第114話 邂逅《かいこう》
俺たちは再びヒビキの召喚したケツちゃんに乗って、白い巨塔を目指す。地図を見る必要も無い。その雲を突き抜けて上へと伸びる塔は帝国の全土から肉眼で確認できる。聖剣のあったダンジョンからおよそ10分ほどでその巨塔のふもとに到着した。
「大きいな……」
遠目に見ているとその高さ故にとても細く見えた塔だったが、しかし間近で見ると幅も広い。野球を2試合ならべて実施できるくらいの面積がありそうだった。
「あと2時間を切ってるわ。急がないと」
ステータス欄を開いたニーニャの言葉に頷いて、俺たちは塔の内部へと侵入する。塔の中はガランとしており、警備もいなかった。広大な空間だ。天井は数百メートル上にあり、空間の隅にくの字に折れ曲がっている昇り階段が設置されていた。その終端の天井近くの壁には扉が備え付けられているので、どうやらそこから次のフロアへと行けるらしい。
「『フライ』」
東京タワー並みの長さの階段をチマチマ昇っている暇はない。俺たちはスペラに浮遊魔術をかけてもらうとひと息でその壁の扉の前まで飛んでいく。ガチャリ、と。扉は簡単に開いた。壁の向こう側にも細い階段があって、そこから天井の上の階へと行けるらしかった。そうしてやってきた上の階もまた同じような構造だった。
「まったく、昇るだけでめちゃくちゃ時間がかかるぞ……⁉︎」
飛んで、扉の先の階段を上って、次のフロアに行って、また飛んで。その流れを2回繰り返し、恐らくは東京スカイツリーの展望台くらいの高さまでは登っただろうという位。その次の階は様子が違った。広い空間の中で、俺たちを待ち受ける者たちがいた。
「やあ、よく来たね」
そこにいたのはふたりの男。ひとりは杖の戦士シンク、そしてその横にもうひとり、黒い帯で縛られて目隠しに猿ぐつわをされている男。
「っ!」
見るからに不穏な光景を前に、俺たちは言葉で返す前に一斉に武器を構えた。スペラが無詠唱魔術を飛ばす。その最速の一手で撃たれた炎魔術『フレア』はしかし、
「っと! まったく、血の気が多いヤツらだねぇ……」
シンクの杖から飛び出した緑色の帯によって叩き落とされた。
「せっかくこっちが歓迎の意を示してやってるっていうのにさ。どれだけ野蛮なのかな、君たちには文明って概念はないわけ?」
「はいはい、『こんにちは、そしてさようなら』!」
交わす言葉も短く、ニーニャが杖の戦士への距離を詰める。スペラがそのサポートに回るため、地面に魔力による魔方陣を描き始めた。
「グスタフ様、敵は杖の戦士です。であれば、私も太古の魔術を……!」
「ええ、分かりました。ご無理はしないように!」
「ウチは杖の戦士を追い込むよ!」
レイア姫が目を開き、俺はその裏をかかれないように姫の周辺に注意を凝らす。ヒビキが魔力矢を幾本も弓につがえた。
「ちょ、ちょ、ちょっ……ストップストップ、僕の話を──」
シンクが慌てて両手を突き出して制止を促してくるがそれを馬鹿マジメに聞いてやる必要なんてどこにもない。
「何がしたかったのかは知らんが、お前はここでリタイアだ杖の戦士!」
杖の戦士めがけてニーニャが飛び込む。瞬時にスキル『強制決闘』を発動してシンクの移動・転移を禁じた。
「『フレア・メガ・バレッツ』!」
スペラの呪文により中級の複数の炎弾が左右から、またヒビキの曲射攻撃が上からシンクへと襲いかかる。一瞬で出来上がった杖の戦士を蹂躙するための包囲網に、シンクの顔がこわばった。
「こ、こんなの全部撃ち落してッ!」
「させません」
シンクが持ち上げようとした杖を持つ手を、姫の赤い冥力の紐が縛り付けていた。シンクにはもはやどこにも逃げ場などない……なかったハズだった。
「『ネオ・クリアレント』!」
シンクがそう叫んだ瞬間、それらのスキルや冥力による拘束、そして今まさにシンクへと襲い掛かろうとしていた魔術攻撃、矢での攻撃はすべて一瞬で消え去った。
「あっぶねぇ……」
シンクが大きく安堵の息を吐いて、ギロリとこちらをにらみつける。
「オイオイオイ……ふざけんなよテメーら! こんなしょーもないとこで【1回目】を使わせやがって!」
怒りをあらわにするシンクに、俺たちは距離をとって一度集まった。
「ニーニャ、今のシンクの技って……?」
「いや、知らないわ。一度も見てない」
「姫は?」
「私も見てません。そもそもあんな魔術を使えるなら、以前の王城での私との戦いで使用しているはずです」
「そうね、それに、『クリアレント』なら普通は盗賊職のスキルだし、消すのは魔術攻撃のみよ。でもアイツ、全部一気に消してたわ」
俺はシンクを見やる。『ネオ・クリアレント』? あり得ない、そんなスキルや魔術はこのゲームに存在しないはずだ。だからこそ嫌な考えが頭をよぎる。俺はそれを確かめるべく、腰から素早くショートランスを引き抜くと、スキル『カタパルト・ランチャー』でシンクに向けて投げつけた。
「いいかっ! 僕が言いたいのは──ってうわぁっ⁉」
やはりショートランスはシンクの手前で衝撃を吸収されるかのようにして止まり、しゃべりかけのシンクを驚かすにとどまった。つまり、シンクのユニークスキル『物理攻撃無効』は今も有効であるということだ。思わず、舌打ちが漏れた。
「みんな、聞いてくれ。おそらくさっきのは……2つ目の『ユニークスキル』だと思う」
俺の言葉に、姫たちは全員息を飲んだ。
「2つ目なんて……そんなことがあり得るんでしょうかっ?」
「分かりません。でも『ネオ・クリアレント』なんてスキルも魔術も、あんなに規格外の効果を持ってるっていうのに聞いたことがないです」
俺はシンクへと向き直り声を張る。
「おい、杖の戦士! さっきのは2つ目のユニークスキルか? なんで複数のユニークスキルを持って……って、あれ?」
シンクはなぜだか顔を真っ赤にして、肩をワナワナとふるわせていた。
「なんだよ、なにを黙ってるんだよ」
「オイオイオイ、言うに事を欠いて『何を黙ってる』だぁ? 3度も僕の言葉を遮っておいてふざけんじゃねーぞ……!」
「はぁ? いやそっちの都合は知らねーよ。で、どうなんだ? さっきのはユニークスキルなのか、それとも違うのか。どっちだ?」
「答える義理なんてあるわけねーだろ!」
シンクは床に唾を吐き捨てた。
「あーあ……せっかく【コイツ】のことを説明してやろうとしてたのに、もう知らねぇ。訳も分からないままに全員ここで死んでろよ」
シンクは隣で縛られていた男を置き去りにして、テレポートでこの階の最上部、天井近くの扉の前へと移動する。
「せいぜい早く楽に死ねるようにその【
吐き捨てるようにそう言うと、扉の奥へと消えていった。
「後を追いましょう!」
スペラが全員に再び浮遊魔術をかけたとき、しかしシュルリという音がした。それは、いままでシンクの隣で膝を着いていた男を縛り上げていた黒い帯が解けていく音だった。
「──あァ、ようやく外れたか……どこだァ、ここは」
低い男の声と共に、鼻先を獣臭がかすめた。背筋にゾクリと冷たいものが奔る。黒い帯が解け立ち上がったのは背が高く筋肉質の、全裸の男だった。呆気に取られた俺たちは、そこで逃してしまった。
「まあいいか、これでまた殺せる」
──俺たちにあった、唯一のその勝機を。
「ユニークスキル『獣化』」
男の全身を濃い体毛が覆う。メキメキと骨格を拡げる音が聞こえ、その筋肉は膨張し、質量自体が増えていった。それは俺たちの3倍ほどの大きさになり、その体が地面に大きな影を落とした。
〔フゥ……〕
その目が開く。黄色い瞳は肉食獣を彷彿とさせるが、その見た目は猿のようだった。口には鋭い牙。腕は長く、脚はチーターのように細く筋肉質だ。そのモンスターという言葉がピッタリな見た目の獣は首の骨を鳴らすと俺たちを指さした。
〔さて、オマエたちは裕福だろウ?〕
モンスターがくぐもった声でそう告げたかと思うと、まばたきの一瞬の間に獣と俺の距離がゼロになる。そして目にも止まらぬ豪速のパンチが俺の腹のど真ん中へとめり込んだ。
〔──裕福は罪ダ〕
俺の体は、まるで中身の無いペットボトルのように軽々と吹き飛ばされた。
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