第133話 冥界送り・現世還し
いつの間にか俺のいた真っ暗な世界。レイア姫はそこで俺を膝枕したまま【初期化】についての真実を語った。
「──以上が、剣の戦士レントから私が伝え聞いた内容です。とはいえ、私はまだ裏があると考えていますが」
「裏、ですか……?」
「世界の救済という行為が、どうにも【こじつけ】にしか感じないのです。まるで世界の救済それ自体を目的にして、世界の崩壊や【ばぐ】などといった事象が誕生しているように……」
……つまり、目的と過程の本来の順序が逆、ということだろうか? レイア姫ほどの思考力を持たない俺にはいまいちピンとこなかったが……。
「──って、いやいや、姫。それも大事かもしれませんが、今はそうじゃなくて!」
「はいっ?」
「ここ、どこなんですか?」
わずかに動く首を横に振って辺りを見る。広がっているのは一面真っ暗な空に、白い大地という現実離れした景色。
「というか俺、さっきジンとの戦いで……死んだと思ったんですが」
「……そうですね」
レイア姫はとても悲しげに俺へと微笑んだ。
「グスタフ様の肉体は確かに生命活動を止めています。ここは──冥界です」
「冥……界? それって、姫が冥力を手に入れた時に一度訪れたっていう……」
「ええ。ここは魂のみが存在できる場所。生と死の境界。グスタフ様の魂は今、肉体から離れている状態なのです」
「……魂。それって、まさかじゃあ、姫も!」
体を起こしたかったがしかし、なぜか首以外は満足に動かない。
「落ち着いてください、グスタフ様。ここは死後の世界ではありませんから」
「えっ……?」
姫が俺の頬を優しく撫でた。
「詳しい説明は省かせてください。ただ、いいですか? これから私はグスタフ様の魂を【現世】へと返し、肉体へと戻します」
「俺を……? え、でもさっき死んだって」
「グスタフ様は生きてもいるし、死んでもいます。この世界で死を意味するのは魂と肉体、両方の喪失のみなのです。もちろん、通常肉体が死ねば魂もまた死にます。ですが」
姫が手のひらに赤く輝く塵のような力を乗せた。
「私はかつて、この冥界の【映し鏡】となる契約を行いました。そして先ほど、その際に授けられた3つの特権のうちの2つ目の力、『
「特権……? え、冥力を操れるようになったっていうだけじゃ……」
「それは特権のひとつに過ぎないのです。そして、これから私がグスタフ様に使うのが最後の特権」
姫はその膝の上から、俺の頭を優しく地面へと置くと、
「失礼いたします」
「っ⁉︎」
その柔らかな唇を優しく重ねてきた。
「……ふぅ」
「……ひ、ひめっ⁉︎」
満足げに顔を上げた姫に、俺は呆気に取られていたが、しかし。
「っ⁉︎ か、体が……⁉︎」
突如、体が赤い光に包まれた。かと思えば、次第にその輪郭が失われていく。
「私にあった最後の特権……『
「も、戻るって……!」
「ご安心ください。大怪我を負っていたグスタフ様の魂は私が冥力によって治しておきました。元の体も魂の形に
「そうじゃなくてっ! 姫はっ⁉︎」
俺は形が失われつつある手を、必死に姫へと伸ばそうとした。しかしまるで夢の中にいるかのように体が思うように動いてくれない。
「姫、なんで何も言ってくれないんだ! 俺といっしょに」
「グスタフ様。ごめんなさい」
姫は悲しげに微笑んだ。
「どうか、みんなをお願いします」
「姫っ──」
俺は食い下がろうとした。だが意に反して俺の意識は急速に白く包まれていく。空白が思考を埋め尽くす中で俺の脳裏に最後まであったのは、微笑みながらも一筋の涙を流す姫の姿だった。
──『覚醒スキル修復……失敗。覚醒スキル変換。『最果てへ蟆弱¥蜑オ荳悶�讒�』→『冥界からの帰還者』』
──『覚醒スキル獲得。『冥界からの帰還者』→『クハハッ、オレの世界から逃れようとは愚かなことを。我が冥力は決してお前を逃がしはしない。どこまででも必ず追っていくぞ……』』
* * *
白い巨塔、その中階層にひとりの男が降り立った。
「まったく大変な目に遭ったな……」
隠の戦士オトナシ。ハデスの力によって死んだはずのその男は気だるげにため息を吐いた。
「戦闘に出しておいたのが【ダブル】の方でよかった。ナイスチョイス、俺」
──『
それはステータス、保持スキル、『
徹底的なリスクの排除。穏やかで安心のある毎日を過ごすためには、自分が矢面に立たないことは大前提。
そういったオトナシのスタンスが、彼にその2つ目のユニークスキルを選択させていた。彼がいま巨塔を降りてきているのも、自分が死んだということにしておけば【ハデス】や【獣の戦士】なんていう化け物と命がけで戦わずに済むからだ。
……まあ、上にはハヤシダがいるわけだし、ハデスの攻略方法も当然知ってるよな。なら後のことは全部任せて、俺はトンズラこいて初期化の時間まで息を潜めさせてもらおうか。
「──なーんて思ってコソコソ来てみたらなぁ……どんな状況だよ、コレ?」
中階層の光景を見て、オトナシは首を傾げる。そこにあるのは地面から突き立った何本もの槍によって串刺しになって丸焦げになった獣の戦士ジンの死体。そしてその近くで力尽きているグスタフと思しき死体だった。
「相討ち? にしても、まさかひとりで獣の戦士を倒せるヤツがいるとはね……」
嬉しい誤算というヤツだった。これでハヤシダたちはハデスをどうにかできればその後の獣の戦士の心配をすることはない。
「感謝するぜグスタフ。じゃ、安らかに眠っていろよな──」
そう言い残して立ち去ろうとしたオトナシだったが、背中を向けた途端、ピタリと足を止めた。
「は……?」
グスタフの死体、そこから気配が漂い始めていた。
「おい、おいおいおい……死んでるんじゃなかったのかよ……」
恐る恐る振り返る。グスタフは起き上がってこない。だが、その体はほんのりと赤く輝いて、生気を感じさせていた。
「回復してるのか……? まさか、自動回復とかそういうスキルか……?」
……マズイな。これは良くない流れだ。
オトナシはポケットから3本の寸鉄を取り出してグスタフへと向かう。
「こんな場面で劇的に復活されでもしたら完全にお前が主役の流れじゃねーか。嫌な予感しかしないっての」
オトナシは腕を振りかぶる。
「初期化後の俺の
寸鉄が投げ放たれた。それは一直線にグスタフへと飛んでいったかと思うと、
──ぐるり、と。奇妙なカーブを描いてあらぬ方向へと飛んで行った。
「悪いな、平穏な生活とやらを許してやれなくて」
カキンっ、と寸鉄を弾く音と共に女の声が響く。
「だが、不覚にもソイツには借りがある。殺させはせん」
「……誰、アンタ?」
「チャイカ・フォン・シューンブルーマン=カイニス。王より伯爵の地位を授けられし者だ。覚えてもらわなくて結構。貴様はここで倒れるのだから」
鋼鉄の盾を携えたチャイカが、中階層の入り口でオトナシを睨みつけていた。
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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします!
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