第120話 在りし日の帝国のために

 ダンサの一喝の直後。シンと、民衆たちが再び静まり返った。しかし、ダンサはそれに構いはしない。

 

「なぜ自分たちがこんな目に遭うのかっ⁉ 何が正しくて何が間違いで、誰が善くて誰が悪いのかっ⁉ 私が答えればそれが真実になるのですかっ⁉ 違うでしょうッ!!!」

 

 ダンサは拡声器越しに熱量の込められた言葉を吐き出していく。

 

「あなたたちはずっとこの国を見てきたハズです! この国がおかしくなっていったことくらい、みんな本当は分かっていたハズです! それに目を背けて生きてきたのは誰ッ⁉ 都合のいい時にだけ他人に答えを求めるなっ! これまで考えてこずに後回しにしてきたそのツケを人に押し付けようとするなっ!」


 ダンサの後ろから、剣を持った衛兵が襲い掛かってくる。ダンサは拡声器を投げつけて、地面に突き立てていた剣を持ち応戦した。それでもなお、ダンサは剣を振るいながら叫び続ける。

 

「私があなたたちのために戦っているんじゃないかって? いいえ! 私はいま、あなた達のために戦っているのではありません。私は私をここまで育ててくれた、このじぃを助けるために戦っている。そして、じぃたちと共に望む明日を勝ち取るために戦っている!」


 ダンサは力を振り絞り、意思を失った衛兵たちをひとりひとり倒してキャヌバーレンへと突き進む。体力は少ない。動ける量に限りもある。


 ──スバッ、と剣によって背中を斬られる。振り返り、斬り返す。

 

 ──スブリ、と槍先が二の腕に突き刺さる。その柄を斬って、槍を握っていた兵士を蹴り飛ばす。


 かわせない攻撃はその身で受けながら、それでもダンサはフラつく足でキャヌバーレンへと向かって歩き続けた。


「いま、ここに立つ私はこの帝国の皇女なんかじゃない! この国を変えようと戦う革命軍のリーダーです! 私を犯罪者と呼びたくば呼びなさい。あなたたち全員が私の敵となろうとも、私は私の愛してやまなかった在りし日の帝国を取り戻すために戦い続ける!」

「ふんっ、ヤケになったか! 帝都の民すべてを敵に回すような発言をするなど……」


 失笑するキャヌバーレンだったが、しかし。

 

「ごめんなさいッ!!!」


 静まり返った民衆の中から、悲痛で、しかし力強いひとつの言葉が響き渡る。

 

「ダンサ様……ごめんなさいっ! 私はずっと真実から逃げていました。帝都以外の小さな村々が犠牲になっていることも薄々……いえ、本当はとっくに気が付いていたのに、なのに私は私と家族の生活を守るために仕方ないって、そこで目をつむってしまっていました」


 その声の主の女性は震える両手を抑えつけるように胸の前で強く握っていた。


「誰かに帝都が襲われたのも、戦争ばかり起こっているのも、そして今こんなことになってしまっているのも、きっと私たちがずっと陛下……いえ、皇帝ジークのやることから目を背けてきたせいだって、私にだって分かっていました! あなたが人々を助けるために動いていたのを、見るばかりで助けもしなかったから、自業自得だってことも分かっています!」


 決然とした表情で、確固たる意志を瞳の奥に燃やしたその女性は、体を恐怖に震わせながらも声を張り上げる。


「ダンサ様っ! 私はこんなにも卑怯な人間で、大した力もありません。いまさら過ぎることだって分かってます。でも、今からでも、あなたのために戦うことはできますかっ⁉ 私が望む帝国のために、あなたと共に戦うことはできますかっ⁉」


 ダンサはその声に応えるべく、剣を大きく上に掲げた。


「この国を変えるために命を賭せる者はここで戦いなさいッ! 私がその先頭に立ちましょうッ!」

「ッ! はいッ!」


 その女性が、なんの武器も持たずに歩き出す。武器を持って、民衆たちをこれ以上近づけさせまいとしている衛兵たちに向かって、人波をかき分けるようにして歩き出す。


「……俺も、俺もいまのままの帝国は……イヤだ」


 その隣にいた男がボソリと呟いた。


「俺もだ……」「ワシも、ずっと黙っているだけじゃったが……」「私も、粛清が怖くて」


 呟きが波紋のように広がっていく。ひとり、またひとりと民衆たちの中から民衆が動き始める。

 

「戦うならいまなんじゃないかっ?」

「でも、なんのためにっ?」

「決まってる……俺は、前の帝国の方がよかった。帝都で暮らす恩恵なんて要らねぇ。戦争だなんだで多くの人が死ぬ帝国よりも、平穏でそこそこに暮らせるほうがよっぽどよかった!」

「私も。いつ粛清されるかと怯えて、不安な毎日を生きるのにはうんざり」

「いま俺たちに何が起こってるのかは分からない。ダンサ様が俺たちを許してくれるとも思わない! でも、今の帝国を変えられるのはダンサ様だけだ!」

「戦うぞッ!」

「おぉッ!」


 民衆たちの間に漂っていた不安感は消え、いつの間にかそれにとって代わるかのように反抗の意志が大きな波となって宮廷へと詰めかける。その圧倒的な人数の奔流に、宮廷前の衛兵たちはあっという間に飲み込まれた。

 

「な、なんだと……! なぜこんな、急にっ⁉」


 キャヌバーレンが顔を青くして屋上の下へと視線を向ける。


「たかだか演説ひとつで、ここまで人々を動かせるというのですかっ?」

「……そんなわけないでしょう」


 自らへと向かってくる兵士を倒しながら、ダンサは自虐的な笑みを浮かべる。

 

「そんなカリスマがあったなら、私の革命はきっと最初で成功していたでしょう」

「では、なぜ民衆が動くっ⁉」

「人は空気に感化されやすいものです。最初に言ったでしょう? いま詰めかけている民衆の中には革命軍のメンバーもきっと居るだろう、と」

「……まさか、あなたへと声をかけていた人間はっ!」


 ハッとしたような表情で言うキャヌバーレンへと、ダンサは不敵に微笑んだ。


「ええ、きっと革命軍のメンバーでしょうね。この1年間不在にしていたので私は知りませんでしたが。彼らが民衆の気持ちを煽ってくれたのでしょう」

「くっ……この詐欺師めッ!」

「あなたに貶されるいわれはありませんよ、キャヌバーレン。ともかく、民衆は動き始めた。この大きな流れはもう止まりません。もはやじぃの処刑は反乱の抑止には繋がらないということです。いずれ民たちはこの屋上まで詰めかけてくることでしょう」

「そうですねぇ、よくもやってくれたものです……!」


 キャヌバーレンが剣を振るう。すると、ダンサに斬られて屋上に倒れ伏していた兵士たちが人形のように立ち上がった。


「たが、あくまでこの反乱の旗印となっているのはあなたでしょう、ダンサ様。あなたの首を取って、民衆たちの動きを鈍らせる! そのうちにジーク陛下と七戦士たちも帰ってくるでしょう。そうしたら彼らの圧倒的な力を借りて、必要な分だけ民衆たちを殺して全て元通りです!」

「無駄です。私が死のうとも、いまこの瞬間に民たちに芽生えた意志は消えることはない! それにジークたちは帰って来ませんよ……私の信頼できる【仲間】たちが、私の代わりに引導いんどうを渡してくれますから!」

「ふんっ、世迷い言をいう元気はあるのですね、もう立っているのもやっとという様子のくせに」

「世迷い言かどうかは、後で分かりますよ……!」

「負け犬の遠吠えだ、見苦しい! さあ、とっとと死んでくださいよダンサ様!」


 精神を操られた衛兵たちが武器を振りかぶり、ダンサへと突撃してくる。離れた場所から初級魔術師たちによる多様な攻撃魔術も降り注いでくる。そんな中でダンサはしかし、ニヤリと微笑んだ。

 

 ……剣を持つ腕はもはや疲れ切って上がらない。きっと私はここで死ぬだろう。だけど、私の視界の隅でいま、じぃが縛り上げられていた腕の縄を解いていた。なら、きっと民衆の統率ははじぃが引き継いでくれる。そしてじぃならキャヌバーレンくらい簡単に捻ってくれるに違いない。

 

 だからこそ、ダンサは1歩前へと踏み出した。武器を突き出してくる衛兵たちに向かって。せめて、最後まで戦い続ける自身の背中を民衆の目の奥に焼き付けるために。


「……えっ?」


 しかし、武器が、魔術が、ダンサへと肉薄したかと思うやいないや、突然に立ち消えた。ピタリ、と。衛兵たちの動きもまた止まった。

 

「これは、いったい……?」


 目の前の衛兵たちに絡みついているのは……黒い鎖。

 

「──ククク。卑怯とは言うまいが、漢らしくはないなキャヌバーレンとやら」


 いつの間にか、ダンサの隣には黒いローブをはためかせ黒い四角柱の杖を持った男──先代杖の戦士クロスが立っていた。


「クロス様……な、なぜ……」

「──われは傍観者ではある。だが、人死には好かぬ」


 クロスが杖を振るう。衛兵たちが鎖に抑えつけられるようにして地面へと無理やり倒される。

 

「──宮廷へと詰めかけていた民衆たちの多数が生き残る選択はどれかと悩んでいたが……どうやら彼奴きゃつらの心はひとつになったようだ。このまま反乱の後押しをしてやった方がきっと人死には少ないだろう」

「あ、ありがとうございます……!」

「──早合点するでない、ダンサよ。より多くの民衆がこの場で命を落とさない選択をする、という吾の目的は達せられた。あとの問題にこれ以上吾が関わるつもりは無い。無い、が……」


 クロスがキャヌバーレンへと視線を向ける。


「──この帝国の行く末を決めるために戦うのはお主たちである。だが、ちと主の精神操作は悪趣味が過ぎる」

「……誰なんですか、あんたはっ!」

「──それにひとりで立ち向かうボロボロの女に対して複数人で戦うなど、漢の風上にも置けぬわ。見てられん。無性に腹が立つ。それでも兵士か」

「傍観者と言ったり、そのくせ私の邪魔をしたり、なんなんだ本当に!」

「──吾は様式美を重んじる。すべてを決するには一騎打ちが相応しい。さあ、立ち会え。この国の運命はお主たちに委ねられるだろう!」


 クロスはキャヌバーレンの言葉を全て無視し切って、再び杖を振るう。すると地面に倒れ伏していた衛兵たちが、まるでモーゼが波を割ったがごとく、左右に分かれてダンサとキャヌバーレンへと道を開けた。ダンサがフッと笑う。

 

「もとより、私はここで、たとえひとりきりでも戦い抜くつもりでしたから……ずいぶんとオマケをしていただいた気分です」

 

 上がらない右腕に剣を、使い物にならない左腕をぶら下げてダンサが作られたその道を歩く。剣を杖のようにして、蓄積したダメージに震える足を動かしてキャヌバーレンへと距離を詰める。


「ダンサ様っ!」


 じぃの声が響く。その足首にもまたクロスの黒い鎖は付けられていた。じぃがダンサの助けに入ることも許されていない。正真正銘のキャヌバーレンとの一騎打ちだった。傷だらけのダンサを相手に、しかしキャヌバーレンの表情は引きつっている。


「ほ、本気でまだ戦う気ですか? その体でこの皇帝直属護衛軍隊長の私に本気で勝てるとでもっ?」

「……怖いのですか? 私のことが」


 ダンサがキャヌバーレンをにらみつける。その気迫に、キャヌバーレンの足が1歩後ろへとさがったが、しかしハッとした様子で剣を構え直した。


「こ、怖い? そんなわけないでしょう。もはや死体も同然のあなたを前に、私が恐怖を感じるなど……!」

「ならばかかって来なさい。本当に臆していないのであればそのように立ち尽くしている意味もないでしょう?」

「っ……!」

「それともこのまま私があなたの間合いに入らなければ剣も振るえませんか? 無傷のあなたが、死体同然の私に、そこまでしてもらわないと勝てないと?」

「こ、このっ! 言わせておけば……!」

「いいんですよ、それでも。父の目は確かだったということですから。いくら才能があろうとも、ここまで臆病者で小心者な人間が──直属護衛軍の隊長なんかに抜擢されるはずもないですもの」

「黙れぇッ!」


 キャヌバーレンが剣を上段に構えて突っ込んでくる。それは他の衛兵たちとはさすがに一線を画すスピードで、今のダンサに避ける術などあるはずもない。だからこそ、ダンサは振り上げた。

 

「クッ……!」


 ──使い物にならなくなった自身の左腕を。

 

 ダンサの左の前腕が切断されて宙に舞った。剣はそのまま押し込まれるようにしてダンサの左肩へと食い込む。ダンサは歯を食いしばりながら、左肩の筋肉を絞るようにして力を込めた。そのせいで、キャヌバーレンが剣を引き抜こうとして、しかしひと息には抜けなかった。

 

「こ、この────えっ……?」


 次の瞬間、キャヌバーレンが間抜けた声を上げながら、後ろへと体勢を崩す。さらに力を込めたところで、今度は剣がまるで引っかかりなく抜けたのだ。ダンサは筋肉を脱力させ切っていた。ゆえに、剣を引き抜くために込めた力がまるまるキャヌバーレン自身へと返ってきたのだ。

 

 ──その隙を、ダンサは逃さなかった。


「はぁ──ッ!」


 ダンサは体全体を使って右腕を横に振る。上がらない右腕はしかし、遠心力でもって剣をキャヌバーレンの首めがけてその一閃を奔らせる。


「スキル『ギガ・スラッシュ』ッ!!!」


 ダンサの持つ剣士としての最大攻撃スキルがその一撃にさらなる勢いをつけてキャヌバーレンの首に入り、胴と頭をふたつに分ける。空に舞ったその顔は、何が起こったのか分からないといった呆然一色に染まっていた。

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