第13章 主人公

第132話 アグラニスの悲願

【山脈最深部 聖剣の間にて】




『変更初期化中。完了まであと 0:59:59』




 元勇者アークはステータス欄をぼんやりと眺めていた。


「1時間を切りましたね」


 後ろからアグラニス(泥の器)が声をかけてくる。


「……だったら、なんだっていうんだよ」

「いえ、別に。ただ強いて言えば、私は生前のアグラニスの人格を引き継いでいますから、初期化後の世界がどのようなものになるのか知りたいという知的好奇心がくすぐられます」

「そうかよ」

「でも、気になりませんか?」

「ならん」


 アークはアグラニスへと短く答えた。




『変更初期化中。完了まであと 0:54:53』




「……強いて言えば」


 アークが口を開く。


「この初期化後の世界、家族はどうなるんだろうな」

「家族、ですか? アーク様の?」

「ああ」

「当然初期化されるでしょうね」

「初期化ってなんなんだ……?」

「さあ? やはり気になりますか?」


 アークは一瞬、口籠くちごもったが、諦めのようなため息を吐いて、話す。


「俺の両親は、ごく平凡な農家でな」

「いえ、そこに知的好奇心は動きませんので、お話いただかなくてけっこうです」

「……」




『変更初期化中。完了まであと 0:51:27』




「……まあ、あのグスタフがいるんだ。なんとかしてくれるだろ」

「どうでしょうね。剣の戦士や槍の戦士、隠の戦士が相手ならいざ知らず、帝国には物理攻撃のいっさいを無効にする杖の戦士と、最強の獣の戦士がいますから」

「……お前はこの戦いをどう見る?」

「どう見るとは?」

「グスタフたちが勝てるか勝てないかだ」

「彼らの戦力は、私が考察する域を出ています。なので分かりません。ですが……」


 アグラニスは言葉をひとつ区切り、


「100年前、私の知る限りで最強の魔術師は最後まで、ひとりになっても戦い抜いて、勝利を収めていましたが」


 どこか懐かしそうな表情でそう言った。


「……100年前?」

「いえ、なんでも」


 唐突に人間味を見せたアグラニスに少し驚きつつ、アークは大きくため息を吐いた。


「いつの時代にも英雄は生まれたってことか。嫌になるぜ」

「アーク様も勇者に選ばれたではありませんか」

「ああ、まったくもってみっともない、何事も為せない偽勇者にな」


 自嘲気味に笑うアークへと、アグラニスは微笑んだ。


「本当に、ウンコ未満ですねアーク様は」

「……は?」


 唐突な罵倒に呆気に取られるアークへと、アグラニスは言葉を続ける。


「ウンコは外部から経口摂取した食物から栄養を搾り取って出た排泄物ではありますが、肥料としての使い道が残されています。ですがあなたは外部から多くの資源を得た上で、何事も為さないで滅びの時を待とうとしているだけなのですから」

「……何が言いたい」

「一般論です。今のアーク様はウンコ未満であると判断できましたのでお伝えいたしました」

「だったらなんだってんだ?」

「ウンコとして人生を閉じたいのであれば、私はこれ以上なにも申しはしませんが」

「いまさら……いまさら俺に動けとでもっ⁉ 他人に利用されるしか能の無い、悪い方向へばかり事を運ぶこの俺にっ⁉ 笑わせんなよっ!」


 アークが憤りのままに立ち上がるが、しかしアグラニスは微動だにせず、


「あるではないですか、使い道」


 キョトンとして言った。


「『他人に利用される』という使い道が、アーク様にもあるじゃないですか」

「……なんだと?」

「生前のアグラニスも思っておりました。『なんて騙しやすい脳足りんなのだろう』と。『脳みそが無いから体も行動も軽くて苦労もするが』とも」

「俺が死んだら真っ先に殴りにいくぞ、あのクソ女」

「まあそれはともかく」


 アグラニスは淡々と続ける。


「グスタフ様が魔王を討伐したとき、そこにはあなたも居たのではありませんか?」

「それは、まあ」

「確か、魔王に向かって武器として投げつけられたとか」

「……そうだ」

「王国と帝国の戦争のキッカケに使われたのもアーク様、この初期化騒動の発端となる聖剣を引き抜かされたのもアーク様、この時代の重要なターニングポイントにあなたが『利用される存在』として組み込まれている。これはもはやある種の天性の才能です」

「……もはやただ馬鹿にしてるだろ?」

「いいえ、そんなことは。ただここまでそうして利用され続けてきたのであれば、いっそのこと最期まで『利用される』者としての道を歩み続けてみればいいのでは? と」


 アークは考え込むように、悩むように沈黙した。


「アグラニス、お前は何を企んでいる?」

「はて」

「さすがに今ならもう分かるさ。お前もまた、俺のことを最後まで利用しようとしているってことくらい」

「……大したことでは」

「フン、どうだかな」


 アークは鼻を鳴らす。そして、手放していた己の剣を拾った。


「いいさ。利用されてやる。連れて行けよアグラニス」

「……よろしいので?」

「ウンコ以下と言われて『はいそうです』とは頷いていられないだろ」

「ふふっ……本当に焚きつけやすい人ですね。助かりますわ」

「うるさい」


 アグラニスは懐から短刀のような物を取り出すと、それをアークへと手渡した。


「これは?」

「私の泥で造られた小刀です。魔力が込められており、1度であれば杖の戦士の防壁も突破できるでしょう」

「フン……貰っておく」


 そうして、アークとアグラニスはテレポートで聖剣の間を後にする。




 * * *




『変更初期化中。完了まであと 0:39:11』




 しばらくテレポートで飛んで、ふたりは白い巨塔へとたどり着いた。


「もう40分切ってやがる。ここのどこだ? てっぺんか? 急ぐぞアグラニス!」

「はい、急ぎま──」


 グラリ、と。アグラニスの体がよろめいた。


「どうしたっ?」

「どうやら、魔力切れが近いようです」

「なっ……」


 アグラニスは微笑んだ。


「もともと、魔術を使わずとも数日しか保ちませんでした。お気になさらず」

「……俺に、何ができる?」

「何も。ただ、この塔の上を目指してください」

「……わかった」


 ふたりで白い巨塔の内部へと入る。


「──む?」


 その地上階に居たのは、黒い杖を持ち、怪しげな黒いローブに体を包んだ若い男だった。


「チッ! こんなとこで、敵かっ⁉」


 剣を抜こうとするアークを、しかし。


「いえ、彼は敵ではありませんよ」


 アグラニスが制した。


「……知り合いか?」

「はい」

「まさかアグラニス、お前の企みってのは……」

「はい」


 アグラニスはアークへと手をかざす。

 

「『フライ』」

 

 フワリと、アークのその体が軽くなる。


「これで飛んでいけますよ。さあ、先を急いでくださいアーク様」

「……ああ。本物の方のアグラニスによろしく伝えてくれ。必ず俺が文句を言いに行くと」

「はい。ありがとうございました、アーク様」


 アークはアグラニスに背を向けて、黒いローブの男の脇を抜け、上の階へと向かった。

 

「──アグラニスか。久しいな」

「……はい。お久しぶりです、お師匠様」


 アグラニスは軽い会釈と共にそう返す。100年前、師弟関係にあったその男──先代杖の戦士クロスへと。


「──汝、その体は……」

「アグラニスの本体は先ほど事変に遭いまして、死にました」

「──そうか」


 クロスはバツが悪そうに、視線を逸らす。


「お師匠様が突然姿を消されて100年、アグラニスはずいぶんとあなたのことを探しておりましたよ」

「──すまない。しかしオレは合わせる顔がなかった。だからせめて七戦士たちを止められず、多くの被害を出してしまったその責任を取って……いや、違うな。吾は責められたくなくて、逃げたのだ」

「そんなことだろうとは思っておりましたとも」

「──フッ、失望したか? やはり、いまなお、吾にはお前に合わせる顔は……」

「ご安心を。私はもはやアグラニスではないただの泥の器。合わせる顔など必要ありません」


 アグラニスはただ微笑んだ。


「アグラニスはあなたに復讐しようと目論んでおりました」

「──汝、唐突に不穏だな……」

「七戦士の力を用いて力の破片キーアイテムを集め、伝説の黒龍を復活させようと苦心してきました」

「──そうか。吾を殺すために……それほどまでに憎かったか。だがそれも仕方あるまい」

「……本当に、お師匠様はウンコ未満ですね」

「えっ?」


 アグラニスの突然の罵倒に、クロスは呆気に取られた。

 

「ウンコは外部から経口摂取した食物から栄養を搾り取って出た排泄物ではありますが、肥料としての使い道が残されています。ですがあなたの脳は外部から多くの情報を得た上で、いっさい真実にたどり着かないのですから」

「──ひ、酷い言いぐさだ……」

「一般論です。お師匠様の思考力はウンコ未満であると判断できましたのでお伝えいたしました」


 アグラニスはふぅ、とひとつ深いため息を吐く。


「……もう、この器に残された時間も少ないです。なので、脳みそがウンコなお師匠様にも分かりやすくお伝えしましょう」

「──なんだというのだ……」

「アグラニスはあなたが消えたことで悲しみ、怒り狂い、そして憎みました。その要因はすべて、あるひとつの感情です。アグラニスはお師匠様のことを深く愛していたのですよ」

「──は……? なっ⁉」


 たじろぐクロスへと、アグラニスは続ける。


「だから、『帝国を去るならばなぜ自分も共に連れて行ってくれなかったのだろうか』って、アグラニスはスネていたんですよ」

「──……いや、まさか、そんなはずは」

「本当に鈍感ですね。お師匠様に泥の魔術を教わるアグラニスの記憶から鑑みるに、そうとう露骨に好いていたハズなのですが」


 ため息を吐きつつ、アグラニスは優しく微笑む。


「アグラニスは復讐のためと自分にうそぶきつつ、その実のところは伝説の黒龍の復活によって世界が危機に陥れば、必ずお師匠様が駆けつけてくれるだろうと信じていたのですよ。そうすれば、きっとまた会えるって」

「──……そんな」

「このうつわにはアグラニスの近日の記録、行動原理、そして何よりも残したいと思ったあなた様と過ごした輝かしい日々の思い出が記録されています。だから、分かります」

「──そうだった、のか。アグラニス……だがしかし、なぜ一度は逃げ出した吾のことをそこまで信じられたのだ……」

「あなた様がそういう人だからですよ。現に、私が思い描いていた形とは異なりましたが、しかし結局は駆けつけていたではありませんか。この世界の危機に」

「──それは……返す言葉もないな」


 クロスは苦笑いした。


「お伝えしたかったことは以上です。最期にこうしてアグラニスの悲願を果たすことができて、私は満足です」

「──もう、逝くのか」

「はい」


 アグラニスだったその泥の器が、サラサラと砂になって崩れていく。


「さようなら、お師匠様」

「──ああ、さようならだ。もしも叶うなら、アグラニス本人に伝えてくれ。こんな吾を愛してくれてありがとう、と」

「はい、必ず。お師匠様、どうか健やかに」


 アグラニスを模していたその泥の器は、そうして砂の山に還った。




=============


今年は王城モブ衛兵という本作品にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。


本作も新連載の方も更新を頑張って参りますので、来年もよろしくお願いいたします。


元日もエピソード投稿しますのでぜひお読みにきてください〜!

※ 次はグスタフたちのターンだよ!

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