第118話 殿《しんがり》

〔ガァッ!〕


 動けず両手でガードすることも敵わないジンの頭めがけて雷のごとき一撃が刺さる。その巨体が大きくノックバックする瞬間に姫はトンネルを閉めた。両腕を失ったジンが激しく床を転がった。

 

「ひ、姫っ! 作戦があるならそうと言ってください!」

「すみません、敵を騙すにはまず味方から、と──」


 ガクリと、姫が床に崩れるように膝を着いた。


「姫っ⁉」

「あ、頭が……!」


 ボタボタと、姫の顎をとめどなくあふれ出す鼻血が伝う。その体を支えようとするが、姫に腕を弾かれる。


「う、うしろっ!」

「えっ──!」


 振り返りざま、辛うじて槍を構えてガキンと鉄がかち合うような音が響き渡る。ジンが両腕を失ったまま、蹴りを放ってきていたのだ。槍の柄で辛うじてそれを押し返し、俺はスキル『雷影』を放つがしかし、またしても避けられる。


「休むヒマもくれないってか!」

〔殺ス!〕


 失われた両腕部分と側頭部からダラダラと血を流しながら、ジンが吠える。両足だけでもなお、こちらを攻め続ける気迫はすさまじい。姫は力の使い過ぎでか意識が混濁してきたらしく動けないようだ。このままじゃ防戦一方になってしまう。どうするかと考えを巡らせていたが、しかし。


「『強制決闘』!」


 ジンの体が意思とは反するように後ろへ数歩、たたらを踏むようにして後ずさった。

 

「グスタフ! レイアを連れてヒビキのトコまで行きなさい!」

「その間は私たちがふたりでしのぎます!」

 

 ニーニャとスペラが息も荒くボロボロになりながらも起き上がり、ジンの背後に立っていた。

 

「ホラ、畜生ふぜいが! アタシたちが遊んでやるわ、感謝しなさい!」

〔クソガキがァッ!〕


 ジンがふたりへと向かって飛びかかる。俺はふたりの作ってくれたチャンスを無駄にしないため、レイア姫を脇に抱えると全速力でヒビキの元へと走った。

 

「ヒビキッ!」


 先ほど壁に叩きつけられてからというものの微動だにしないヒビキの名前を呼びながらその横へと駆け寄った。


「クッ……!」


 意識がない。それにケガも酷いものだった。頭から大量に出血をしている。ダンサに聞く伝承によればこの白い巨塔は何をしても壊れないらしいが、しかしヒビキの叩きつけられたその壁はうっすらとへこんでいる。どれほどの勢いで叩きつけられたのかが一目瞭然だった。体の骨も無事ではないだろう。

 

「姫、姫は大丈夫ですかっ?」

「……うぅ」

 

 姫の目の焦点は合っていない。瞳の色も深紅と翡翠色を行ったり来たりして安定していないようだ。とにかく休ませなければマズいだろう。

 

「あー、くそ! 腕が逝った!」


 俺の横へと、スペラとニーニャがテレポートで現れる。どうやらニーニャのスキル『強制決闘』の効果が切れたようだ。獣の一撃を喰らってしまったようで、ニーニャの腕が曲がっていた。

 

「グスタフさん、状況はっ?」

「姫に外傷は無いが行動は不能、ヒビキには至急回復魔術が必要だ。頼めるかっ?」

「もちろん!」


 スペラがすぐにヒビキの側へとしゃがみ込み回復魔術をかけ始める。俺とニーニャは壁と3人を背に、ジンから目を離さない。ジンはこちらへと追撃してこようとはしなかった。しかし、再び今度はその胸から新しい獣の体が生え始めていた。


「アイツ……まさか無限に再生できるの……⁉」


 ニーニャが焦るような声を出してジンに向かって足を踏み出そうとするが、それを俺は止めた。


「落ち着けニーニャ。その怪我で突っ込んでどうする? アイツまだ動けるぞ!」

「だって、またアイツが完全に回復しちゃったら……!」

「それは分かってる。でも、こちらから攻撃を仕掛けに行ったらその隙にスペラさんたちが狙われる。ニーニャがひとりで突っ込んだって返り討ちだ」

「くっ……! でも、このまままたアイツが全快しちゃったら!」


 引きつった表情のニーニャへと俺は頷いた。回復魔術を受けているもののヒビキは目を覚まさない、レイア姫はこれ以上力を使えず動くこともままならない、そして俺とニーニャ、スペラもかなりのダメージを負っている。もしこの状況でジンが万全に動けるようになったら間違いなく俺たちは【詰み】だろう。

 

 ……しかしそれは、もしもジンが【万全】に動けるようになったら、の話だ。


「ニーニャ、アイツの側頭部を見てみろ」

「側頭部……?」

「そうだ。新しい方じゃない。いま脱ぎ捨てようとしてる古い獣の体の方だ。大きな傷が見えるだろ?」

「う、うん……でもそれがなんなの?」

「あれはさっき俺の『雷影』が付けた傷だ……一番最初の獣の体の時はまるで歯が立たなかった俺の『雷影』がな」


 ニーニャの表情がハッとする。


「まさか、防御力が落ちてる……?」

「そうなんだと思う」


 俺は首肯する。


「アイツ、あの体になってから俺の攻撃を避けるようになったんだ。2回目でそれだ。ってことは3回目はきっとかなりダメージの通る体になってるはず……だと思う」

「ふわふわした論理ね」

「そう言うなよ、俺だってなにもかもが分かるわけじゃない」


 まずユニークスキルという概念が【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】に存在しなかったのだから。こうやって実際に戦闘を重ねる中で集まった情報を元に考えるしかないのだ。

 

 ……ジンは3度目の獣の体でどのような戦術を取るだろうか? 1度目の体よりも2度目の体の方が動きは速かった……ってことは、次はさっきよりも速くなるのか? 防御力は落ちるとして腕力は?

 

 頭の中、めまぐるしく思考は巡る。

 

 ……こちらの戦力は? このまま戦って【初期化】までに塔の頂上にたどり着けるか? この場を切り抜けたとして、俺たちは無事に他の七戦士たち4人に相手に勝利できるのか? いったん逃げるか? どうすればいい? いったい正解は……どれだ。

 

 その数秒の熟考ののち、俺は大きく息を吸い込んで決断した。

 

「ニーニャ、スペラさん。頼みがある」


 俺が導き出した最適解、それは。

 

「姫とヒビキを連れて先にこの塔を登ってくれ。俺が獣の戦士アイツと一対一でやる」

「なっ!」


 ニーニャとスペラが同時に声を上げた。


「そんなばかなっ、無謀です! あの化け物を相手にひとりなんて……!」

「そうよっ! これまで5人でようやく渡り合えていた相手よっ⁉ 正気っ⁉」

「無謀だって気持ちは分かるし、でもそれでも俺は正気だ」


 徐々に大きくなる獣の戦士の3度目の体を注視しながら俺は言葉を続ける。


「俺たちが今まで獣の戦士と渡り合えていたのは確かに5人の力でだ。だけどそれはあくまで5人そろっていたからできたことだよ。俺とニーニャ、スペラの3人の力でどうにかなるもんじゃない。違うか?」

「そ、それは……!」

「それに、だ。ヒビキや姫を守りながらは戦えない。そうだろ?」


 俺の言葉にニーニャもスペラもグッと息を飲み込んだ。

 

 ……3人いれば1人のときより強い、それは確かだと俺も思う。でもそれは3人がそれぞれ獣の戦士の速さと攻撃力に対抗できる手段を持っており、守る対象がおらず自由に動けることが前提だ。

 

「だ、だからって! グスタフひとりで倒せる相手でもないでしょ!」

「でも野放しにはできないだろ。誰かがここで獣の戦士を止める必要がある」

「ねぇ、やめてよそんな言い方……アンタまさか死ぬ気じゃないでしょうねッ⁉」

「死ぬもんか」

 

 いまにも泣きそうになっているニーニャの頭に手を載せる。

 

「俺は絶対に死なない。いつも何とかなってきたのを見てるだろ?」

「でも……!」

「それに俺の攻撃もダメージが通るようになったんだぜ? なら勝負はここからだ。むしろ何をしても手応えのなかった魔王戦より精神的には楽かもな」


 俺が笑って見せるも、ニーニャの不安そうな瞳は俺から離れない。俺の服の裾を強く掴んでいた。


「ニーニャ、離しましょう」


 ヒビキの治療を終えたスペラがニーニャの肩に手を添えた。


「時間もありません。【初期化】まで90分を切りました」

「……ッ!」

「私たちのすべきことは、ここで獣の戦士を倒すことではないのです」

「そんなこと……! 分かってる……!」


 そのとき、フッと俺たちの上に大きな影が落ちた。両腕を失った2度目の獣の巨体の抜け殻が、3度目の獣の体になったジンによって投げつけられたのだ。

 

「──コレは私が!」

「ソッチは頼んだ!」


 投げつけられた巨体は魔方陣を展開するスペラに任せ、俺は高速でフェイントを混じえながらジグザクに迫りくるジンを迎え撃つために槍を構えた。

 

 ……速いっ!

 

 1、2……3回フェイントが入れられた後の大振りの獣の拳に、俺は槍の柄をなんとか合わせた。ガチンと大きな音が辺りに響く。


 ……防御してもなお、脳が揺れる重たい一撃! これはそう何度も保たないッ!


「ニーニャ! スキルでみんなを隠して早く行けっ!」


 スペラが落ちてくる巨体を攻撃魔術で消し飛ばしたと同時、俺が叫ぶ。ニーニャは悲痛そうに頷いた。


「グスタフ! 死んだらただじゃおかないからっ!」

「任せろ!」


 ニーニャが『気配遮断・全』を発動すると、俺以外のみんなの姿が消えた。おそらくこれでスペラの浮遊魔術を発動して上の階へと繋がる扉まで飛んでいくはずだ。

 

〔オレが逃がすとでモ?〕


 このフロアの唯一の上フロアへとつながる扉を見やるジンへ、俺は突っ込んだ。迎え撃ってくる攻撃を紙一重でかわしながらその巨体へと肉薄し、槍の石突で床を打って打って打ちまくる。

 

「『千槍山』!」


 大量の槍が地面から突き出して、ジンの手足にまとわりついた。残念ながら肉には通らなかったようだがしかし、少しの間その動きを拘束できたならそれでいい。

 

「『雷影』!」


 俺の最速の攻撃だったが、やはりその一撃は避けられる。しかし、その獣の頬にはひと筋の傷が残っていた。

 

「やっぱり、速くはなってるが、それでもちょっと弱くなってるなお前。体も1度目の獣化のときよりもだいぶ小さくなってるぞ?」

〔……殺ス〕

「図星か。今のお前なら倒せそうでよかったよ」


 不敵に微笑んでやる。白々しいほどに安い挑発だった。しかし、ジンはそれにニヤリと口端を吊り上げて返して、乗ってくる。


〔お前を殺しテ、逃げたヤツを追っテ、皆殺しダ〕

「その1番最初の前提がさ、そもそも無理なんだって話をしよう──かッ!」


 再び槍と拳が激突する。俺の横目に、階段上の扉が開いたのが見えた。

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