第116話 最強 × 最狂・獣の戦士ジン
モンスターが緩慢な動きでノソリノソリとこちらに向けて歩いてくる。俺は槍先をモンスターへと突きつけるように構えた。今度こそは、間合いを詰められた瞬間に迎え撃つ。槍を強く握った。
……俺の後ろにはレイア姫がいる。ぜったいに後退はできない……!
姫があのモンスターの一撃でも喰らってしまえば、恐らくはそれだけで致命傷だ。それだけは絶対に避けなければならない。
「グスタフ様……」
「姫、できるだけ俺から離れないように」
「いえ、それはできません。グスタフ様、あなたは自由に動いてください。でなければ、きっと負けてしまうのでしょう?」
カツリ、と靴を鳴らして後ろにいたはずの姫が俺の横に並び立つ。
「姫ッ!」
「もう足手まといは御免です。自分の身は自分で守り、そしてグスタフ様たちのお役に立ってみせますわ」
レイア姫の手の先から溢れるように冥力がこぼれ落ちる。瞬間、見計らったように俺の意識の合間を突いたモンスターが突撃してくる。
「はぁっ!」
姫が指先を動かすと、バチリ。俺に向けて振るわれたモンスターの腕が赤い火花とともに弾かれた。冥力が蛇のように俺の正面で渦巻いて、さながらバリアのような役割を果たしていた。
「さあ、グスタフ様! ご自由にどうぞ! サポートはすべて私たちにお任せください!」
腕を弾かれてバランスを崩したモンスターの後ろに先ほど吹き飛ばされてしまっていたニーニャが迫り、その反対側ではスペラが構えていた。ニーニャの最大攻撃スキル『八影連弾』がモンスターの片足へと攻撃を重ねてその体を転がすと、巨大な魔方陣がモンスターを捕える網のように床から浮き出した。
〔チィっ!〕
モンスターが起き上がり逃げようとするが、しかし、その両手両足へと狙いすましたように上からヒビキの魔力矢が降り注ぐ。
「いまよスペラッ!」
「いまだよグフ兄ぃッ!」
ニーニャとヒビキのその声に応じるように、スペラと俺はそれぞれ同時にその手と槍をモンスターに向けて突き出した。
「『ギガ・フェルティス・フレアード』!」
「『
魔方陣の上のモンスターの体が青い巨大な炎に包まれてゴウゴウと燃え上がり、そこに向かって轟音を伴った雷が空間を上下に割るように瞬く。かつて魔王軍の三邪天がひとりガドゥマガンを瀕死に追い込んだスペラの最大攻撃魔術、そして裏ボスの青龍へと大きなダメージを与えた俺の最大攻撃スキルが直撃した。
……勝った。……なんて思わない。
〔グォォォォォォォ──ッ!〕
モンスターが吠える。ダメージは……ほとんどないみたいだ。スペラの最大攻撃はモンスターの剛毛の表面を少し焦がしただけ、俺の『雷震』はモンスターを1秒未満痺れさせるくらいの効果しかない。
「グフ兄ぃっ!」
ヒビキが俺の隣まで跳んでくる。
「アイツ……獣の戦士ジンだよ!」
「このモンスターが……獣の戦士か。確かユニークスキルは『獣化』って話だったよな。つまり、コレか」
「うん。確か七戦士最強の防御力を誇る戦士だったはず」
「その
俺は槍を構え、声を張る。
「お前はなぜ戦うっ? 目的はなんだっ? さっきまでは杖の戦士に拘束されていたみたいだが!」
〔オレの目的は裕福なヤツらを殺すことダ〕
「……は?」
予想外の答えに俺は思わず間の抜けた声を出してしまう。しかし、それに構わずジンは言葉を続ける。
〔オレはずっと裕福を恨んで生きてきタ。オレを殴らない親がいないのモ、学校に行けなかったのモ、貧乏でメシが食えないのモ、ずっとずっト、オレができないことをオレの代わりにできているヤツらがいたからダ〕
「お前、何を言って……?」
〔オレは殺したいんダ。オレの代わりに裕福に暮らしてきたヤツらヲ〕
ニタリと獣の顔が醜く歪んだ。
〔前の世界じゃ数十人も殴り殺せば拳が潰れたガ、オレも学んダ。この体ならいくら暴れても大丈夫ダ……たくさん殺せル〕
「お前、まさか……⁉」
そこまで聞いて俺は前の世界のニュースを思い出した。数年前、ヤクザの組長宅で起きた大量殺人事件を。
──それは確かその組に所属する若い男が組長を含む数名の幹部と、その護衛を任されていた同じ組の男たちをひとりで殺害したというニュースだったハズだ。近隣住民の話では現場で銃声は聞こえず、しかし絶えずに悲鳴と【何かをひしゃげさせる】ような鈍い音が断続的に響き渡っていたらしい。
SNSじゃ【リアル任侠映画】なんて言われて一時期注目が集まった。裏の世界の、なおかつ大量の人死にが出たショッキングな事件ということもあり、犯人の素性が公的に明かされなかったこともそのウワサに尾ひれを付けたのだ。
……組に親を殺された子供が復讐に来たんだとか、正義のために悪を殺すダークヒーローなんだとかいろいろ憶測が飛び交っていたものだが……。
〔まずはお前たちを殺ス〕
ジンの人差し指が向けられる。
〔次に上にいる育ちの良いボンボンどモ。それから帝都の民どもダ。俺は復讐すル。何不自由なく富を我が物にする全ての者を殺ス〕
「……殺して、何に得になるっていうんだよ」
〔何の得になル? 楽しいだろウ? 昨日豪邸でふんぞり返っていたヤツが今日その下敷きになって呻く姿を見るのハ〕
ジンは低い声で唸るようにして笑った。
「……実物は、狂ってやがるな……!」
〔実物? なんだそレ?〕
ジンは体勢を低く、俺へと狙いを定めるように目を細めた。
〔特にお前はダメだナ。富も力も持つなんテ、間違っても生かしておけなイ〕
「そうか、奇遇だな。俺もお前を野放しにできないと思ってたところだよ。かなり手荒な手段を使うことになってでも、な……!」
チラリと槍を見る。俺の持つ【充填式雷槍・改】の中央、ガラス面となって覗けるその中身の銅線がらせん状に渦巻く先の中央で、雷エネルギーがバチバチと弾けていた。
……8割ってところだな。ということはフルチャージまであと2、3発は必要か。
「みんな、俺にチャンスをくれ」
俺は今にも飛び出してきそうなジンから目を離さぬままニーニャたちへと告げる。
「1秒、スキを作ってくれないか。それだけあれば後は俺が決める」
「分かったわ。任せなさい」
「私たちが道を開きましょう」
ニーニャ、スペラの同意にヒビキもレイア姫も首肯した。
「ウチも【とっておき】を使うよ……! できれば使いたくはなかったけど、でも殺すとかなんとか、そんなん見過ごせない!」
「拘束なら任せてくださいグスタフ様。みなさんが作ったスキを逃さず、私の冥力で必ず捕まえてみせます!」
「みんな、ありがとう。頼む……!」
俺はそれだけ言うと、強く地面を蹴り出して一瞬でジンへと肉薄する。それと同時に『雷影』を放った。その一撃はジンの獣の腕に容易く弾かれたが、しかし槍の雷エネルギーが増す。
〔無駄な努力ダ。お前たち程度の火力ではナ〕
「どうだろうなっ!」
カウンターで仕掛けられたジンのただの拳の大振り、しかし強力無慈悲な一撃をギリギリでかわしながら、スペラの魔術・ニーニャのスキルによるアシストでもう一撃『雷影』を重ねる。
「あと一撃っ!」
〔痛くも痒くもなイ……!〕
俺は地面へと槍を突きたてて『
「させませんッ!」
冥力、その赤い粒子が俺の手前で盾となりジンの一撃を弾く。槍が立てられた床から空間が震動、そしてジンを『
〔フンッ……この程度痛くも痒くモ……〕
「知ってるさ。だけど、今はゼロコンマ数秒でも稼げればそれでいい!」
……だって、【チート】な切り札を持っているのは何も俺やジンばかりじゃないんだから。
「グフ兄! 下がって!」
俺はとっさに横へと飛び退いた。そして首だけを後ろに振り返らせて見えたのは、体の3倍はあるだろうサイズの巨大な弓を構えたヒビキ。赤と黒、金色が織りなす輝きをたたえたその弓の弦につがえられている特大の深紅の矢は【くちばし】のような形をしている。
「ウチのとっておき……悪いけど、かなり痛い目見てもらうから!」
〔クッ……!〕
俺の『
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