第117話 ヒビキの【とっておき】

 あれは、王城にヒビキたちがやってきたときのことだ。七戦士たちのユニークスキルの情報を話している中で自分の話になった際、ヒビキがとても哀しげな目をしたのを覚えている。

 

『ケツァルコアトルスはね、とってもいい子なんだぁ。だから大好き。嫌いだなんてとんでもないよ! ただね、【強過ぎるから絶対に戦闘で使いたくはない】の』


 そのユニークスキルの詳細を聞いて、そしてヒビキのゲーマーとしての矜持を聞いて俺は深く納得したものだった。


 ──そのユニークスキルは確かに【反則級チート】過ぎると。おそらくこれを使われたら俺だって手も足も出ないに違いなかっただろうと。

 

 ヒビキの手から巨大な深紅の矢が放たれる直前、俺はそんなことを思い出していた。

 

「ごめんね、獣の戦士。いまがこんな状況じゃなくて、あんたがもう少しまともだったらこんな【ズル】はしたくなかったよ」


 ジンへとめがけて一直線に飛ぶ矢、その軌跡は誰の目にも追うことはできない。おそらくその矢を放ったヒビキ自身にさえも。ただただ、その矢は自らが貫いた結果だけを残す。

 

〔──ハ……?〕


 ゼロコンマゼロ数秒の後、つまりはまばたきすらしていないその刹那せつなに、獣の戦士ジンの右脚が【消えて】いた。それはさながらクッキーが砕け散るようで、先ほどまでの硬い防御が嘘みたいな光景だった。直後、

 

 ──爆発的な衝撃波が空間を襲う。


〔ガァッ──⁉︎〕


 片脚を失ったジンの体が宙へと吹き飛んだ。ヒビキによる【超々音速マッハイレブンの一射】は、そのたったの一撃で形勢を逆転させた。

 

 ──弓の戦士ヒビキのユニークスキル『ケツァルコアトルス』の第2形態【武装モード】。その効果は【1日に1度だけ超々音速の極大遠距離攻撃を行うことができる】というものだ。

 

 それを視認できる人類などこの世には存在しない。攻撃の対象になった者は気が付いた時には死んでいることだろう。

 

 ……そりゃそんな【とっておき】を持っちゃってたら、この世界にスリルも何も感じられやしないよな。ゲームにおいて抜け道を良しとしないヒビキがこれまで戦闘でそれを使わないように自らを縛っていたのも納得ができる。

  

〔なんダ、これハ……ッ⁉〕


 ジンは空中で呻くことしかできない。その隙を突いて俺が大きく跳躍をし、ジンの背後を取るのは簡単なことだった。


「歯を食いしばっててくれ。きっとかなり痛むからな……!」


 そう告げると共に、俺は槍のスイッチのひとつを深く押し込んだ。カチリという音と共に、槍の中央のガラス面がバチバチと爆発的に輝いた。

 

 ……【充填式雷槍・改】フルチャージ、解放!

 

 俺は深くひとつ息を吸い、狙いを澄ましてスキルを放つ。

 

「『雷影』ッ!」

 

 巨大な雷がジンの背中の右肩、その付け根へと波打ちながら一直線にほとばしる。それはまるで意志を持った龍のようだ。大きなそのアギトがジンの右肩へ食らいつき、その圧倒的な防御力を誇る剛毛をものともせずに食いちぎるように貫いた。


〔ガァァァァァァッ‼〕


 長く野太い獣の悲鳴が塔内部へと大きく響く。右肩の付け根から先を失ったジンは、次いで襲い掛かる強力な電流によって全身を激しく痙攣させる。そしてその巨体は重力に従うまま床へと墜落した。

 

「やった!」


 俺が着地すると同時、ニーニャが歓喜の声と共に俺の方へと駆け寄ってきた。


「勝ったわね……!」

「だな。ダメージも深いだろうし、なにより右脚と右腕を失ったんだ。もうまともに立つこともできないはずだよ」


 俺は細い煙を上げる槍を左右に振って冷却させつつ、スペラの方へと歩み寄る。


「スペラさん、ケガの止血だけして欠損部分は再生させない、なんて芸当はできるか?」

「……それは、あの獣の戦士に対してですか?」

「ああ」


 俺が頷くと、スペラは渋い顔をした。


「それは危険では? 手足を失ったとてヤツは七戦士ですよ?」

「でもこのまま獣化が解けたら失血死しちゃうだろ」

「それはそれでヤツの運命だと、私はそう思うのですが。大量殺人者なのでしょう? ただの因果応報、当然の報いを受けたまでです」

「そうだな。それは俺もそう思ってる。でも、な……」


 俺は少し離れた場所にいたヒビキが駆け寄ってくるのをチラリと見た。いまはまだ獣の戦士を無力化できた事を純粋に喜んでいるようだ。俺は、ここにきて何を甘いことをとは自分でも思っていたが、それでもできることならヒビキに人殺しのとがを背負わせたくはなかった。その俺の視線にスペラも思い至ったのだろう、深いため息を吐く。


「……分かりました。止血だけしましょう。傷口を焼いてから体力を少し回復させます」

「ウッ……エグいけど、でもそれで助かるならいいか。ありがとう、スペラさん」


 結論が出て、俺たちは獣の戦士ジンの元へと向かおうとする。地面にうつ伏せに倒れた獣の巨体は短い感覚で背中の中心辺りが上がったり下がったりを繰り返していた。

 

 ……血を失い過ぎると呼吸は荒く速くなるんだよな。俺もこの世界で何度か大量出血の経験があるから分かる。アレは本当に辛くて、死と隣り合わせって感じだった。早いとこ止血してやらないと。


「……あれ?」


 ジンの、うつ伏せに倒れたその獣の巨体に向かうにつれて何か違和感が押し寄せてくる。浅い呼吸を繰り返して背中が上下しているはずのジン……いや、おかしい。ぜったいにおかしい。

 

「なんでコイツ、【息をしていない】んだ……?」


 背中は上下している。なのにそれ以外の部分がピクリとも動いていない。剛毛が荒い息遣いに揺れることもない。ただ背中が上下しているだけ。それは全然まったく、呼吸なんかじゃなかった。

 

 ……でも、だとしたら、あの動きはなんだっていうんだ?

 

 

 

 ──メキリ。その音とともに獣の背中の皮が破れた。

 

 

 

 俺たちは立ち尽くした。圧倒されてただ息を飲んで見ていることしかできない。それは映画【エイリアン】を思わせる光景だった。人の腹を喰い破るように、ソレは獣の背中から新しい体を生やしている。最初は人間大だったソレは、またたく間に巨大化していった。

 

「うそ、でしょ……ホントにコイツ、人……?」


 ニーニャの呻くような呟きに、俺は答えることができなかった。もう俺にはジンを人だと見ることができない。もうそれは、おぞましい【化け物モンスター】に他ならなかった。

 

〔裕福なうえに頼れる仲間もいル、オレは恵まれているヤツが嫌いダ〕


 抜け殻となった元の体の上で、砕け散った足も抉られた右肩もすべてが元通りになった獣の戦士が立っていた。完全復活を遂げたジンはまるで何事もなかったかのように俺を指差した。

 

〔どうやらお前を殺すには順序があるらしイ〕

「順、序……?」


 思わず聞き返すと同時、ジンの姿が目の前から消えた。

 

「キャァッ⁉」


 俺たちの背後にいたヒビキの悲鳴が上がる。即座に振り返って目に入ったのは、ヒビキが真横に水平に吹き飛ばされて、壁に激しく叩きつけられる光景だ。


「テ、テメェェェッ!」


 ようやく我に返り、俺はスキル『雷影』を放つ。しかし、それはジンに容易くかわされた。

 

〔グァハハッ! お前を殺す前にお前以外を殺し尽くス。そうすれば邪魔も入らなイ……!〕


 それは一方的だった。獣の戦士ジンの動きは先ほどよりも速く、目でとらえた先ではすでにその剛腕が振るわれた後。全方位に張り巡らしたシールドを容易く破られスペラが遠くへと転がる。助けに行こうと足を踏み出したニーニャの、そのすぐ背後に回り込んでいたジンがサッカーボールのようにニーニャをスペラのすぐ隣へと蹴飛ばした。


〔グァハ、グァハハハァッ!〕

「かはっ」

「ぐッ!」

 

 スペラとニーニャが交互にジンにいたぶられ続ける。圧倒的なフィジカルステータスの差でなすすべもなく床を転がされることしかできず、ふたりは血反吐する。

 

「くそっ……!」


 俺は思わず前に出そうになる足をその場で踏ん張った。

 

 ……ダメだ。俺が少しでも動いたら……!

 

 俺の後ろにはレイア姫がいる。少しでも今の距離から離れれば、ジンの攻撃から姫を守ることができなくなってしまう。それをジンは分かっている。だからこそニーニャとスペラを俺の側から引きはがしたのだ。

 

「グスタフ様っ!」

「姫っ⁉」


 姫の呼び声に振り返って、俺は思わず叫んだ。姫がいつの間にか俺から距離を空けてひとりで走り出していた。

 

「ちょっ……! 姫ッ!」

〔愚かダ〕


 ジンが素早く、俺を追い越して姫の背中へと迫った。


〔自分が足手まといだという自覚が無いのカ〕

「もちろんっ! ありますわ!」


 ジンが拳を振り上げるたその瞬間、姫はジンの行動を予見していたのだろう、背中へと冥力を集中させてシールドを張る。そしてトンネルからあふれ出した冥力を集中させた右手をジンに向かって突き出した。

 

 ……現世と冥界のトンネルから降り注ぐ冥力はそのままじゃ速度がなさすぎてとてもじゃないからジンには当たらない。だからこそ、シールドによって攻撃が弾かれた一瞬の隙にジンの体に直接冥力を叩き込んで動きを封じようという考えだったのだろう……だが、それじゃダメなんだ!

 

〔バレバレなんだヨ、ド素人ガ〕

「ッ⁉」


 レイア姫の目が見開いた。ジンの大振りの一撃、と見せかけたそれはただのサイドステップ。冥力で張ったシールドは意味をなさず、突き出した姫の右手は空を切った。その手を軸にして回り込むように、ジンが姫の背後を取った。

 

〔さてト、この絶体絶命の女を守れるかナ?〕

「くそっ‼」


 ジンが姫の体へと掴みかかろうとする。

 

 ……俺がいま、捨て身で体を割り込ませればまだ間に合うかっ⁉

 

 決死の覚悟で足を踏み出そうとしたその時、俺の体を何かが縛り付けた。

 

「えっ……?」

 

 それは俺の背後にポッカリと空いたトンネルから伸びる──冥力で作られた鎖だった。

 

「──そう、私は戦闘に関しては素人同然。だから戦場においては足を引っ張りますし、不可解な行動も取る……それが自然。だからこそ、誰もが私の失敗を失敗と信じて疑わない……!」

〔なにヲ──ナッ⁉〕


 姫の細い体を握りつぶそうとしたジンの2本の腕が、まるで沼へヌプリと沈むように虚空へ消える。


「この私の右手に集った冥力……いったいどこの【トンネル】から調達したと思っていたのですか?」

〔なんだこれハ……! 抜けなイッ!〕

「あなたが私の背後を取るだろうことは、これまでの動きから予想がついていました。だから私は私の背後に開けたトンネルを【開き続けて待って】いた! ──グスタフ様、今ですッ!」


 いつの間にか俺の動きを止めていた鎖は消えていた。俺は跳んだ。ジンめがけて大きく、一直線に。

 

「『雷影』ッ!」


 俺の一撃がジンの顔面へと突き刺さり、その体を大きくノックバックさせた。

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