第123話 狂人
「この世界を……魔王が討伐される前に戻す……? いったい何を言っているんです……?」
レイアも、ニーニャもスペラも呆気に取られ、開いた口が塞がらない。その様子を七戦士たちは哀れむように見つめていた。
「貴女たちはNPCですからね、知らないのも無理はありません。ですがこの世界はね、私たち七戦士が元来た世界から見れば明らかに異常なんですよ」
レントがため息を吐くかのようにして言葉を続ける。
「おかしいんです。ステータス欄がある? レベルが上がる? モンスターが出現して魔王が現れる……? まるでファンタジーだ。まるでゲームの世界そのものだ。でも、それもそのはずです。だって、この世界は本当に【ゲームそのもの】だったんだから」
「げーむ……?」
「ああ、知りませんよね。私もさっきテツさんから聞かされたところでしてね。正直実感が追いついていないんです。説明も面倒ですから、知らないままでいいですよ。ただですね、これだけは確信を持って言える。これが本当にゲームなんだとしたら、セーブデータの巻き戻しもゲームのリセットも可能だって。だとしたら、【殺されてしまったアグラニスさんともう一度会う】ことだってできるんだって」
レントの呟くような、自分に言い聞かせるかのような言葉に、レイアたちは互いに顔を見合わせた。
「初期化とは……時間を巻き戻すことだと言っているのでしょうか。そんなことできるのですか?」
「時間魔術という概念はあります。しかし、まだそれを確立できた者はいないはずです」
レイアとスペラの会話にレントは鼻を鳴らした。
「信じてはもらえないようですね」
「当たり前でしょ? そんなことができたらこの世界はめちゃくちゃになるわ」
「めちゃくちゃにはならないとも」
ニーニャの反論に、レントは淡々と返す。
「槍の戦士であるテツさん──いえ、この世界の創作者のひとりであるハヤシダさんいわく、この世界は【勇者が魔王を倒す】という大きな筋道の上で動いていたらしいんだから。初期化をしてもそれは変わらない。【
「こんふぃぐ?」
「この世界の
レントが指し示したのは自らの背後、縦長の台形の建物だ。
「オイオイ、何を教えてやってるんだよ! 俺たちの仕事が分かってんのかっ⁉」
シンクが怒鳴るも、レントはどこ吹く風だ。レイアたちから視線を逸らさない。
「さて、こうまで言ってもなおニーニャさん。君たちにとっては信じ難い話なんじゃないかなと思う。だからひとつ証明をしようじゃないか」
レントが剣を振るう。すると、それに合わせて強い風が吹いた。
「これは以前お邪魔させていただいた王国の玉座の間で、レイア様にはお見せしたかと思います。私のユニークスキル、『テンペスト』です。でもお見せしたいのはコレじゃない」
レントは剣を垂直に屋上の地面へと突き刺した。その剣を中心に風が吹き荒れたかと思うと、それらの風は7つの大きな竜巻となってレントの背中へと集まった。
「『
レントは真横へと手を突き出すと、背中の竜巻がその手へと集束し、膨大なエネルギーを溜めた。
「吹き
レントが言い放った途端にその手から放たれた風の塊は、塔の横の雲をあらかた吹き飛ばすほどの威力だった。
「ふぅ……どうです? 風属性魔術を極めた魔術師がレベル80前後で収めるスキル『
「……なんのつもりですか? それを私たちへと教えて、なにかメリットが?」
「いえ、メリットなんて何も」
レントは緩く首を横に振った。
「ただ、少しでも信じていただきたかっただけです。この世界が書き換え可能な作り物であり、誰かの意思が介在してできあがっているものであることを。そして、私はひとつ確信していることがあるのです」
「確信、とは? いったい何を?」
「この世界を【
レイアの問いにレントは憎々しげに答えた。
「そもそも、大筋が決まっているハズのストーリーが変わるなんてことは本来あり得ない事象なんです。グスタフはきっと何らかの方法でこのゲーム世界に入れることを知り、元の世界で得たゲーム知識を悪用したんだ」
「何を……言っているのですか?」
「ああ、信じられない気持ちはよく分かりますよ? ですがこれが真実です」
レントは口元に笑みをたたえ、しかしその目はいっさい笑っていない。
「すべてグスタフの陰謀なんです。あいつが自分がこの世界の主人公になりたいって理由でストーリーを捻じ曲げたんです。そのせいで今のこの世界は非常に不安定でいろんなバグがでるようになってしまっている。グスタフがこの世界が辿るはずの道を踏み外させたんです。私たちがこのゲームの世界に呼ばれたのはきっと、そんなグスタフの悪行を止めてほしいとこの世界が願ったから! そう、私たちは本来グスタフを討つための救世主として召喚されたのだ……! だけど、それも叶いませんでした」
レントは熱に浮かされたように言葉を続ける。
「このゲーム世界に大きな障害が起こったからです。それは、あまりにこの世界のありようが原作ストーリーとズレてしまっていて、世界の崩壊が始まったからです。私たちにはもう、初期化以外の救済手段がない……やはりそれはグスタフのせいなのですよ。ああ、そうですよ。いま思えば獣の戦士のジンが狂っていたのも、ヒビキちゃんが帝国から逃げたのも、ぜんぶぜんぶグスタフという大きなバグが存在したせいで頭がおかしくなっていたせいなんだ! ああ、グスタフグスタフグスタフ! チクショウ、すべてがあいつに起因してる! あいつがダメなんだ。あいつがいるから何もかもがおかしくなった! そしてあいつは、あろうことかアグラニスさんまでその手にかけたッ!!!」
レントが地面に突き立てていた剣を引き抜き、レイアへと向ける。
「さあッ! 私からの質問ですッ! 貴女たちはこの話を聞いてなお、グスタフという存在が悪ではないと思いますかッ⁉ 貴女たちはこのままこの世界を崩壊に導くグスタフの仲間でいたいと思いますかッ⁉ どうですかッ⁉」
唾のしぶきをまき散らしながら、充血した目でレントが訴えかける。
「私は貴女たちがグスタフに洗脳されているかもしれないと思ってるんですよ……! だから、それを解くチャンスを与えたいと思ってる! 貴女たちが結託してアグラニスさんを殺したことは分かってる! でも、それがグスタフによる洗脳の結果なら、私は貴女たちのことは責めるべきじゃないと思っていますッ!」
「アグラニスを、私たちが殺した……? 何を言っているのですか、彼女を殺したのは槍の戦士で──」
「あぁッ! やはりダメかッ! ここまで話を聞いてなお、洗脳が解けないとはッ! なんと痛ましいッ!」
レントはくしゃりと顔を歪めると、深くうな垂れた。
「……洗脳を受けてるのはアンタの方じゃない?」
ニーニャが引き気味に言う。
「アンタみたいなヤツ、たまに見かけたわよ。10年後に世界は終わるとか、そんな思想にどっぷりと浸かってるやつも今のアンタと同じようなこと言ってたわ……。言ってることが支離滅裂で、ぜんぶ自分の都合の結末に結びつくように思い込みするのよね……」
「俺が洗脳を……? 思い込みを……? はっ、バカ言え。俺は人間でお前たちはただのNPC。だから、俺が正しいんだ」
濁り切ったまなこでレントはニーニャをにらむ。
「残念だよ。本当に……せめてこの世界が初期化される前に真実と向き合ってほしかった。いっしょにグスタフを糾弾して、アイツを絶望の底に叩き落とす手伝いをしてほしかった。でも、無理なんだな……」
「ええ、無理な話ですね。あなたに関しても、獣の戦士と同様にとてもまともな精神状態には思えません」
レイアは断言する。
「質問に答えましょう、剣の戦士レント。私たちは全員、グスタフ様の仲間です。そしてあなたたちの【初期化】などという野望も止めさせていただきます」
「……【初期化】を行わなければ、世界は崩壊するんですよ?」
「その証拠がいったいどこに?」
レイアは揺るぎない意志の灯った、その赤い瞳を真っすぐにレントに向ける。
「コンフィグとやらで世界の理を書き換えられることについては理解しました。それゆえにこの世界が人工物である可能性と、この世界に【勇者が魔王を倒す】という大筋があるとあなたたちが仮定していることも、百歩譲って承知したとしましょう。ですが、その大筋から外れたということが世界の崩壊に繋がっている証拠がひとつもありません」
「……見ろッ!」
レントがステータス欄をレイアに見せつける。そこには赤文字で『Null Pointer Exception』と記載されていた。
「これは特定のアイテムを参照した時に発生するエラーだ! これがこの世界にバグが起こっている証拠だ! このままじゃこの世界はエラーの渦に飲み込まれて破綻する!」
「……? よく分かりませんが、それがこの世界の大筋から外れたから発生している事象であるという証拠はあるのですか?」
「はぁ?」
「その『ばぐ』? とやらが魔王討伐以前に出なかった証拠があるのか、と聞いているのです」
「えっ……」
その問いに、レントは目を白黒とさせる。
「考えませんでしたか? だいいち、『ばぐ』とこの世界の崩壊の因果関係についてあなたは本当に理解できているのですか?」
「……」
追い詰められたような表情で黙り込むレントの肩に、シンクの手が置かれた。
「今度はお前が惑わされてんじゃねーよ。いいか、世界の崩壊についてはこの世界について一番詳しいハヤシダがそう言っているんだ。俺たちはそれを信じればいい」
「そ、そうだよね。そうだ……この世界を造った内のひとりがそう言っているんだ! 間違いない!」
シンクの言葉にレントは何度も頷いて、そうして敵意を込めたまなざしをレイアへと向ける。
「やはり、貴女たちはこの世界を崩壊へと導く存在のようだ……! きっとグスタフに洗脳されているが故でしょうが、しかしだからといって容赦はできません」
「私たちは洗脳などされていませんし、グスタフ様は世界を崩壊させようとも、我欲のためにどうこうしようとも考えるような方ではありません……と言ったところで聞く耳は持たないのでしょうね」
レイアは深いため息を吐いて、それから杖の戦士シンクと隠の戦士オトナシを見る。
「あなたたちふたりも剣の戦士と同じ考えということでよろしいのですか?」
「……それに答える義理は僕たちには無いね」
「そうですか」
どこか含みのあるシンクのその返事にレイアは眉をひそめながらも、しかし決然とした表情で3人の七戦士たちに向き合った。
「であれば私たちも容赦はできません。必ずその道を譲っていただきます!」
レイアが言い放ち、そして戦いの火蓋が切られる。エモノへと飛びかかる肉食獣のようなバネでニーニャが駆け、スペラの魔術が飛ぶ。レイアもまた赤い冥力を七戦士へと向け走らせつつ、
……この期に及んでいったい、何を隠しているのです?
余裕ぶったシンクの笑みに、レイアは何かまだ裏があることを悟っていた。
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