第125話 レントの努力
夕刻、塔の最上部。上空5000メートル超のその場所では絶えず爆発音が轟き、赤や青の光が瞬いては黄昏時の灰色の雲を染めた。
「はぁっ……、はぁっ……!」
肩で息をしながらも、ニーニャは駆ける。クナイを逆手に持って、高速で剣の戦士レントの背後を取った。
「無駄だよ」
「くっ……!」
レントを中心に逆巻いた風の壁に、ニーニャの接近は阻まれた。突風が小柄なその体をさらう。無防備になったその体へとレントの鋭い剣筋が襲いかかった。
「させません!」
レイアが冥力で作った赤いバリアがその剣を弾く。
「はぁぁぁっ!」
冥力は形を変えて、今度はスペラと攻撃魔術の応酬をしている杖の戦士シンクへと向かった。しかし、それはもうひとりの七戦士、隠の戦士であるオトナシの生み出した男の成人大の【人形】によって阻まれた。
「くっ……! また!」
「フン」
オトナシが鼻を鳴らすと、その周囲の地面からヌルリと再び人形たちが這い出してくる。計10体、それらは立ち上がるとスペラとレイアに向けて駆け出してくる。
──それはオトナシのユニークスキル『
「『ギガ・フェルティス・フレアード』!」
スペラの唱えた最大攻撃魔術によりその人形の大半を吹き飛ばす。残りの人形もまたレイアが冥力で押さえ込み、ニーニャ蹴散らしていく。
「ふむ……強いな。NPCだけで構成されたメンバーで俺たちにここまで食い下がるとは。さすがは
レントが余裕の表情で腕を組んだ。
──戦闘開始からおよそ10分。決着はついていない。しかし、かたやニーニャたちが息も絶え絶えなのに対して七戦士たちは余力ありといった様子でゆったりと構えていた。
「しかし、これ以上時間をかけるのも面倒だな……俺の『
レントが右手を掲げると、その背中に生えた竜巻のひとつが動く。ニーニャたちの緊張が高まった。
……その攻撃の破壊力は先ほども見ていた。辺りの雲を全て吹き飛ばすほどの威力は直撃したらただでは済まないだろう。
「おい、やめろナンジョウ!」
しかし、それはシンクによって制された。
「お前にそのスキルを追加させたのはジンに対抗するためって話だったろうが。ガイがいない今、獣の戦士にまともにダメージを通せるのはお前だけなんだぞ!」
「ああ、それはそうだけどさ。戦いを長引かせるのも……」
「すでに今日はさっき1発無駄撃ちしてるんだぞ! 残りの5発だけで勝てる確証があるのか? まさかあの化け物にこっぴどくやられたことを忘れてわけじゃないだろうねぇ⁉︎」
「……いや、もちろん忘れてないさ。悪かったよ。コイツを使うのはよそう」
レントは渋々ながら右手を降ろした。
「……どうやら、彼らの2つ目のユニークスキルには使用制限があるようですね」
その様子を見てのスペラの呟きにニーニャとレイアは首を縦にする。
「杖の戦士シンクが中階層で『ネオクリアレント』という魔術を使ったときも、『1回使ってしまった』と言っていましたね」
「そうね。ヒビキのユニークスキルと同じで1日に何回って形なんでしょ。向こうが出し渋ってくれてるのはこっちにとってはチャンスだわ。ただ問題は……その状態であってもなお、アタシたちの攻撃がヤツらに届かないってことかしら」
ニーニャは舌打ちして言った。
……想定した以上に、剣の戦士レントが強い。
七戦士を相手にする上で、ニーニャたちはグスタフが味方に居るということにただあぐらをかいていたわけではない。限られた時間で各々で力を高めて、七戦士たちの力と対策の研究も行なっていた。特に、王城での戦いで手の内が割れていた剣の戦士については手厚くだ。
「剣の戦士レントの動きは以前に玉座の間で私が見た時よりも滑らかになっているように思えます……鍛錬を積んだのでしょうね」
レイアの言葉にニーニャは苦い顔をしながらも、しかし。
「剣の戦士から倒すわ。集中攻撃よ」
レイアとスペラに小さく耳打ちする。元より同じ考えだったのだろう、ふたりは問い返すことなく頷いた。
……どれだけ剣の腕が上がろうが、ふたつ目のユニークスキルを含めて手の内がすべて割れているのはレントだ。叩きやすいことに違いはない。
「『ギガ・ザバール』」
スペラが珍しく水属性の魔術を唱える。巨大な水の塊が豪速でシンクへと迫った。
「ふんっ、その程度!」
ギガ系の魔術はこの世界では上級に位置するものであり、レベル20台後半にならなければ習得のできない魔術である。一般的な魔術師や兵士たちにとっては脅威になるそれを、しかしシンクは杖から伸びた紫色の帯で容易く切断してみせた。水の塊がシンクの遥か手前で落ちてしまう……が、それでよかった。スペラの狙いはその水属性攻撃魔術によるダメージを与えることではない。
「『ギガ・フェルティス・フレアード』ッ!」
スペラが自身の最大威力の火属性攻撃魔術を続けて撃つ──シンクによって防がれた水属性魔術が作った大きな水たまりに向けて。
「んなっ⁉」
シンクが叫ぶも、すでに遅い。ジュワッ! という音を響かせて、水たまりはすべて蒸発して水蒸気へと変わる。上空5000メートルを超えて気温の低いこの塔の最上部において結露は早い。一瞬にして視界を覆う【霧】が誕生した。
「くっ! だが、なにも見えないのは相手も同じ……!」
レントが呟くが、しかしそれは間違っていた。少なくともこの場には視界など必要にしない者がひとりだけいた。
「チチッ」
小鳥の鳴くような音が響く。それは目の不自由なレイアが日常的に使っている【エコーローケーション】、つまりは舌を打った音の反響によって人や物と自分の距離を測るための行為。
「完っ全に把握しました!」
レイアは少量の冥力をニーニャとスペラの腕に付着させ、剣の戦士レントの方角へと引っ張った。
「距離約16メートルです!」
レイアのかたわらからニーニャが跳び出す音が聞こえ、そしてスペラの魔力の輝きが見えた。
「ええいっ! うっとうしい!」
レントが剣を振って風を起こし霧を押しのけた、その大振りの隙を突いて。
「獲った!」
スペラの攻撃呪文がレントの風の自動防御を打ち消した。その瞬間を狙い打ってニーニャが攻め込んだ。
「手加減はできないわ、死んでも文句言わないでよね!」
スキル『八影連弾』によってニーニャの生み出した8体の影が、高速で、八方からレントに飛びかかる。ニーニャのステータスのうち、素早さはグスタフにも迫るほどだ。レントにかわせるはずもない。
「なるほど、狙いはいい」
しかし、レントは冷静だった。
「【こっち】は甘んじて受けよう。だが、【こっち】は全て潰す」
レントは真正面から迫っていた2体と真横の1体、そして真後ろの1体の影を流れるような動きで叩き斬る。その代わり、他の4体の攻撃は素通しした。しかし、それも歯を食いしばって耐えきり、本体であるニーニャの首を鷲掴みにした。
「ぐっ、なっ……⁉」
「ふっ……たくさん分身を作ればどれを防げばいいか分からなくなるだろう、とでも思ったかい? 俺もナメられたものだな」
額から血を流しつつも、レントは自身のケガを気にする素振りもない。それもそのはず、レントはニーニャが本命に据えていた攻撃全てを弾いていたのだ。
「……なんで、分かったのよ! まさか、スキル……⁉」
「ははっ、違うさ。単にそれが俺の実力というだけのこと」
レントは口端をニヤリと吊り上げる。
「俺が何かを成功させるたびにね、ニーニャさん、みんな君と同じ反応をするよ。何かズルしてるんじゃないかとか、たまたま上手くいっただけなんじゃないかって。みんな俺が成功したことにやっかむんだ」
「なんの……話よっ!」
「俺はね、小学生の頃は習って1年目で空手大会で優勝した。中学生の頃はテニスの全国大会でベスト8に入った。名門と呼ばれる高校への推薦状をもらって、大学受験は現役で有名大学に合格した。それらは全部俺がズルしたわけじゃなく、運がよかったわけでもない……ただの俺の努力の結果なんだ」
レントはニーニャの首を絞める手に力を込める。
「空手じゃ同年代の子供たちより毎日1時間多く稽古した。テニスだって居残りで練習した。勉強はみんなが部活終わりに家でゲームしている最中、俺は図書館にいって眠い目をこすって勉強に励んだんだ。だから、そうやって努力を積み重ねてきたから俺は成功してきた。この剣の腕にしたってそうだ! 俺はこの2カ月間……特にグスタフにしてやられてからの約1カ月間は、寝る間も惜しんで鍛錬したんだ! いつまでも素人だと思わないでもらおうかッ!」
「ぐぅ……がぁ……!」
「でもね、なんでだろうね! ここまでしても俺を認めてくれる人は少ないんだ! 俺こそが努力の人なのに! 誰も彼もが俺を疎んじる! まあいちおう女性はちょこちょこ寄ってくるんだけどね!」
「っ……!」
「おかしいと思うだろうっ⁉ 俺はもっと評価されるべき人間だ! なのに、この世界じゃ俺を認めてくれたのはアグラニスさんとハヤシダさんくらいのものだ! あの悪の権化グスタフは君たちを世界を崩壊へと導けるほどに心酔されているのにねぇっ! なんとも横暴で不条理だっ!」
「グスタフとあんたを……いっしょにするなっ!」
ニーニャが首を掴まれた状態で蹴りを放つ。が、それは簡単に止められた。
「終わりだ、ニーニャさん。まずは君をグスタフの洗脳から解き放ってあげよう……その命と共に」
レントはニーニャを宙へと放り、そして両手で握りしめた剣を容赦なく上から振り下ろした。しかし、その時。
──バチンッ! という大きな音を立てて、その剣の柄が弾かれた。
「なっ……⁉」
レントが目を見開く。自動防御で体を守ってくれるはずの強力な風の壁に大きな穴が空いていた。
「──どうしてアンタを認めてくれる人が少ないか、って?」
霧の奥、レイアとスペラよりも後方から、せせら笑うようなその声は響いていた。
「教えてあげる。それはね、誰も彼もが周りにマウントばかりを繰り返すあんたの【馬鹿デカ承認欲求】を満たすためには存在してないからだよ!」
強い風が吹き、完全に霧が晴れた。
「ヒビキちゃん……⁉」
「久しぶりだね、ナンジョウくん? あと名前呼びやめてキモいから」
塔の螺旋階段の正面、そこに立っているのは魔力でできた極大の弓を構えたヒビキだった。
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