第113話 俺様消失
──数時間前、帝国宮廷内部。
剣の戦士レントが早めのランチをとっているころのことだった。
「食事中に失礼するよ」
「っ? あれ……テツさん?」
目の前に現れたのは今は聖剣を入手しに旅に出ているはずの男、槍の戦士テツだった。その後ろにいるのはテツと共に行ったはずの七戦士たち。しかし、皇帝とアグラニス、そして勇者アークの姿はない。
レントの胸に、漠然とした不安が湧き上があった。直後、開かれたテツの口から放たれた言葉に、その不安は現実のものとなる。
「レントくん。聖剣入手の道中で、アグラニスさんたちが王国の連中に襲われて……死んだ」
レントが手に持っていたフォークが床へと落ちて、カシャンと大きな音を立てた。
「な、なにを言ってるんですか……うそ、ですよね……?」
「残念だが……」
「ウソだ、うそ、嘘、嘘だぁッ!!!」
「レントくん、嘘じゃないんだ」
「だって、俺は、俺はアグラニスさんと今度デートの約束して、だから、それで……」
「すまない。グスタフはあまりに強すぎた……」
「グスタフ、グスタフ……! またあいつなのか……!」
レントはその場でうずくまると、髪をかきむしる。槍の戦士がことの経緯を説明するも、それはまるで耳に入っていない様子だった。しかし、
「レントくん、ヤツらの思い通りにさせないため、そしてアグラニスさんを【よみがえらせる】ために、急いで白い巨塔に向かう必要があるんだ。ついてきてくれるね?」
「えっ……」
レントが弾かれたように顔を上げた。
「よみ、がえるのか……?」
槍の戦士は微笑み、頷いた。そしてひと通りの経緯の説明を受けたレントは目の端に涙を、瞳の奥に憎悪の炎を燃やして頷いた。
「アグラニスさんをよみがえらせるためなら、俺はなんでもする……! そしてグスタフ……! 俺はお前を決して許さない! 絶対にただでは済ますものか。俺がお前を殺してやる……!」
* * *
──聖剣の眠っていたダンジョン。その最奥の宝の山のてっぺんで。
聖剣の呪縛から解放(より強い外部からの羞恥心によるストレスによって精神を叩き起こ)された勇者アークは、いま、頭を抱えて苦しみ悶えていた。
「いっそ……殺してくれ……もういやだ」
アークは泣いていた。顔を真っ赤にして。
……なんというか、言葉もない。
これまでの所業を散々スペラに煽られて、最後の方はひたすらファッションに指摘を入れられまくった挙句の果てに『ダサい』と両断されて笑われまくっまアークに、なぜか俺まで心を痛めていた。
……十字架のネックレス、持ってたなぁ。中学生くらいのころお年玉を切り崩して、駅前の閉店セールと銘打った露店で2000円くらいで買ったやつ。あとはあえてアシンメトリーな丈の長さのシャツとか買ったり、髪型とかヘアピン使ってみたりして、昔カッコイイと思ってやってたアレらが周囲にどういう視線で見られていたのかと想像すると……いや、よそう。なんか俺まで叫びたくなってきた。
「えっと、アーク。とりあえず心中お察しするけど、時間も無いし今の状況を説明するな?」
「……いい。概要は聞こえてた。今はとにかく放っておいてくれ……」
アークはそう言うと体育座りして背中を丸めて俯いて、ダンゴムシのように丸くなった。
「放っておいてくれってなによ。わざわざ助けてやったってのに」
「……俺様はそんなこと頼んでない」
「アンタねぇ!」
「まあまあ、ニーニャ落ち着けって。もともと礼を期待してたわけじゃない」
壁を作ろうとするアークに対してケンカ腰に突っかかるニーニャ、その間へと俺は割って入った。
「で、アーク。お前はこれからどうする?」
「……どうもしないさ。この世界が終ろうが、救われようが、もうどうだっていい。俺様の物語はここでおしまいだ」
「そうか。まあ、別にお前がそう決めたならそれをとやかく言う気はないよ。俺たちはこのダンジョンからもう出るけど、いっしょに来るか?」
「……いや、いい。腐っても俺様は盗賊職を取ってる勇し……剣士だ。ひとりでダンジョンを抜け出す程度はできる」
「分かった。それじゃあな」
俺はそれだけ言うとアークに背を向けた。ひと足先にレイア姫たちは宝の山の頂上から降りていたようで、スペラの周りに集まっている。テレポートの準備は万全のようだった。
「おい、グスタフ」
「ん?」
後ろからアークの声がかかり、振り返る。
「お前はあの七戦士たちを倒しに行くのか。世界を救うなんて大それたことを言ってる、あのバケモノどもを」
「……ああ。アイツらがこの【初期化】の原因であり、俺たちに害をもたらすことになるようなことをしているのなら倒してでも止めるつもりだよ」
「そうか。お前はいいな」
「なにがだよ」
「お前は、世界を変えられる、変える力のある人間だ。あんな常軌を逸したヤツら相手でも、きっとお前ならさぞかしご立派に戦えるんだろうな。俺様とは違って……」
アークは自嘲気味に笑うと、大の字に仰向けに寝転がった。
「俺様は……いや、【俺】はもう、疲れた……もう自分には何の期待もできやしない」
「……慰めの言葉待ちだったりするか? 俺はそんな優しくないぞ」
「別に違うさ。単なる事実だろ。俺はただの人間だった。最初から最後まで、勇者の紋章を授かっただけ、自分の利益のためだけに戦うただの人間で……罪人だった。お前みたいな世界のために戦っちまうような英雄にはなれなかったんだ。それをずっと、俺は認めたくなかった」
「……はぁ。卑屈なヤツだな」
俺は思わず大きなため息を吐いてしまう。
「言っとくがな、俺は世界のために戦ったことなんて一度もないぞ」
「……は?」
「これまでずっと、レイア姫を守るために戦い続けてきただけなんだから。俺だってお前とそう違わないただの人間だよ。普通に弱かったし、何度も死にかけた」
「ウソだ。そんなはずはない。お前は魔王を倒した。それはお前がきっと英雄に選ばれた人間で」
「選ばれてなんかない。境遇はちょっと特殊だったかもしれないが、でも本当に俺はただの衛兵だった。ステータスもレベルも何もかも普通のな。……というかお前はなんだか勇者だの英雄だの、特別な称号にこだわったり、かと思いきやそれを重荷に感じたりしてるみたいだけどな……そんなのは本来最初から決まってるもんじゃないだろ。そういうのは自分の為すべきことを為したあと、周りから自然と呼ばれるもんじゃないのか?」
「……為すべきこと?」
「姫を最後まで守ることが俺が一番に為すべきことだ。そのために七戦士を倒す必要があるから俺はいまこうして動いてる。お前にとってのそれが何なのかは知らん。自分で考えろよ」
アークは呆気にとられたように口を開けっぱなしにしている。
「……少なくとも、そこでイジけたままもう何もしないんだっていうなら、本当に何者でもないままお前の人生が終わるっていうのは確かだと思うぞ」
俺はそう言い残して宝の山をひと足で飛び降りると、スペラの元に行く。
「ごめん。遅くなった」
「いえ、話したいことは全て話せましたか?」
「うん。スペラさんのおかげでね。ありがとう」
俺たちはアークとアグラニスの泥人形を残し、スペラのテレポートでダンジョンの外まで転移した。
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