第11章 獣
第112話 ド・ド・ドS
「──これが、この数日間に起きた出来事のあらましです」
聖剣が引き抜かれるまでの経緯、そして七戦士たちの裏切りについて。アグラニスを模したその泥人形が語ったこの3日間での帝国の動きに、俺たちは息を呑むしかなかった。
「生前の私は胸に大穴を開けられて放置されましたが、不老の魔術で半分は不死のようなもの。槍の戦士たちが去った後も息はあったので回復魔術を試みましたが、特殊な呪いが掛かっていたようでして……傷は塞がらず、体力も徐々に底を尽き、その1時間後に死を迎えました。死期を悟った私はその前にこの私、泥の器へと記憶を引き継いだ訳です」
表情を変えることなく泥人形は淡々と自分の死についてまでも説明した。
「……なぁ、アグラニス……いや、泥人形?」
「アグラニスでよいですよ。なんでしょう?」
「お前たちの目的はダンサさんから聞いていた話でも分かっていた。この大陸の支配っていうデカい野望だよな。だが、俺たちのステータスに現れている【初期化】っていうのは何なんだ? いったい何に関係するメッセージなんだ?」
「はぁ、初期化……ですか?」
その泥人形──アグラニスの何も知らないような反応に、俺が振り返りレイア姫たちの方を振り向くと、姫がちょうど頷くところだった。
「事態が事態です。それにそのアグラニスはもはやこの世の者ではありません。こちらの状況、何を把握しているのか否か、それも含めて話してしまってよいかと思います」
「了解です、姫」
俺はアグラニスへと向き直ると、数時間前から俺たちの置かれている状況を包み隠さず話した。突然ステータス欄へと現れた謎のメッセージ、帝国の各地で革命軍によるクーデターが起こっていること、宮廷に押し掛けた民衆と先代杖の戦士について。アグラニスは先代杖の戦士の話に差し掛かったところで一瞬目を見開いたが、特に口を挟むことはなく俺の説明をただ黙って聞いていた。
「……私が殺されてから数時間の間にそれほどのことが起こっていたとは、驚きですね」
「で、どうなんだ? このステータスについて知っていることはないか?」
「残念ながら。私や皇帝ジークの計画にそのようなものは含まれていませんでした。七戦士たちの関与が濃厚でしょう。槍の戦士が最後に言い残していった『世界を救うため』という言葉、そこにきっとヒントがあるのでしょうね」
「世界を救うため、か……」
アグラニスの答えに、俺は腕を組んだ。
……この世界を救うためという言葉の真意と【初期化】との関係とは? 皇帝を殺し、アグラニスを殺し、アークに聖剣を抜かせた意味は? まるで分からない。
「『巨塔』……巨塔って言ってたわよね、さっき」
後ろからニーニャがアグラニスへと問いかけた。
「ええ、言いました。槍の戦士と杖の戦士の会話の中で、『あとは巨塔に行くだけ』と」
「なら、七戦士の行方はそこで分かるかもしれないわ。何をしようとしているかの目的についての手がかりもね。アタシたちの手元にある材料でアレコレと悩んでいるよりも、今はとにかく足を動かして情報を集めた方がいいわ」
「……そうだな、確かにそうだ。分からないことを悩んでる時間も無いしな」
俺が同意を示すと、レイア姫たちもまた頷いた。
「それで、その『巨塔』についてですが……それは七戦士たちが召喚された【白の巨塔】のことで合っていますか?」
「ええ、姫殿下。その通りです。ご存じでしたか」
「ヒビキさんにお話は聞いていましたので。それに、道中その建造物も目にしましたから」
帝国に1000年より昔から存在し、様々な民間伝承で語り継がれるその巨塔は、多くの謎を抱えている建造物として有名であるとはダンサから聞いていた。なんでも皇族や歴代の皇帝ですらもその巨塔を登り切った者は無く、一般人についてはそもそも立ち入り禁止になっているということも。
その巨塔の高さは雲を越え、ヒビキの召喚したケツちゃんに乗って上空を飛んでいた時に目にしたが、それでもその塔の上がどうなっているかの確認はできなかった。大気圏外に飛び出すほどの高さではなかったものの、しかしその塔の上部分は雲のようなものに覆われており目を凝らしてもどうなっているのかが分からなかったのだ。
「確かダンサ様に聞いた帝国の民間伝承ではこういうものがあったはずです。『その白い巨塔の頂上には、この世の真理が存在している』と」
「確かに言ってたわね。それにそのハヤシダってヤツ、なんだか聖剣や巨塔について詳しそうだったんでしょ? だったらなおさらその巨塔は怪しいと思うわよ」
スペラとニーニャは互いに頷き合った。
「行くわよ、グスタフ。急がないとヤツらがいったい何をしでかそうとしてくれてるのかって問いただす時間も無くなっちゃうわ」
「ああ……」
手を引くニーニャにつられて、宝の山の上から1歩下へと降りようとして、思いとどまる。
「やっぱり、ちょっと待ってくれ。まだアグラニスに訊きたいことがあるんだ」
「私に? 七戦士たちの目的についてこれ以上の情報はありませんが」
「いや、お前と勇者アークについてのことだ。お前たちはこれからどうなるんだ?」
「私はあと1日もすれば魔力が尽きて、ただの泥へと還るでしょう。そして勇者アークは彼の精神が目覚めない限り、ずっと皇帝の命令が下るまで動かないままです」
「……そうか」
答えを聞いてなんとも言えなくなり、ふたりを交互に見やる。アグラニスは、泥人形ゆえにか、その表情に恐怖は見られない。だが、アークはどうなのだろう? 精神が目覚めない限り、一生このままここで立ち尽くす運命が待っていることに、アークは……。
「グスタフさん」
肩にスペラの手が乗せられた。
「あまり考えすぎるのもよくありません。それに、そんな時間もありません」
「あ、ああ……それは分かっているんだが」
「残念ですが、自分の犯した罪の逃げ道に聖剣を求めたがゆえの自業自得です。同情の余地はないかと」
俺の手を握っていたニーニャもそれに深く頷いた。
「美味い話にホイホイついていったのが考え無し過ぎるのよ。そういうヤツはスラムじゃすぐに死んでたわ。アタシとしては死んでくれてた方がマシだったけど、まさか生き延びてここまで迷惑かけてくれるとはね……マヌケすぎて、そこには逆に同情心が湧くかしら」
「そ、そこまで言うか……」
ニーニャのため息の混ざった容赦のない暴言に苦笑いをしていると、ピクリ。後ろで何かが動く気配がして、とっさに振り返った。空気……というか場の雰囲気が揺らぐような、生々しい感情の気配だった。アグラニスの気配ではない。むしろ、アグラニスもまた後ろを振り向いていた。
「……アグラニス、今のって」
「ええ、そうですね。勇者アークの気配です」
勇者アークは微塵も動いていない。しかし、確かに先ほど感じたそれは以前アークに向けられたことのある感情の動きと同質の気配だった。
「……そういえば、さきほどアグラニスはこう言っていましたね? 勇者アークは『皇帝の命令があるまでは動かないまま』だと」
「ええ、確かに言ってましたが、それが?」
「つまり、それは勇者アークはいま、こちらの声が届く状態にあるということではないでしょうか?」
「た、確かに」
レイア姫の指摘に俺は思わず何度もうなずいてしまう。言われてみれば当然のことだ。こっちの声が聞こえなきゃ命令だって届くはずもないんだから。
……だとすれば、だ。
「ニーニャ、少しお願いしたいんだが」
「え? なに?」
「アークに向かってさ、悪口を言ってやってくれないか? 思いついたヤツを、なんでも」
「えぇ?」
俺の頼みにニーニャは怪訝な顔をするが、しかしアークの近くまで歩くと腕を組んで冷めた視線を送りつつ、
「バカ、アホ、マヌケ、オタンコナス。威張り散らすクセにザコ、勇者のクセして自分よりひと回り小さい女にも勝てない存在価値無し男。どうしてそんな貧弱なのに勇者やれるとか思っちゃったの? バカ越えてアホ越えて脳みそ腐ってるんじゃない? ホラなんとか言ってみなさいよザコザコザァ~~コ」
立て板に水に暴言を並びたてた。そして挑発するような言葉がニーニャから出てくるたび、やはりアークの感情がわずかに動くのが肌で感じられた。
「……もしかして、こうやってればアークが目を覚ますんじゃないかって思ってるワケ?」
「ああ、そうだ」
ニーニャの問いに俺は首肯した。短絡的だと思われるかもしれないが、実は根拠はある。
「アークのステータスの中で一番飛びぬけてるのって何か知ってるか?」
「え……? 【力】とか? それか盗賊職も取ってるみたいだし【素早さ】とか」
「いや、違う」
確かに勇者といえば物理攻撃力が高いイメージがあるが、そうではない。
「アークのステータスの中で一番飛び抜けているのはさ、【精神耐性】なんだ」
「精神耐性?」
「ああ。アークは基本的に精神操作や精神弱体系の魔術が通用しないんだ。たぶん……あらゆる支配を受けたくないっていう本人のプライドの高さっていうのが起因してるんだと思うけど。とにかく普通の人間が持っている精神耐性をはるかに上回っていることは確かだ」
「……つまり、アタシたちがアークのプライドを逆なですることを言い続けてたら、アークがそれに反抗するために精神を取り戻すかもしれないって、そういうこと?」
「ああ。実際、少しではあるが気配が動いてるんだ。あり得ない話じゃないだろ?」
俺の言葉にニーニャはため息を吐くと、不承不承といった様子で「分かったわよ」と言ってくれる。
「じゃあもう少しだけ試してみるわ」
「ありがとう。助か」
「ちょっと待ってください、グスタフさん」
俺の言葉をさえぎってアークの元へと歩み寄ったのはスペラだった。
「ニーニャのいまのボキャブラリーではいささか時間がかかり過ぎるでしょう。ここは私が」
「む、なによ? アタシじゃ頼りにならないってわけ?」
「いいえ。ただ、ニーニャの語彙力は少し【優し過ぎる】のです。プライドを逆撫でする罵詈雑言とはこうやるのですよ──」
スペラはスゥーっと息を吸い込んで、とたんに温かな感情などみじんも込められていない氷のような瞳をアークへと向けた。それは昨日の【ツンデレ喫茶(仮)】で俺がスペラから向けられた瞳よりも、数段冷え切った視線だった。
「話はすべて聞きましたよ、勇者アーク。勇者であるために、犯罪者でありたくないがためにこの聖剣にすがったとか……フフフ」
無感情な嗤い声が空間に響く。そのあまりの冷たさにゾクリと背中が粟立った。
「あぁ、なんていう無様なんでしょうねぇ。ずぅ~っと頼りにしてきたアグラニスさんが初めからあなたのことなんて微塵も考えていなくって、ずぅ~っと手のひらで踊らされてただけなんですものねぇ? で、そのうえ安っぽいプライドを守るために人生を棒に振っちゃうとか……もはや一大喜劇ですねぇ? 今回主演を演じてみた感想はどうですか? 怒ってますか、辛いですか、それとも悲しいですか?」
プークスクスとスペラはわざとらしく笑う。
「よかったですね固まってて。もし動けてたら今頃顔真っ赤ですよ。もしかしたら泣いちゃってるかも……って、あれ、あれれ? 今ちょっとまぶた動きました? もしかして……泣いてます? 顔動かせなくても心の中では泣いちゃってます??? なんか顔がちょっと赤くなってる気がしますけど? うふふ、勇者ともあろうお方が泣いてるんですかぁ? うぇーんうぇーんって。惨めな泣き声が聞こえてくるようですよ~ウフ、ウフフフフ。ヤダ気持ち悪~い、ヨソで泣いてくれません? って、ああ。動けないんでしたっけ?」
ビシリ、ビシリ。固まっている勇者アークから強い感情が発せられているのが分かる。
「あと気持ち悪いで思い出したんですけどその髪なんで伸ばしてるんですか? 剣を振るのに明らかに邪魔では? あとシャツをズボンから半分はみ出させてるのなんでですか? 仕舞い忘れちゃいましたか? 第二ボタンまで開いたシャツから覗いてるその十字架のネックレスって見せつけてるんですか? あれ、胸毛の処理が中途半端みたいですけどソレはそういう仕様ですか? あと気になってるのがそのいっぱいつけてる指輪とか腕輪。明らかに効果の無いものばかりですよね? これってあれですよね、かっこいいと思ってるから着けてるんですよね? お風呂入ったり寝たりするときは外して、朝起きてから手間暇かけてがんばって着け直してるんですよね? へぇ、こういうのが好きなんですねぇ。ああ、いえ、別に趣味嗜好に口を出す気はないですし、アクセサリーの趣味が悪いとも言いませんし、それらひとつひとつをワンアクセントとしてオシャレとして着けたいって思うのは当然いいことだと思うんですけど、なんていうかあなたからはそういうの以前に……」
スペラは言葉に詰まるようにして、見下したような目でプッと失笑する。
「カッコイイと思ったもの全部取り入れればカッコよくなれるとか思っちゃうオシャレ初心者感が漂ってきてもうwww 今おいくつでしたっけw 17、8とかでしたっけw それでそれはちょっとwww」
バキン、と。何かが割れる音がした。直後、
「────や、め……ろぉっ! もう、やめろぉぉぉぉぉッ!!!」
勇者アークが、檻から解き放たれて自由を得た獅子のように天井を仰いで吠えた。そして泣いていた。
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