第130話 殺人の覚悟

【帝国 白い巨塔 中階層にて】

 

 

 

「らぁぁぁッ!」

〔グルァァッ!〕


 俺の槍、獣の戦士ジン拳が無数に交わっては弾き合う。

 

 ──すでに、レイア姫たちがこの中階層を後にして10分が経過していた。

 

〔死ねぇエッ! グスタフッ!!!〕


 ジンの拳をかわす。


「誰が死ぬかッ! こん畜生がッ!!!」


 カウンターとして放った『雷影ライエイ』、しかしそれもまたジンにかわされる。俺たちは互いに距離を取って、もう何度目になるかも分からないにらみ合いとなる。


「はぁっ、はぁっ……!」


 ……一撃が、遠い……!

 

 防御力が落ちた替わりに、ジンの動きは先ほどよりも速い。俺はついていくのがやっとで、技を当てる隙を作るのがとてつもなく難しい。

 

 ……だけど。

 

 チラリ、と。俺は槍のガラス面、そこに溜まる雷エネルギーに視線をやる。

 

 ……かなり時間を喰ったが……これでフルチャージ、完了だ。

 

 俺はジンの猛攻を耐えしのぐ戦いの中で数度、『雷影』を放っていた。ことごとくかわされてしまっていたが、それは最大攻撃への布石。まだ俺には奥の手がある。

 

「スゥ──」

 

 俺は深呼吸をして、荒くなった息を整える。決着を急いてはいけない。なによりジンの攻撃は一撃必殺なのだ。少しの油断が命取りになる。

 

〔ククク……〕


 ジンはそんな俺を見て薄く笑った。


「……なんだよ?」

〔いや、滑稽でナ。この戦いの最後に待っているのハ、お前の死ダ。それは変わらなイ。それなのに無駄な努力を積み重ねているのハ……笑えル〕

「まだ言ってんのか。あいにくだが、俺は死なない」

〔まだ気づいていないのカ? それとも気づかないフリをしているのカ?〕

「……なにをだよ?」

〔お前がオレに敵うか敵わないかの話じゃなイ。それよりももっと簡単な消去法ダ……お前にオレが殺せるのカ?〕


 その問いに、思わず槍を握る手に力が入ってしまう。


〔オレを殺人鬼と知ってなオ、その命を助けようとする甘ちゃんガ……果たしてオレを殺せるカ? イヤ、無理だナ〕


 ジンは断言する。


〔お前は必ず日和ひよル。現にいまモ、オレを殺さずに済むように止められる方法を考えていル……違うカ?〕

「……」

〔図星だロ? それじゃあオレは止められなイ。俺はこの命尽きるまで止まらなイ。ならお前の未来は死のみダ〕

「……いや」


 俺は首を横に振った。


「俺はお前のことを……殺すよ。ひとりでここに残ったときに、もう覚悟は決めた」

〔ほウ?〕

「俺の判断が甘かったせいで、仲間みんなを危険にさらした。その自覚はある。だから、二度同じ失敗はしない」

〔……その覚悟とやらデ、このオレを殺せるト?〕

「ああ、もう俺はお前を……殺せる」


 ……心構えだけではなく、実現可能な手段としても、だ。


 俺は言葉を区切ると、両脚に力を込めて地面を蹴り出した。【トップスピード】でジンへと迫る。


〔ナッ⁉〕

「目がついていかないか?」


 スキル『千本流水突き』を繰り出す。しかし、やはりジンの反射神経は異常に優れていた。不意を突かれてなお、無数の攻撃を見切って避ける。

 

 ……そんなことは分かってる。

 

 俺はコンッ! と槍の石突きでしたたかに床を打った。スキル『千槍山』。槍の壁が地面から高く突き出してジンの動きを封じた。


〔こざかしイ!〕


 ジンは大きな腕を振るい槍の壁を破壊して、そのまま俺を殴り抜こうとする。


〔いなイッ⁉〕


 俺はすでに、槍の壁に隠れるように移動してジンの背後を取っていた。


〔チッ!〕


 俺の突き出した槍はまたしてもジンの硬い腕に阻まれる、が、予想通りだ。

 

『威氷イザミ』ッ!」

〔ナァッ⁉〕


 微かに突き立てられた槍の切っ先を中心にして、ジンの腕が凍り付く。

 

〔このクソがぁぁぁアッ!〕


 繰り出される蹴りを、俺はバックステップでかわし、すぐさままた攻撃に移る。

 

〔お前ッ! グスタフッ! 今まで手を抜いてやがったのカッ⁉〕

「……はぁッ!」


 答えず、俺は攻撃を続ける。その方がいまはジンから冷静な判断を奪えるから。

 

 ……もちろん、手なんて抜いてはいなかった。すべてが全力の戦略だ。俺はただ、ひとりでジンと戦うにあたって最初から長期戦を見据えていただけ。だから、準備し、騙し、最後に畳みかけると決めていた。

 

 今のジンの1番の強みはその移動速度だ。しかしその強みは逆に、ジンが1番警戒していない弱みでもある。ジンは速度なら俺に負けないと高をくくっているだろう、だからこそ、俺はその土俵に罠を仕掛けることにした。

 

「『千槍山』ッ!」

〔グッ! いつの間ニ……!〕

 

 あえてこの10分、俺は【速度を全力の7割ほど】に落として防御主体で戦っていたのだ。ジンの目をその速度に慣れさせるために。そして、最後の【詰め】の準備のために。

 

「『雷影』ッ!」

〔後ろカッ!〕

「『千槍山』ッ!」

〔い──イチイチ逃げ隠れしやがってぇぇぇエッ!〕


 ジンが怒り狂って腕を振るって槍の壁を破壊し、俺を探そうとするが目を回す。

 

「『千槍山』ッ!」

〔またカッ! バカのひとつ覚えみたいニ……!〕


 ジンは槍の壁を力任せに折る。そして俺の声が聞こえた方へと駆け出して──。


〔ハッ……⁉〕


 ジンは足を取られた。俺が何度目かに出した『千槍山』の残骸に。

 

 ──突然の攻守交代による強い精神圧迫ストレス、俺の速度に目が追い付かないという焦り、そして突然上がった戦闘リズムについていくのに集中して、ジンは周囲の環境把握を怠ったのだ。

 

〔し、しまっ──〕


 ジンの体が無防備に宙へと投げ出される。


「終わりだ……!」


 その『千槍山』の残骸は俺には障害になり得ない。どこで、何本、どういった角度で『千槍山』を配置するかもすべて、準備の段階で決めていたからだ。俺はその残骸に飛び乗って高くジャンプする。真上からジンの心臓の位置へと狙いを着けた。


〔オレを……殺すカッ⁉〕


 ジンの問いに、俺は答えない。槍のボタンをカチリと深く押し込んだ。


 ──スキル『雷影』。これまで槍に溜め込んだ雷エネルギー全てが解放され、電撃が大きな竜のように波打って繰り出される。


〔クハハッ! 人を殺せるか、お前ニッ⁉〕

「殺せる!」


 ジンは苦し紛れに『千槍山』の残骸などを握りつぶして、俺にめがけて投げてくる。しかし、そんなことで俺の狙いは狂わない。

 

「いっけぇぇぇッ!」

 

 俺の電撃の槍はそのままジンの心臓の位置、その背中を串刺しにした。

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