体はやはり、ボロボロだ。
……申し訳ない。俺を守るためにこれほどまでにケガをさせてしまった。だが、チャイカはひとりの騎士。彼女は彼女自身へと誓いを立てて俺を守ろうと決めたのだ、それに対して俺が勝手に謝罪するなんておこがましいことだろう。
「ありがとう、チャイカさん」
だから俺が口にするのは感謝の言葉のみ。あとはその献身に報いる行動を見せる、それだけだ。
「あとは全部、俺に任せてくれ」
チャイカの体を支えつつそう言うと、彼女はフッと笑った。
「また良いところだけ持っていくつもりだな、子爵のクセに……」
「伯爵様は後ろでドンと構えていてくださいよ」
「ふん、まあいい。私は少し疲れた。あとは任せる」
チャイカは少し後ろに下がって座り込むと、ポーチからポーションを取り出して口をつけた。
「──グスタフー--ッ!」
少し離れた場所にいたガイが、ぶんぶんと大きく手を振ってきた。
「お前ってやつはよぅッ! どうしていつもそんなにオレの心を震わせてくれるんだッ!」
「いや、知らんが」
「ツレないこと言うなよなぁ、オイ!」
「……感謝してるよ。守ってくれてありがとな」
ガイにそうとだけ言うと、俺は後ろを振り返りざまにショートランスを振るった。
──ガキンッ! と鈍い音を響かせて、俺のショートランスが気配を絶ってチャイカを狙おうとしていたオトナシの短刀を弾き飛ばした。
「ぐっ! クソッ!」
「そのスキル、前に勇者アークも使ってたぞ」
確か、『
──なぜか、ずっと【声】が聞こえるのだ。人が口から出すものではない。恐らく生きる者すべてが発している言葉を持たない無意識の声。
……冥界から帰ってきたからか? どこか生きる者の気配に敏感になってるような……。
「ククク……まったくよぉ」
オトナシが短刀を弾き飛ばされた方の手を、痺れを取るように振って苦笑していた。
「本当に目覚めちまいやがんの……クソッ、ツイてないな」
「なんでチャイカさんを狙う? お前の狙いは俺だろ?」
俺の問いに、オトナシは舌打ちする。
「気に食わないから、って理由だけさ」
「ああ、そう。要はさっきのチャイカさんの言葉がよっぽど深く刺さっちまったワケか」
「は?」
オトナシの眉が吊り上がるが、知ったことではない。
「ヒビキから七戦士の情報はひと通り聞いてるんだ。隠の戦士オトナシ、お前は独りが好きなんだって?」
「……」
「集団行動はしない。単独行動を好んで、自分が他人に頼らない代わりに誰の面倒も見ようとはしない」
「それの何が悪い?」
「何も。たださ……【軽い】んだよな」
「……テメェらはさぁ、さっきからよぉ」
オトナシの喉元から、唸るような低い声が出る。
「軽い軽いと、抽象的な言葉ばかり使って自分たちだけで納得しやがって……独りで居たら見下す対象か? めんどくせぇ陽キャムーブしやがって、ふざけんなよ」
ズズズ、と。オトナシの周りに10体の自動人形たちが現れる。
「おい、グスタフ。加勢するか?」
「いや、いい。ガイは隠の戦士とは相性悪いだろ? それよりもチャイカさんの側に居てくれ」
「……おう。面目ねぇぜ」
俺はチャイカさんをガイに任せると、ひとりでオトナシの元へと歩んでいく。
「おいおい、グスタフ。お前、その短い槍のままで俺とやるつもりか? とことん見下してくるじゃねーか……」
「別に見下してない。単に手元にこれしかなかっただけだ。俺の充填式雷槍、どっかに飛んでっちまったしな。それに、サッサと片をつけたい」
「……テメェの態度が一番軽いんだよ」
オトナシは俺へと自動人形を走らせた。
「獣の戦士がいくら抜きん出て強かったからってよぉ、他の七戦士が弱いってワケじゃないんだぜッ! グスタフッ! テメェはその
「やだよ」
俺は自動人形たちが走り込んでくるその1歩手前に、自ら体を潜り込ませる。大勢の敵との戦いでは、背後に活路がないことを俺は経験で知っていた。されど囲まれたところで追い詰められる。であれば打倒の方法はひとつ、突破だ。
「らぁぁぁッ!」
短い槍で、人形たちの攻撃を受け、かわし、蹴り飛ばし、トドメを刺す。迫りくる敵以上の勢いで集団の壁を打ち破って相手の背後に出る。そんな中で気がづけば、オトナシの本体が消えている。
──その時、すぐ後ろに【声】を感じた。俺は振り返り、オトナシ本体からの寸鉄の投げつけを弾く。
「……ッ! 『気配遮断・極』だぞッ⁉」
「悪いな、それは今の俺には効かない」
俺は間髪入れずにオトナシめがけて『
「じゃあこれはどうだよっ? 罠だぜ、来るか?」
「ああ、行く」
俺はノータイムで突っ込んだ。
「なっ……⁉ 正気かよ!」
オトナシが仕掛けていたのは『シビれ罠』だ。俺が足を踏み入れた瞬間にそれは発動して、俺の体の自由を奪おうとする。だが、
「想定の……範囲内だッ!」
俺は『シビれ罠』が発動した瞬間にはすでに体を跳ね上げていた。地面に触れていたのはつま先だけ。あらかじめ脳がジャンプの命令を出していたから、電流による行動の阻害は最小限だ。
「ハッ! だがよ、罠は二段構えだッ!」
罠を囲っていた自動人形たちが『シビれ罠』などものともせずに動き出し、空中で身動きの取れない俺へと攻撃を繰り出してくる。オトナシもまた、服の内側から禍々しいナイフを取り出して突き出してくる。その形状からして恐らくは、毒持ちの武器。
俺はショートランスでそれらの攻撃を──防がなかった。
「は──っ?」
俺は防御を棄てた。自動人形たちに殴られるがまま、さらには突き出された禍々しいナイフを左の手のひらで受けた俺に、オトナシの喉から涸れた声が漏れる。バチリ。俺はショートランスに雷の力を込めた。
「ひ、ひぃっ──‼」
オトナシの腰が大きく引ける。俺の手のひらに突き刺さったナイフを容易く手放して、俺から離れようとする。
「軽いんだよ──【覚悟】が」
ここまで接近して、まだ勝利のチャンスはどちらにもある状況で、しかしオトナシは逃げ出した。何よりも自分の身が大事で、あらゆるリスクを負いたくがないゆえに。何がなんでも勝利を掴み取らん、とする覚悟が希薄過ぎた。
……独りが悪いわけじゃない。でも、独りだといつでも逃げだせる。元々誰かのためという訳でもないから、自分の中だけで容易く覚悟を歪められる。自分のためだけに築いた覚悟は、確固たる意志がなければとても脆いものだ。
「俺は最初からどんな七戦士相手にも油断なんてしちゃいない。腕の1本くらい、くれてやるつもりだったよ」
それ以上に今は時間が惜しいのだ。それは俺自身のためでもあり、しかし他の誰でもないレイア姫のために。
「──『
ショートランスを無防備に背を向け逃げるオトナシの頭上高くに投げつける。それはピタリと空中で動きを止めると、鋭い雷に形を変えてオトナシの胸を貫いた。
「ガァッ⁉」
その攻撃の結果を見定めるよりも先に、俺は動きを止めたオトナシの元に駆け寄って、
「痛ぇよこの野郎ッ!」
「ごはッ⁉」
その顔面を思いっきりブン殴った。力なく、オトナシの体が前のめりに倒れ込む。フッと自動人形の姿も消える。
……終わりだ。
俺はひと息吐く間も惜しく、チャイカやガイたちへと振り返った。
「さあ、行こう。みんなが待ってる」
初期化を止めるためにというのももちろんだが、それ以上にやらねばならぬこともある。俺は早く、レイア姫を冥界から連れ戻さなくてはいけないのだ。
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