第134話 騎士の務め

「チャイカ……知らないな。ターゲット集中のスキルを持ってるってことは聖騎士だな。どうやってここまで来た?」

「縁あり、凄腕の魔術師に運んできてもらえてな」

「じゃあソイツの元で大人しくしてればいいものを、わざわざ死地に飛び込んでくるなんてよ……暑苦しいヤツ。そんなにグスタフが大切だったか?」

「ふっ、大切?」


 訝しげに眉をひそめるオトナシに、チャイカは鼻を鳴らして返す。


「誰が大切なものかっ! グスタフは私の恋敵だぞ!」

「はぁ?」

「だが騎士として受けた借りは返さねばならない。それに……ソイツが死んだらレイア様が悲しむからな」


 チャイカは盾を構えながら、背中の剣を抜く。


「さて、とっとと片付けるぞ。ガイ」

「グスッ……おうよ」


 チャイカの後ろで腕を組んでいたガイが、はなをすすりあげる。


「漢じゃねぇかグスタフの野郎。ここでひとりあの獣の戦士の相手を引き受けてよぅ、相打ち上等で勝ちやがったんだ。熱い、熱過ぎるぜ、さすがオレの唯一無二のライバル! 感動したッ!」

「ガイ……お前、生きてたんだ?」


 涙ながらに叫ぶガイを、オトナシは冷ややかに一瞥した。


「てっきり戦争でグスタフたちに返り討ちにあって殺されたもんだと思ってたけど」

「お察しの通り返り討ちにはあったぜ? 投降して命はこの通り無事だがな」

「フーン、それで? 命乞いの結果、俺たちを裏切ったわけか?」

「よせよオトナシ。裏切るも裏切らねーも、元々オレらは仲間なんて大層な間柄じゃないだろうよ。たまたま帝国に召喚されたから共にいただけだろ?」

「フンッ……ムカつくヤツだ」


 オトナシはユニークスキル『自動人形マリオネット』を発動した。10体の成人大の人形が現れる。


「俺自ら戦う気なんてこれっぽっちもなかったけど……さすがにお前らを素通しするわけにはいかないんでな。全員殺すぜ?」

「かかってこいや陰キャ戦士!」


 オトナシが手を拡げると、自動人形たちがバラけた。そのうち3体がガイへと向かって突撃してくる。


「ちょこざいぜ! 喰らえやオレの『無限光線アンリミテッド・ラディエイト』をよぉぉぉッ!」


 ガイの太い青の光線は瞬く間に3体の自動人形を破壊して、その攻撃を奥のオトナシまで延ばした。しかし、それはヒラリと身軽にかわされた。


「フンッ、そんな単調な攻撃が俺に当たるかよ」

「オイ! お前も男なら真正面から受け止めて見せろや!」

「無茶言うなよ。それに、俺の本命は別にお前じゃない」

「はぁっ? テメッ、まさか!」


 ガイがグスタフの方を見やれば、自動人形の3体がそちらへと迫っている。


「オトナシ! 動けねーヤツを狙ってんじゃねーぞこの卑怯者がッ!」

「俺たちはスポーツしてるわけじゃないんだ。これも立派な戦略だろ?」


 ガイがグスタフへと向かう自動人形たちに狙いを定めると、その途端、今度は他の自動人形たちがあらゆる方向からガイへと襲いくる。


「じゃっ、邪魔すんなっ!」

「フンっ、よく見たら砲がボロボロじゃないか。光線も1本しか出せないのか? 好都合だ。指を咥えてグスタフが切り刻まれる様を見ていなよ」

「クッソ!」


 自動人形が腕を振り上げてグスタフへと迫る。だがそこへ滑り込むように割って入ったのは、チャイカ。


「させんッ!」


 スキル『ラウンド・シールド』によって拡がった魔力の盾で3体の攻撃を弾く。しかし、その1回で魔力の盾は砕け散ってしまう。


「強いっ⁉ こいつらいったい……!」

「まともに戦うな伯爵サマ! 確かその人形ども、1体1体のレベルが40とかだ!」

「なんだと……! 私より高いじゃないか!」


 それでもチャイカは持ち前の技量で自動人形たちの攻撃をいなし、かわし、そうして1体を切り伏せた。


「『無限光線アンリミテッド・ラディエイト』!」


 自身の周りの自動人形を片付けたガイが駆けつけて、残りの2体も破壊する。

 

「まあ、1回で上手くいくとは思っていないさ」


 すべての自動人形を失ったオトナシだったが、その周りから再び10体の自動人形が湧き出てくる。その光景にチャイカが舌打ちをした。


「おい、ガイ。あの人形に制限はないのか?」

「無いな。オレのと同じ、無制限だ」

「ユニークスキルというヤツか……厄介な」


 チャイカは後ろに倒れるグスタフを見やる。


「……微かに姫様の気配がする」

「あぁ? なんだって?」

「グスタフから、レイア様の気配を感じるんだ」


 チャイカは腰のポーチからポーションを取り出すと、それをグスタフの体全体に振りかけながら言う。


「ここで何があったかは分からない。だが確かなことはひとつ。レイア様がグスタフを回復させるために何かをしたんだ。であれば……ますますコイツを殺させるわけにはいかないな」


 チャイカはスキル『対象集中・高』を発動し、オトナシへと剣の切っ先を向ける。


「レイア様が望むことを果たすのがその騎士の務め。それが我が恋敵の復活であろうともな! さあ、いくらでも掛かってくるがいい、オトナシとやら! 私を殺さない限り、グスタフには指1本触れられないと思え!」

「人形1体倒せた程度でおめでたいヤツだな……そんなに死に急ぎたいなら手伝ってやるよ」


 オトナシの人形が左右に広がるように駆け出して、左右からチャイカへと向かっていく。それに乗じてオトナシの姿が消えた。


「気をつけろよ伯爵サマ! オトナシがどれかの人形に化けてやがるぜ!」

「分かってる!」


 ガイが光線を撃ち放って左側の人形たちを次々に破壊していく。ただその内にももう片側の人形たちがチャイカへと迫る。


「はぁぁぁッ!」


 チャイカは自動人形からの攻撃を盾で弾き、さらにその次に迫ってくる人形へと剣を振るう。


「伯爵サマ、危ねぇッ!」


 チャイカの背後に忍び寄っていたオトナシの姿を認めたガイから声が上がるが、遅かった。


 ──ズギャッ! と鋭い音を響かせてオトナシの回し蹴りがチャイカを吹き飛ばす。


「終わりじゃないぞ」


 間髪入れずに鋭い寸鉄が宙を飛ぶチャイカを突き刺して、その体をさらに遠くへと転がした。


「伯爵サマッ!」


 自動人形たちを破壊しながら、ガイはオトナシをも巻き込もうと光線を横にぐがやはりその大振りの攻撃は当たらない。


「さて、タンク役も潰したところで、それじゃあ次はグスタフを──」


 身軽にガイの攻撃をかわしたオトナシは次の寸鉄を用意するが、しかし。


「まだグスタフは狙えんだろう? 残念だったな」


 吹き飛ばされた先で、チャイカは何事も無かったかのような平然な顔をして立ち上がっていた。


「……おかしいね、めちゃくちゃ綺麗な回し蹴りが決まってたハズなんだけど」

「そうだな。私もおかしいと思っていたところだ……隠の戦士とはその程度か?」


 チャイカは鎧を突き破って左肩に刺さっていた寸鉄を引き抜くと、あざ笑うように鼻を鳴らす。


「その程度なら、100度喰らっても私は倒れんぞ」

「……強がってるんじゃねーよ!」


 再び自動人形たちがチャイカを襲う。チャイカとガイは協力して応戦するが、オトナシは常に上手うわてを取っていた。10体の人形に紛れて潜み、時にはガイに狙いを定め、確実にスキを作ってはチャイカへとダメージを蓄積させた。

 

 何度も何度も、チャイカは転がされる。寸鉄に体を貫かれる。

 

 ──しかし。


「……お前、おかしいよ」


 オトナシは息荒く肩を上下にさせながら、恐れたような声を出した。体から大量に血を流しながらも、再びユラリと起き上がり、その背中にグスタフを守るチャイカを見て。


「普通、もう死んでるだろ……!」

「……普通?」


 不敵に、チャイカは笑った。


「お前の言う普通とは、どういった普通だ?」

「はぁ? 普通は普通だろうがっ!」


 オトナシが再び自動人形たちをチャイカへと向かわせる。


「いい加減にしやがれぇッ! オレを狙えやぁぁぁッ!」


 ガイの光線により、人形は一掃される。だがオトナシはまたしても身軽に飛び跳ねてそれをかわすと、単独でもチャイカへと駆け続けた。


「直接その首を落とせば、さすがに死ぬだろっ!」


 腰に差していた短刀を引き抜き、オトナシがチャイカへと飛びかかる。そこに容赦はいっさいない。スキル『デスサイズ』。刀・鎌系の装備をしている場合に発動可能で、自分のレベル以下の敵を高確率で即死させる効果を持つ攻撃だ。

 

「これで終わりだッ!」

 

 首狩りの刃がチャイカのうなじへと迫る。しかし、


 ──『判定:失敗レジスト


「なっ……⁉」

「私にとっての普通は、常に数十万の民の前にあり、その命運をこの背に負ってこそ在る」


 スキル『デスサイズ』をいなした剣を返して、チャイカはオトナシめがけて鋭い剣筋を繰り出す。それはオトナシの短刀によって防がれるが、


「ぐっ⁉」


 その防御ごと、オトナシの体を大きく吹き飛ばした。


「軽いな。貴様の攻撃も、防御も、その在り方も……何もかもが軽すぎる」

「な、なにを……!」

「どれだけの力を持とうが、その力をただ己が生きるためにしか使わぬお前が【軽い】と言っている」

「ハァ? 自己中だとでも言いたいのかっ?」

「たかだか独りよがり程度の力で私は倒せない。私を支える者たちが、何度でも私を立ち上がらせる」

「くだらない精神論だッ!」

「そのくだらないものに、貴様は勝てないでいるのだ」

「……ほざけッ!」


 怒りのままにオトナシは人形も出さずにチャイカへと向かおうとする。だが、その進路をガイの光線が突き抜けて邪魔をした。


「ガイッ! テメェもさっきからウザったいんだよ! 当たらねー無駄な攻撃を繰り返しやがって!」

「……へっ。そいつぁ、どうかな」


 ガイは涙目で、嬉しそうに言った。


「この根比べ、どうやら伯爵サマの勝ちのようだぜ」

「は──?」


 光線が立ち消えたその先で、ショートランスを片手に、チャイカの体を支えるようにして立っていたのは。


「ありがとう、チャイカさん。あとは全部、俺に任せてくれ」


 眠りから醒めたグスタフ、その人だった。

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