第124話 初期化の真実と世界の救済
【帝国 宮廷にて】
【3日前】
王国から勇者を攫って帰還したその夜遅く、シンクは宮廷の廊下を静かに歩いていた。七戦士である自身を見咎める者がいるとは思ってはいなかったが、それでもこれから密談をすることを考えると、どうしても肩を縮こまらせてしまう。シンクはそんな小心者気質の抜けない自分に嫌気を覚えつつ、目当ての部屋の前までやってきた。
コンコンコンと3回ノックすると、ドアが静かに開いた。
「入ってくれ」
シンクを招き入れたのは槍の戦士であるカンナギテツ──改め、その本名はハヤシダマモルだ。
……ハヤシダマモル。林田守。かなり地味めの名前だから、本名を明かされた時は『もしかしたら自分と同じで本名が嫌いだったから偽名を名乗ったのでは?』と考えてシンクは偽名を使った理由を訊いたのだが、それは思っていたものとはずいぶん違って恥をかいた。
ハヤシダいわく、『俺は自分が特別だなんて思ってないんだよ。この世界の知識を持つ人間が自分だけだとは思っていない。スタッフロールまで覚えている元プレイヤーがいる可能性を考えたんだ』だそうだ。
それを聞いた時は『頭良さげな振る舞いしやがって、鼻につくやつだな』なんて思ったシンクだったが、しかし行動を共にするうちに自然とハヤシダへと心を許すようになっていった。
「急に呼び出してさ、何の用だよ」
「夜分にすまない。例の件で話しておきたいことがあってな」
「別にいいけど」
「ありがとう、助かるよ」
ハヤシダはこの計画の序盤からシンクのことを仲間として絶えず頼ってくれた。テレポートやらなんやらでキーアイテム探しに駆け回らされて『いくらなんでも頼り過ぎだろ』と思うこともあったが、欠かすことなく伝えてくれる感謝にシンクはまんざらでもない気持ちだった。
……仲間、信頼、そして感謝。それらは思えば、シンクが前の世界でほとんど得られなかったものだった。
何かとマメにシンクと言葉を交わし、労ってくれるハヤシダのその行動。それが日本社会の荒波を経験してきた大人が持つ人心掌握のすべだということが薄々分かっていても、それでもシンクに悪い気はしなかった。むしろ、だんだんとハヤシダに認められたいがための働きをするようにすらなってきていた。
「で? 緊急の事態でも起こったのか?」
「いや、緊急ってわけじゃない。でもシンクたちにはあらかじめ聞いておいてほしい」
部屋には自分の他にオトナシも呼ばれていて、先にソファーに浅く腰を掛けて座っていた。オトナシの隣の1人がけのソファーへとシンクも座る。シンクたちが腰を落ち着けたのを見ると、ハヤシダが口を開いた。
「単刀直入に言う。【初期化】計画を3日後に実行へ移す」
「……!」
シンクは息を飲んだ。いよいよ、世界が変わる瞬間を目の当たりにする日がやってきたのだ。
「ようやくか。ハヤシダ、それで本当に俺の望みは叶うんだろうな?」
ソファーで腕を組んでいたオトナシの言葉にハヤシダは頷いた。
「もちろんだ。オトナシくんは【所持金カンスト】、シンクくんは【勇者一行の魔術師ポジション】という設定に変更することを約束しよう」
「それならいい」
「オトナシくんは勇者一行に加わらず、初期化以降は自由行動……って話だったが、本当にそれでいいのか?」
「俺は一生涯金に困ることなく静かに暮らせるだけでいい」
「そうかい。分かったよ」
ハヤシダはそう言うと、今度はシンクの方へと顔を向ける。
「それじゃあ、世界の救済に関しては俺たちふたりで頑張るとしよう」
「ああ、そうだね」
握手のためにハヤシダが伸ばしてきた手をシンクは握った。
「新しいシナリオについてはハヤシダに任せていいんだろ?」
「ああ。俺は元々シナリオライター希望だったんだ。前職はプログラマーだったから前の会社では非正規のデッバガーとして雇われることになってたけどな」
── 世界の救済、それが意味することはつまり【このゲームの作り直し】である。
「俺がこの
「……そうしないと、この世界は近々崩壊するんだったよね?」
そのシンクの問いに、ハヤシダは「ああ、そうだ」と頷いた。
「ここは【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】の【プロトタイプ版】の世界の中だ。それはこの世界が存在するステージングサーバー上に俺が残したデバッグ機能が残ったままだったことから確認ができている。そして……」
ハヤシダは重々しい息を吐き出す。
「このプロトタイプ版のゲームは近々、強制的にステージングサーバーから【削除】される予定だ。それが示すのはおそらく、この世界の崩壊だと俺は推測してる」
改めて聞くその事実にシンクは舌を鳴らす。たまったものではなかった。せっかく
「……やはり俺はそれがまだピンときていないな」
オトナシが眉根を寄せる。
「そもそもゲームの世界に現実世界の俺たちが入ったってのがしっくりこない。だって本当にこの世界がゲームだったら、村人とかは『ようこそ! ○○の村へ!』みたいな同じ言葉しか繰り返さないはずなんじゃないか?」
「そこは俺も確かなことが言えないな。なんせ、まずゲームの世界に入り込むっていうのが常識じゃ考えられない事象なんだから」
「それもそうか」
オトナシは簡単に引き下がるとソファーへと背中を預ける。
「で、世界の救済っていうのは具体的にはどうやるんだ?」
「うん? オトナシくんは関わらないと言っていなかったか?」
「ああ、静かに暮らしたいからな。正直俺はこの世界が崩壊しようがどうしようが、最後まで思うがままに生きられればそれでいいと思ってる。ただ……何をする気なのか興味はあるんでね」
「……まあ、いまさら君に隠すこともないか」
ハヤシダは肩を竦めた。
「いいよ、教えよう。世界の救済だが、これはイチかバチかの賭けになる。俺たちはこの世界のシナリオを変更して、それをゲーム会社の誰かが気づかせようと考えてるんだ。そしてまっとうなシナリオになったこのゲームを気に入ってもらい、リメイクする気に……いや、そうでなくても削除はしないでアーカイブに入れる選択をしてもらえればこの世界は存続する」
「シナリオを変える……? そんなことできるのか?」
「ああ、できるはずだ。現に俺はこの世界に来る直前に、この世界のシナリオが変わっているのを目撃している。勇者ではなく、グスタフというモブキャラクターによって魔王が討伐されたシナリオをな」
「他にも問題はあるぞ? どうやってシナリオが変わったことを気づかせる?」
「以前、このゲームの【お楽しみ要素】についての説明は簡単にだけどしたよな?」
「ああ」
オトナシは頷いた。
「このゲームを全クリア……つまり【魔王を討伐し聖剣を入手して
「そうだ。ゲームのプレイヤーは【白い巨塔】の頂上へと立ち入ることができるようになり、そこでは【スキル追加機能】と、この世界の主要キャラクターの設定を自由に変更することのできる【設定変更機能】が使えるようになる」
「俺たちはそこでまず、新しいユニークスキルを手に入れることができるってワケだな?」
「そうだ。ただひとつ留意点がある」
ハヤシダは指をひとつ立てて続ける。
「スキル追加機能はあくまで裏ボス戦闘デバッグ用に入れ込んだ暫定機能だ。初期化処理無しで設定変更が可能だが2つまでしか設定できないようになっている」
「追加できるのは1つだけってことだよな、それは前も聞いた。で、そっちのスキルの方は初期化処理不要ってことは、設定変更機能の方は必要ってことだな」
「ああ、そうだ。これは世界の根幹に関わる変更になるからな。その機能を動かせば【誰が勇者で誰が勇者一行なのか、誰が七戦士なのか】、【それぞれのキャラクターの初期ステータスはいくつか】、【初期所持金はいくらか】、【敵キャラのレベル】などの初期設定を思うがままに設定した上で、この世界を魔王討伐前の状態に戻すことができる」
「そうだったな。ボンヤリとは覚えてたよ……そのキャラ設定のために俺たちの本名が必要で、本当に合ってるのかって何度も確認されたからな。で、話を戻してもいいか? ハヤシダたちが勇者になって書き換えたこの世界のシナリオを、どうやって現実世界の人間に気づかせるつもりなんだ?」
「ああ、悪い。脱線したな。気づかせる方法は……メールだ」
「はぁ、メール? 今どき?」
時代遅れと言わんばかりのオトナシの反応にハヤシダは苦笑いする。
「今でもほとんどの会社のシステムではドメインメールが使われているんだよ。君も就活すれば分かるさ……って、もうこの世界じゃ必要ないか」
「それはどうでもいい。メールでどうやって気づかせるんだ? この世界からメールを飛ばせるのか?」
「いや、そうじゃない。初期化処理が行われる際は検知メールが俺やCCに入れた同僚の会社用アドレスに飛んでくるようになっているんだ。 『実行ホスト:10.31.1.59 DEBUG【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】初期化処理実行開始』ってタイトルでな」
「なるほど? 誰も触っていないはずのゲームからそんなメールが飛んでくれば、そのCCに入れられた同僚が不審に思ってステージングサーバーを覗いてくれるかも……ってことか?」
「ああ。それに俺は向こうの世界じゃ行方不明扱いになっていることだろうしな。誰かしらは興味を持つ可能性は高い」
「そうか。よく分かったよ」
オトナシは小さく息を吐いた。
「とんだ綱渡りだな。だいいち、現実世界にいる他人を頼りにするしかない時点で成功率は低いだろ」
「ははっ。手厳しいな。まあ実際その通りなんだが……でも、何もしなければ100%俺たちは世界の崩壊に巻き込まれるんだ。なら少ない確率だろうと成功するための行動はするべきだ。違うか?」
「……ごもっともだね」
オトナシは大げさに両手を挙げて降参のポーズを取った。
「……シンクくんも、改めて訊くけど、この方針で問題ないかな?」
「ああ。問題ないよ。それで……【ナンジョウ】のヤツをどうするか、だけど」
シンクのその言葉に、ハヤシダは困ったように表情を歪めた。剣の戦士、ナンジョウレント。その存在はここにいる面々にとっての頭痛のタネだった。
「どうするべきか……いまだに悩んではいるんだけど」
「要らないだろ」
「僕も同感」
オトナシとシンクは即答する。ハヤシダは苦笑いした。
「根っこのところは悪い子ではないとは思うんだけどね」
「あいつウザい。修行を強要してくるし」
「僕に会うたびにマウント取ってこようとするんだぜ? 根っこから腐ってるよ」
ふたりの【アンチ・ナンジョウレント】っぷりにハヤシダは大きなため息を吐いた。
「……まあ、レントくんはアグラニスに心酔してるフシがあるから、計画に加えることはできないね」
「だろうね。だって、初期化で生き返るにせよアグラニスのことは1度殺すんだろう? 皇帝といっしょにさ」
「ああ。聖剣の入手には皇帝ジークと共にアグラニスが行く予定だからね。設定変更を邪魔されないためにも殺しておいた方が確実だ」
「ナンジョウがそれに賛同するわけがない。あいつにはこの件は報せない方がいいよ」
「そうだな。そうしよう」
シンクの言葉に、ハヤシダは頷いた。
「アグラニス殺害については……心苦しいがレントくんが嫌っている【グスタフ】に罪を背負ってもらうことにしよう。【初期化】が実行されるまでの時間バレなければそれでいい」
「まああいつ、単純で思い込み激しいしからな。自分で勝手につじつまを合わせてグスタフが敵だと信じ込んでくれると思うぜ」
「そうあってくれると助かるよ」
──そうして、宮廷での夜は更けていった。
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