第119話 孤軍奮闘

【帝国 宮廷にて】




 ダンサは息を乱しながらも宮廷の廊下を走っていた。たびたび宮廷内の衛兵に見つかったが、しかしいちいち問答している暇などない。


「フッ──!」

「ぐ、ぁ……!」


 流れるように剣を振るうと、ダンサの前に立ちはだかった衛兵たちが倒れ伏した。その体から床に大量の血を床に広げていく。かつて父と共に歩いた廊下で、かつては共に帝国を支えようとしてきたはずの相手を斬ることにもちろん抵抗はあった。だが、事態はそんな感傷に浸る暇を与えない。


「早く執務室へ……!」


 他の町々で革命軍が蜂起しているということは、この帝都でも宮廷を攻めにきているのは間違いない。であれば、ひとまずの狙いはここを制圧するに一番適した場所だろう。


 ──すなわち、皇帝の執務室だ。


 その周りは要人も集まりやすい場所なので、1年前にダンサがリーダーを勤めていた際も制圧目標のひとつにしていたところだった。廊下の角を曲がり、走り、ダンサを行く手を阻もうとしてくる衛兵たちを次々に倒す。


「さすがに警備が固いですが……みな、鍛錬が足りません!」

 

 ゆらりゆらりと花のように舞い、かと思えば風のように速く。数瞬の間に5人の衛兵たちの脇を抜くと、彼らがバタバタと倒れていく。


 ……そんじょそこらの衛兵に負ける程度の剣の腕じゃない。


 グスタフたちには遠く及ばないものの、ダンサは自分の腕前は直属護衛軍の騎士たちにも匹敵すると確信していた。

 

 その剣技は幼き頃から元皇帝直属護衛軍の隊長を務めた【じぃ】に仕込まれてきたものだ。じぃにはよく魔の森へと連れて行ってもらって、そこで実戦経験を積み、命がけの戦いも何度も経験させてもらった。そんなじぃはダンサにとっての戦いの親であり、今は志を同じくした革命軍の同志であり副リーダーだった。

 

「じぃなら、宮廷魔術師たちもいない今、あっという間に執務室まで侵攻してるはず……!」


 勢いよく廊下を曲がり、ダンサは執務室の手前までやってくる。さすがは宮廷内部の重要フロアなだけあってそれなりに時間は掛かったものの、ダンサは次々に衛兵を倒して、そしておそらくは本部となっているのだろう部屋も発見して制圧した……が、おかしい。

 

「革命軍の姿がまるで見えない……?」


 あらためて廊下に出て辺りを見やる。衛兵たちはダンサに敵わないと見るや全員逃げてしまったようだ。付近にはもう誰もいない。

 

「苦戦をしているにしても近くで戦闘音くらい聞こえるはず……革命軍はいったい何をしているのです……? じぃならきっとここまでの道を迷うこともないはず……」


 執務室は制圧すべき要所。自分が革命軍から離れていた1年でそれが変わることも無いだろう。ダンサが頭を悩ませていたとき、

 

「──なんじ、どうやらアテが外れたようだな」

「うわっ⁉」


 うしろから突然声が掛かって、ダンサは大きくのけ反った。

 

「えっ、えっ……クロス様っ⁉」

「──いかにも。われこそが稀代の黒魔術師、クロス=フォルティ……」

「どうしてクロス様がここにっ? さきほどの廊下で別れたはずでは……!」

「──吾は傍観者。ゆえに、どこにいようとも構わぬだろう? それに、汝には伝えておいた方がよかろうこともあったゆえな」

「伝えておいた方がいいこと、ですか?」

「──しかり」

 

 クロスは大仰に頷くと垂直に立てた人差し指を上へと向けた。

 

「──どうやら屋上で民衆へと向けた【公開処刑】が執り行われるらしい」

「公開処刑っ? いったいなんでこんな時にっ?」

「──どうやら民衆の混乱を恐怖で鎮めつつ、革命軍とやらの動きを牽制するための帝国軍の策らしいな。処刑対象は革命軍副リーダーの【アルティマ・ツーベルグ】という男らしい」

「ッ‼」


 思わずダンサは息をのんだ。アルティマ・ツーベルグ、それはじぃの本名だ。

 

「──知り合いか?」

「……はい。私にとって、第2の父のような存在です」

「──そうか」


 ダンサはクルリと元来た道を走って戻り始める。その後ろを浮遊魔術で、宙を滑るようにしてクロスがついていく。

 

「──汝、どうする気だ?」

「屋上へ行って処刑を止めます!」

「──革命軍の仲間と合流するのではなかったのか?」

「ええ、そうです。もちろん! でも今は……!」


 本来であれば外に出て革命軍たちと連携を取り、改めて宮廷に攻め入る策が1番良いのだろう。


 ──だけど、だからといってじぃを見捨てることなどできるはずもない。


 父を亡くし、そして兄が強権を振るい始めたとき、常にかたわらでダンサを支えてくれたのがじぃだった。じぃは頼れる臣下でありながら、素晴らしき親であり心を通わす友人だった。

 

「私は、この帝国にじぃが居てほしいのです……! 自身の大切な人すらも守れずして、何が皇女、何が革命軍リーダーでしょうかっ? 私は、守りたいものすべてを守ります! じぃを、民を、暮らしを、安心を!」

「──そうか」


 クロスを置き去り、ダンサは廊下を走る。階段を駆け上がり、そして屋上への扉を開け放つ。


「なっ……! ダンサ皇女殿下っ⁉」

「即刻、処刑を取りやめなさいっ!」

「何を突然出て来て……! 皆の者、あの反逆者を取り押さえろっ!」

 

 屋上で見張りをしていた衛兵たちが押し寄せてくるが、ダンサはその程度ものともしない。ゆるりと剣を構えて、花びらのように舞い衛兵たちの脇を抜け、すれ違いざまに斬っていく。屋上で激しい戦いが始まるやいなや、宮廷の周りを囲む民衆たちの騒ぎがいっそう大きくなった。

 

「あれは……!」

「ダンサ様っ⁉ ダンサ様だっ!」

「確か、ダンサ様はジーク陛下暗殺未遂の罪で投獄されているはずじゃあっ⁉」


 宮廷の屋上を見上げ、ダンサの姿を目撃した民衆たちからそんな声が上がる。ジークにとって都合の良い事実だけを切り取って聞かされてきたであろう民衆の目には、ダンサのいまの行動は国家転覆を狙う犯罪者にしか映らないのかもしれない。それがもどかしかったが、しかしダンサはそのモヤモヤを胸の内で押し潰した。


 ……それは元より承知の上だったことだ。たとえ民にとっての敵となろうとも、在りし日の帝国を取り戻すため、そして何よりいまはじぃを救うために戦うことに集中しなければ。


「これはこれは、ダンサ【元】皇女殿下」

「キャヌバーレン……!」

 

 屋上の、宮廷へと詰めかけてきた民衆を見下ろせるその位置でダンサを待っていたのは皇帝直属護衛軍隊長の男、キャヌバーレン。隣に控えている衛兵のひとりに魔力で作用する拡声器を持たせ、キャヌバーレンは民衆へと向けてその行動の愚かさを滔々とうとうと話していたらしい。そしてその足の下には、腕を縛られうつ伏せに倒れる者がひとり。


「じぃ!」


 キャヌバーレンの足の下に踏みつけにされていたのはダンサの戦いの親、その人だ。


「ダ、ダンサ様っ⁉」

「じぃ、もう少し待っていなさい。いま助けます!」


 ダンサは剣を構え、その剣先をキャヌバーレンに突き付ける。

 

「今すぐ処刑なんて馬鹿げたマネを止めなさい、キャヌバーレン!」

「元皇女殿下、それはできません。これまで帝都にて皇帝陛下の恩恵にあずかりながらこんな非常時に陛下の御心を疑い集まる愚民どもに、革命などという愚行を犯した者の末路を教えてやらねばなりませんから」

「……いま、帝国の各地で革命軍が蜂起しています。きっと下の民衆たちの中にもメンバーが紛れているでしょう。そんな状況下でこのようなマネをするリスクを、あなたは分かっているのですか」

「リスク? メリットの間違いでしょう?」


 キャヌバーレンは意地の悪い笑みを浮かべる。


「副リーダーを殺されそうになったなら、革命軍たちはそれを助けようとノコノコ現れるでしょう? そこを我々は安全地帯であるこの屋上から弓と魔法で叩いてやるのです! 安全安心に害虫駆除ができるうえ、民衆の反抗の意思を恐怖で抑えつけることができる……まさに一石二鳥の良作ではありませんか!」

「……お前は何も分かっていませんね」


 ダンサは吐き捨てるように言った。


「民衆がこれほどまでに密集している中で戦いが起きればどうなりますか? 民衆は我先にこの場から離れ逃げようとして、結果ドミノ倒しになるでしょう。パニックにパニックが重なって死体の山ができることが想像できませんか⁉」

「……っ! ふん、それは私の知ったことではありません」

「思い至りもしなかった、と顔に書いてありますよ? ジークが皇帝になってから数年、直属護衛軍の質も落ちたものですね」

「……いい加減に調子に乗るのはやめなさい。いつまで皇女気分でいるのですか?」


 舌打ちをして、キャヌバーレンは鋭い眼光をダンサへと向ける。


「あなたはもはや革命軍のリーダーとして、この国の大犯罪者なのですよ……ちょうどいい。あなたもまとめてここで殺してしまいましょう。革命軍のリーダーと副リーダーを目の前で失えば、あなたたちの多くの同志たちが抵抗の意思をなくすのでは?」

「安易な考えを……」

「さあ帝国軍! あの裏切り者の元皇女を殺すのです!」

 

 キャヌバーレンの言葉に、屋上に控えていた衛兵や初級魔術師たちがいっせいにダンサへとめがけて襲い掛かってくる。ダンサにとってそれらひとりひとりを相手にするのは苦ではない。それだけの実力は充分にあった。しかし、相手が多人数、ましてや遠距離攻撃を行う魔術師たちも混ざっているとなれば話は別だった。

 

「くっ……!」


 足を止めて目の前の衛兵ひとりを斬ったそのとき、その衛兵を巻き込む形で中級魔術が飛んできた。炎系で着弾時に中規模の爆発を伴う『メガ・フレアード』は剣で防ぐことは叶わず、ダンサの体は大きく吹き飛ばされる。

 

「なっ……!」


 足を止めないよう、流れる水のように動いてダンサは衛兵たちと魔術師の相手をする。しかし、相手はレベルは低いといえど訓練を受けてきた衛兵なだけある。

 

「なっ⁉」


 1人斬って離脱しようとしたその瞬間を4人がかりで囲まれる。そして動きを止められたダンサの目の前に迫ってきたのは中級魔術『メガ・フレアード』。

 

「まさか、この人数をっ⁉ ウソでしょう……っ⁉」


 とっさに腕で顔を庇い、体を丸くする。瞬間、ダンサと4人の衛兵を巻き込む形で爆発が起こった。

 

「うぅ……!」


 屋上の地面を激しく転がった。肌を焦がす痛みの後、ひときわ激しい痛みがダンサの左腕を襲った。顔を庇ったときに前に出していた左腕は鎧もその下の服も吹き飛んでボロボロで動かない。


「キャヌバーレン……!」


 ダンサは右手に持った剣を杖に、震える足で立ち上がる。


「お前は、兵士の命をなんだと思っているのですかッ!」


 ダンサの足元には、ダンサ以上に中級魔術の直撃を激しく受けた衛兵たちが転がって、物言わぬ屍となり果てていた。怒りに犬歯をむき出しにするダンサに、キャヌバーレンは呆れたような失笑を返した。

 

「兵士の命をなんだと思っているか、って? 決まっているじゃないですか。【敵を倒すための駒】ですよ」


 皇帝直属護衛軍隊長のキャヌバーレンは剣技に関しては副隊長アルノルドよりもわずかに劣る。しかし、キャヌバーレンが収めている職業は純粋な剣士ではない。

 

「『精神操作マインドコントロール』で意思もない衛兵たちの命を奪う権利がどこにあると言うのですッ⁉」

「魔剣士として、隊長としての権利に他なりませんよ。現に、ジーク陛下からも衛兵たちのことは私の好きにしていいと許可をいただいていますので」


 ──キャヌバーレンの使用魔術『精神操作』。これはレベル差のある人間を操ることができる魔術であり、魔力が高ければ高いほどにその効果と範囲は増す。

 

 この帝国において魔術と剣士両方のスキルを収めている人間は魔剣士という職業で呼称される。2つとも使うこと自体は珍しくは無いが実戦で使えるほどに2つの技量を高めることができるのは一部の才能を持つ者のみ。キャヌバーレンはその才を見抜かれて前皇帝、つまりはダンサの父の時代から皇帝直属護衛軍に抜擢されていた魔剣士であった。


「本当にジーク陛下は私のことをよく分かってくださる。お父君……前皇帝は私の才をもてあましていたのです。どうでもいい人助けや護衛任務だけに私を使うなど……。私の力はこういった敵のせん滅や人心の操作に使われるべきだったのに」

「違う……! 父は、お前の才を認めると同時に危険視もしていました。だからこそ、直属護衛軍に任命してお前に正しい力の使い方を覚えてほしかったのです」

「詭弁ですね。私の力の使い方は私が一番よく分かっている」


 キャヌバーレンが宙へと剣を振るう。


「さあ、我が兵士たち! 一斉にこの女へと斬り掛かりなさい!」


 その言葉を受けると同時、瞳に意思の光を宿さない衛兵たちが剣や槍を持ってダンサへと向かって来る。


「うぅっ……!」


 苦戦。蓄積したダメージのせいで震える足は思い通りに動かない。左腕も上がらない。ダンサはもはや衛兵たちからの攻撃を防ぐことしかできなくなっていた。

 

 ……このままでは勝てない。じぃも、帝国も救えない。いったいどうすれば……!


 ダンサが下唇を噛み締めていた、そのとき。


「ダンサ様ッ!」


 民衆たちの中から大きな声が上がった。

 

「ダンサ様、教えてくださいっ! あなたは本当に犯罪者なのですかッ⁉」


 宮廷の屋上でダンサたちの激しい戦いが始まってから静まり返っていた民衆たちの間に、その言葉は響き渡った。そしてそれが、これまでのジークによる帝国の支配の中で民衆たちの間に降り積もった疑問を呼び起こす呼び水となる。

 

「ダンサ様っ! あなたは優しい人だった! 子供のころはよく帝都に降りてきては遊んでいったものだった! 分け隔てなく、みんなに優しい笑顔を向けてくれる人だった! それがどうして革命軍になんて!」

「ダンサ様、いまこの国になにが起こっているのですかっ⁉ 私は怖いです!」

「この前の獣の化け物は本当に王国の兵器だったのでしょうか⁉」

「私たちは何と戦っているのですかっ? 王国ですか、それとも別の何かなのですかっ⁉」

「ダンサ様っ、教えてください! あなたはどうして戦っているのですか⁉ 革命とはもしかして、私たちのためなのですかっ⁉」


 屋上で戦闘を繰り広げるダンサに向かっての質問は留まることを知らず、宮廷の周りを取り囲むようにしている一団から徐々に奥へ向けて広がっていく。


「ダンサ様っ!」

「教えてください、ダンサ様っ!」

「私たちは何を、誰を信じればいいのですかダンサ様っ!」

「ダンサ様っ!」


 民衆たちのその様子に、キャヌバーレンが舌打ちをする。

 

「まったく、これまで帝都に住んで受けていた恩恵のことだけを覚えていればいいものを……。まあいいさ、この混乱に乗じて反乱分子の予備軍として殺せばいいでしょう。さて、ダンサ様にはさっさと死んでもらって……」


 キャヌバーレンが言い切る前に、ダンサは震える足に今日一番の力を込めて地面を蹴り出した。そして屋上の縁際に立っていたキャヌバーレンへと飛びかかる。

 

「おっと」


 しかし、それはあっけなく避けられて、代わりにダンサのその一撃はキャヌバーレンの後ろに立っていた衛兵を斬り捨てた。


「まさかまだ余力があったとは……しかし、残念でしたね」

「いいえ」


 ダンサは剣を床に突き立て、今しがた斬り捨てた衛兵の首根っこを掴んで引き寄せる。

 

「貸しなさい」

 

 そしてその手から奪い取ったのは、拡声器。ダンサはそれに魔力を流し込み民衆へと向けて大きく息を吸った。そして、

 

「──安易に、答えを求めるなッ!!!」


 ダンサの一喝が、民衆に向かって吹き荒れた。

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