第121話 終結、そして

 ゴトン、と鈍い音を立てて屋上の地面にキャヌバーレンの頭が落ちた。その顔は何が起こったのか分からないとでも言いたげなものだった。


「はぁ……はぁ……」


 ダンサは剣を手放し、空いた右手でその頭を持ち上げようとして、フラリとよろめいた。


「──見事だった」


 倒れかけのダンサの体を、戦いを黙したまま見ていたクロスが支える。


「──自らの死をも厭わず、痛みすらも超越し、国のために戦うなんじこそ皇帝の器だろう」

「……クロス、様」

「──無理に口を開かずともよい。さて、それでは傷を治そうか。汝の左腕も拾っておいた」

「……いえ、血だけ止めていただけますか?」

「──なに?」


 問い返したクロスへと、ダンサは失血で顔を青ざめさせながらも頑なな意志を持った瞳を向ける。

 

「この傷は残します。私の願いのために、革命軍たちが、キャヌバーレンが、下ではいままさに民衆たちが衛兵たちと戦ってその命を散らしています。私だけ綺麗さっぱりなんて道理は通りません。それに……」


 ダンサは不敵に微笑んだ。

 

「この傷はきっと帝国の人々からの信頼を勝ち取るものとなるでしょう」

「──なるほど。国のためを想い、大ケガをも厭わずに戦った者としての立場を確立しようということか。しかし、そのために腕を棄てるとは思い切った選択だな」

「これも今後の帝国のためです」

「──狂っているな。しかし、良い狂い方だ。よかろう、少し待て──」


 クロスが杖を振る。


「──『闇より黒く、ふちより黒く、黒より黒く……其の御名みなは地獄。あるいは暗黒。人は其を慈愛と呼ぶだろう。ことわりを示せ、忘却の力。彼の者の傷を深淵の底へと隠したまへ』」


 クロスがそう唱えると、ドロリと床から泥が湧き上がる。そしてスライムのようにヌルリと動いたかと思うとダンサの全身をすっぽりと覆う。

 

「ダ、ダンサ様っ!」


 これまで黒い鎖に足首を縛られて倒れ伏していたじぃがダンサへと駆け寄った。


「お主、いったい……! ダンサ様に何をしている!」

「──ふむ、汝が『じぃ』か。案ずるな、われは治療を行っているに過ぎない」

「ち、治療……? これがっ?」

「──しかり。これは吾のユニークスキルである『オリジナルスペル』で生み出された回復魔術である。吾の呪文は込められた意思に沿って吾が意のままに発現する。吾が望むことによって、この世界の魔術のことわりに新しい理を書き加えることができるのだ」

「な……そんなことが……」


 じぃが驚いている間に、ダンサの体を包んでいる泥がはがれ落ちていく。


「不思議……痛みが、引いた……!」

「ダ、ダンサ様っ!」

「じぃっ! 無事でしたかっ」


 じぃはダンサの無事に安堵しかけ、しかし血が止まったものの未だ残るその腕や体に残った生々しい傷を見るや、その場に片膝を着いて頭を垂れた。

 

「申し訳ございませぬ、ダンサ様……! 私が不甲斐ないばかりに、こんなにたくさん傷を……!」

「じぃ、やめてください。頭を上げて。これは私が望んだことです」

「ダンサ様……」

「それに、まだなにも終わっていません。いえ、むしろ全てはこれから」


 ダンサは地面に転がっているキャヌバーレンの頭の髪を掴むと、そのまま屋上の縁まで歩いていき、それを高らかと掲げた。

 

「みなのもの、見よ! 皇帝直属護衛軍隊長キャヌバーレンは私が討ち取った! あとはこの宮廷を制圧するのみです!」


 民衆たちから歓声が湧き上がる。反対に衛兵たちは愕然としたような表情を浮かべ、その場に座り込む者たちもいた。民衆たちは勢いそのままに宮廷へと乗り込んでくる。もはや形勢は決まったも同然だった。

 

 ──だが、帝国軍の層はなおも厚い。


「皇女ダンサ……まさか宮廷にここまで攻め入るとは」

「誰だッ!」


 ダンサは声が聞こえた方向、自らの真上を見上げる。その上空、宮廷を大きく丸く取り囲むようにして数十人の魔術師たちが飛んでいた。ダンサの目が見開かれる。

 

「魔術師空攻部隊……!」

「いかにも。【初期化】などという異常事態が起こったからねぇ……。独断で戦地の丘陵地帯からはるばる戻ってきたんだとも」


 帝国は初級魔術師の層が厚い。それゆえに空からの攻撃を主とする専門的な訓練を受けた部隊が存在していた。それがこの魔術師空攻部隊だった。

 

「キャヌバーレン隊長が死ぬとは……まあ、おかげで直属護衛軍の席が空いたねぇ。感謝するよダンサ様」

「くっ……!」

「さあ、絨毯爆撃で死んでもらおうかぁっ! これからは俺──空攻部隊隊長カマセィーヌの時代だッ!!!」


 空に幾十もの魔方陣が展開される。魔術師たちが一斉に呪文を詠唱しようとした、その時。

 

 ──シュゴォッ! という音とともに青の光線が空を丸く薙いだ。

 

 ほんの一瞬のまたたきと共に、空攻部隊の9割の魔術師が空の塵となって消える。


「……へ?」


 カマセィーヌが呆然と呟いた。その直後、カマセィーヌの体もまた青色の光線に包まれて粉々に砕け散った。

 

「いまのは……!」


 ダンサは遠くの空、青い光の飛んできた場所に目を凝らす。そこでは小さな点が、小さな青い輝きを伴ってこちらに向かって飛んできているところだった。その光に見覚えは……ある。

 

「オーーーイッ! 無事かぁ~~~?」


 こちらからも姿を目視できる距離になってその男──砲の戦士ガイが声を張り上げた。その腕には子供が抱えられるような恰好でカイニスの領主チャイカが収まっている。ガイは腰から噴射させていたビームの出力を抑えると宮廷の屋上へと降り立った。

 

「た、助かりました……しかし、砲の戦士とチャイカ様がいったいなんでここにっ⁉」

「ん、ああ。グスタフの力になろうと思ってな!」


 あっけらかんと話すガイをぐいっと押しやって、チャイカが前に出る。


「私が許可を出しました。世界の危機ですからね。使える者は使おうと。それよりもダンサ様、そのケガはっ!」

「ご心配ありがとうございます。でも、これは大丈夫です。それよりもまずはいまの状況を」


 ダンサはグスタフたちと宮廷に入ってからの経緯を話した。自分だけが宮廷へと残り、他のみんなは聖剣の元に向かったことを。


「もうあれから2時間近くは経っています。スペラさんたちがテレポートで帰って来ていないところを見るに、きっと七戦士たちとの戦いが熾烈を極めているのでしょう……ガイ様、そしてチャイカ様。どうかレイア様たちのお力に!」

「任せてください、ダンサ様」

「うしっ、そんじゃ俺たちも聖剣のとこに向かうとするか!」


 ガイが関節を鳴らし、やる気十分といった風に砲口を地面へと向ける。チャイカもそれに頷いてガイの元へと向かうが、


「──待つがよい」


 それをクロスが止めた。


「──もうグスタフたちは聖剣のある場所には居らぬ」

「えっ……それはいったい、どういうことですかっ?」


 ダンサが問い返すとクロスは手のひら広げて見せる。そこから沸き上がるようにして小さな泥人形が出現した。


「──グスタフたちに聖剣の情報を教えていたとき、スペラとかいうエルフに極小の泥人形を付けておいたのだ。吾にはあやつらの居場所が分かる」

「……クロス様。傍観者でいるとか仰いつつ、ちょこちょこいろいろしてますね?」

「──言ったであろう? 吾は傍観者であり直接は事態に介入しない。だが、結末はこの目に焼き付けたいとな」

「そうですか……まあ、口だけでも出してくれる分にはありがたいのですが。それで、グスタフ様たちは今どちらに?」


 ダンサの問いに、クロスは北東を指差した。

 

「あそこだ。ここからでもよく見えるだろう?」


 それは帝国に住む者なら知らぬものはいない、白い巨塔だった。

 

「巨塔……? どうしてあんなところに? あそこの上階は誰も、皇帝ですら入れない場所のはずなのに」

「……マズいな」


 ダンサが首を傾げていると、ガイが横で呟いた。


「あの巨塔にグスタフたちが向かったって? そりゃマジのマジでヤバ過ぎるぜ」

「何がヤバいというんだ?」


 チャイカが問うと、ガイは苦々しい顔で答える。


「あそこの中階層にはなぁ、獣の戦士が捕らえられてるんだよ……!」

「それはカイニスでお前が言っていた、あの七戦士最強の男のことか?」

「ああ、そうだ」


 ガイは忌々しげにその目を細める。

 

「俺たち七戦士の最初の対人戦にして最悪の体験をさせられた相手だ。ヤツは人を殺すことを心から楽しんでるフシがあった。グスタフたちじゃ、ヤツの相手をするには優し過ぎる……!」

「……急ぐぞ、ガイ!」

「──待て」


 急ぐふたりを再びクロスが止める。


「なんだよ! 俺たちは急いでんだよ!」

「──送って行ってやろう」

「えっ?」

「──だから、吾のテレポートで送って行ってやろうと言っているのだ」


 クロスはローブを大仰にはためかせた。

 

「──吾は魔術師。ゆえにテレポートも収めておる。汝がその砲で空を翔けるよりも早く巨塔へと着くだろう」

「マジかよ! じゃあ頼む!」

「私からもお願いしたい。どなたかは存じないが……」

「──吾はしがない流浪るろうの魔術師だ。今は、な……」


 ニヒルに微笑むクロスへと、ダンサがあいまいに笑う。

 

「これも結末を目に焼き付けるためですか?」

「──然り。役者が足りぬままの決着など興醒きょうざめだろう?」

「私も共に向かいたいところですが……」

「──汝は充分に自らの役目を果たしたろう。それに、汝が居なくなっては民衆たちを治める者が居らぬではないか」

「ええ、そうでしょうね。私はここで私の役目を果たそうと思います」

「──うむ」


 クロスは鷹揚に頷いて、それからガイとチャイカの側へ行く。

 

「──それでは向かおう。運命の地へ」


 クロスが杖を振ると、クロス、ガイ、それにチャイカの姿が消える。テレポートは一瞬だった。ダンサは北東に視線をやった。

 

「どうか帝国を……この世界をお願いいたします」


 ダンサは、雲の上まで続くその白い巨塔に、願いを込めるようにそう呟いた。

 

 

 

 ──【初期化まで あと1時間5分10秒】

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