第12章 最終決戦

第122話 巨塔の頂上

【帝国 白い巨塔 上階層にて】

【初期化まであと1時間17分18秒】




 中階層、獣の戦士がいる階を離れて10分。スペラの浮遊魔術によってスペラ、ニーニャをそれぞれレイアとヒビキを脇に抱え階層を次々と上へと登っていた。


「そろそろ浮遊魔術の効力が切れそうです。いったん着地しましょう」

「わかったわ」


 ふたりはそれぞれゆっくりと着地した。意識の戻っていないヒビキとレイアに負担が掛からないよう、注意を払って。


「……スペラ、残魔力は大丈夫? 私とヒビキの回復もしてもらったし、かなり使ったんじゃない?」

「大丈夫ですよ。魔力回復ポーションも持ってきていますので」

「そう」


 ふたりの会話はそこで途切れる。


「だいぶ登ってきましたね」

「……そうね」

「この辺りで少し休みましょうか」

「ダメよ! そんなことをしたら、グスタフが何のために──」


 ニーニャはそこまで言いかけて、口をつぐんだ。下唇を血が滲むほどに噛み締めながら。スッと、スペラがその傍らでニーニャの背中をさすった。

 

「大丈夫ですよ。グスタフさんは『任せろ』と言ってくれたじゃありませんか」

「でも! あんな化け物に、本当に勝てるっていうの……?」

「……分かりません。ですが、信じるしか」


「──大丈夫ですよ」


 俯いたニーニャとスペラの間を、凛とした声が通った。


「レイアっ? 意識が戻ったのね!」


 痛むのか、頭を押さえつつレイアが自分の足で立ち上がっていた。

 

「ニーニャさん、スペラさん。グスタフ様なら大丈夫です。私たちは向かいましょう、上へ」

「ちょ、ちょっとレイア!」


 覚醒するやいなや、迷いなくフロアの階段へ向かって歩くレイアをニーニャが慌てて追いかける。


「グスタフ様はこれまでいくつもの不可能を可能にしてきてくれました。信じるとか信じないとかじゃないんです。私は知ってます。グスタフ様は絶対に私たちの前からいなくなったりしないって」

「どうして、アンタはそこまで……」

「知っているからです。もう死んでしまうんじゃないか、死んでしまった方がいいんじゃないかというほどに絶体絶命のその危機から、私のことを救ってくれるグスタフ様を」


 レイアはそう言ってふたりを振り返ると、力強い笑みを浮かべる。

 

「私たちは私たちにできることをするべきです。私たちで七戦士たちの元へと向かいましょう。そして問いただすのです。【初期化】とはなにか。そしてそれが私たちにとって、世界にとって悪の行為であるならば──」

「アタシたちで、止める」

「はい。その通りです」


 レイア、ニーニャ、スペラは3人で頷き合った。回復魔術をかけてもなおヒビキは未だに目覚めないが、しかし起きるのを待っている時間はない。残り時間が1時間も目前に迫っていた。


「……さすがに寒いわね!」


 ニーニャが肩を震わせる。4人はスペラの浮遊魔術によって上へ上へと登っていき、もう上空5000メートルは超えただろう地点にいた。窓がないため外の景色は見えないが、しかし塔の内部は真冬以上の冷たい空気に満たされており、それがどれだけの高度へと登ってきていたかを物語っている。

 

 ──上空5000メートル地点での地上との気温差は約30度。マイナス20度の極寒の環境だった。


「『ディセイブル・エリワーク』」


 スペラが魔術を唱えると、4人の体をオレンジ色の光が淡く包んだ。それは火山や雪山などのマップで受ける灼熱や凍えといった影響を防ぐことのできる魔術である。


「さあ、行きましょう……! 杖の戦士の魔力がうっすらとここまで漂ってきます。七戦士たちのいる場所まではもうすぐのはずです」


 3人は表情を引き締めて、数百メートル先の上のフロアへと登っていく。1つ、2つ。そしてその次のフロアは、いままでとまるでその様相が異なっていた。これまで通り広い空間のフロアだったが、天井はこれまでに比べて低い。数十メートルというところだろう。そして、部屋の真ん中に大きな螺旋階段が設置されている。

 

「ここが最上階……の、ひとつ手前の階ってことかしら」


 螺旋階段の終端に見えるのは両開きの開けっ放しになっている扉。そこから冷たい風が吹き込んできていた。

 

「『気配遮断・えん』」


 ニーニャはヒビキをフロアの隅へと降ろして寝かせるとその姿を隠すためのスキルをかける。さすがに意識を失ったままのヒビキを連れていては戦いにならない。


「行きましょう」


 レイアの言葉に、ニーニャとスペラは頷いた。再びスペラの浮遊魔術でひとっ飛びをして螺旋階段の頂上まで昇る。そして3人は両開きの扉から外へと飛び出した。

 

 ──ビュオウ、と強く冷たい風が吹く。

 

 白い巨塔の最上部は雲の上。濃い夕焼け色の空の下、その屋上は日の光に照らされてなおも暗かった。正面に100メートルほどの高さの台形の建物がそびえたっていて、陰を作っているのだ。


「3人……か。グスタフとヒビキちゃんがいないな」


 上空5000メートル超の真冬のように凍えたその世界で、台形の建物を守るようにして立っていた剣の戦士レントがレイアたち3人を出迎えた。

 

「オイオイ、ジンは? まさか倒したワケ?」


 レントの背後から、杖の戦士シンクと隠の戦士オトナシが顔を出す。

 

「アイツ狂ってはいるものの強さだけは本物のハズなんだけど」

「……いや、俺の『気配感知』にはまだ戦闘音が引っかかる。中階層でまだ誰かが戦っているのは確かだ」


 オトナシの言葉に、シンクはニヤリと笑った。

 

「ってことはアレだ、お前ら3人はグスタフたちを犠牲にしてここまで来たってことかよ! いやー、ただのNPCふぜいが泣かせるねー!」

「……黙れ」


 ニーニャが静かに怒りを吐き出して、クナイを手に握る。しかしシンクは笑みを収めることはしない。

 

「事実だろ? お前らは仲間を【捨て駒】にしたんだ」

「黙れって言ってんのよ、このゲスッ!」


 ニーニャが単身でシンクへと突っ込んで行く。シンクは嬉々として杖を振るった。

 

「単純単純! お前さぁ、記憶力皆無なの? この前僕になすすべなくボロ負けしたの覚えてないわけぇ?」


 シンクの杖より放たれた黒い帯がニーニャを迎撃する……が、しかし。帯がニーニャに触れたかと思うと、ニーニャの姿が消える。それはニーニャがスキルで用意していた分身だった。そして、その後ろから間髪入れずにスペラの素早い無詠唱魔術攻撃がシンクに向かって飛んだ。


「チッ!」


 辛うじて帯で弾くシンクだったが、それは囮。

 

「『強制決闘』」


 ニーニャは気配を消してシンクの背後へと潜んでいた。ニーニャのスキル発動と同時にレイアによる冥力がシンクの体を押さえつける。それは先ほど中階層でシンクが受けたのとまったく同じコンビネーション。

 

「単純? どっちがよ?」


 ニーニャが鼻を鳴らす。

 

「同じ手に二度も引っかかるマヌケに記憶がどうだのと言われたくないわね!」 


 スペラがさらなる攻撃魔術を、レイアが冥力でシンクの首を絞めようとする。だが、剣の戦士レントがひとつ剣を振るうやいなや、

 

「きゃあっ⁉」


 暴風によってスペラの放った攻撃魔術は風に弾かれて、冥力を操っていたレイアの体は宙へと吹き上げられた。

 

「くっ……!」


 ニーニャが素早く駆けて空中のレイアの体を掴むと、屋上へと着地した。フンっ、とレントが鼻を鳴らす音がする。

 

「残念だったな。ここにいるのはシンクくんだけじゃない。俺やオトナシくんだっているんだぜ」

「……そうみたいね。そこの単細胞だけだったら楽チンだったんだけれど」


 ニーニャの言葉にシンクが顔を真っ赤にして言葉を返そうとするが、レントがそれを制した。


「シンクくん、あれも君のことを煽って行動を短絡的にさせようとする作戦だよ。乗ってやる必要はないさ」


 ニーニャは舌打ちをする。シンクが冷静さを失って他の七戦士たちとの連携力を失ってくれれば幾分つけ込む隙も生まれると考えていた。だが、それはあえなく失敗に終わったようだった。

 

「さて、王国のみなさん。改めてようこそ。いえ、歓迎はしていないのでね、よくぞここまで来られましたと言うべきかな」


 以前見られたような軽薄な笑みすら浮かべることなく、レントは鋭いまなざしをレイアへと向ける。

 

「王国の姫君、レイア様。あなたへと問いたいことがあるのです」

「……私に?」


 レイアは赤い瞳の目を疑わしげに細める。

 

「構いませんが、それなら私たちの質問にも答えてもらいますよ」

「いいでしょう……ではレイア様、先に貴女たちの質問をお聞きしましょうか。おそらくですが、それを踏まえての方が私の質問の意図をより深く理解して答えていただけると思うので」

「……? よく分かりませんが、答えていただけるのであれば訊きましょう。【初期化】とはなんなのですか? あなたたちは何をするつもりなのです?」

「やはり、その質問でしたか。ズバリ、初期化とはこの世界を救うための行いですよ」


 レントは何でもないように、答えを重ねる。


「この世界をすべての争いが生まれる前──【魔王カイザースが討伐される前の状態に戻す】んです。そして今度は【私たち七戦士が勇者パーティーという設定】にして、再び魔王カイザースを討ち取り世界に平和をもたらす。そうすれば勇者が不当に陥れられることはなく、帝国と王国の戦争は起こらず、悪鬼羅刹の権化であるグスタフたちがこの世を踏みにじることはなかったのだから」

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